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第四章:絡みつく真実の糸
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「笑っていいんだ。幸せになっていいんだ。
だって佐奈は何も罪を犯していないんだから」
わたしはしゃくり上げながら、首を振る。
わたしは悪くないなんて、言えっこない。
だって、という言葉が喉につかえて口から
出てくれなくて、喉がヒリついた。
「……って、わたしがお兄ちゃんを追い詰
めてしまったからっ、だから」
やっとの思いで声を絞り出すと、爺ちゃん
は何度も首を振った。
「永輝を追い詰めたことが罪だというなら、
娘の暴走を止められなかったワシにも罪があ
る。学歴がすべてじゃないと叱ってやったん
だがね、あの子は少々思い込みが強すぎる感
があって、どうにも止められなかった。本当
にすまなかった」
この通り。
そう付け加えたかと思うと、爺ちゃんが額
をわたしの手の甲に擦りつける。
学歴がすべてという価値観を押し付けた母
は兄の事件で地位も名誉も失った挙句、夫に
預金のほとんどを持ち逃げされ、精神を病ん
でしまったのだ。いまも精神科医療センター
に入院しているが、魂が抜けたように家族の
顔を見ても心を動かさない。
――生きながらに死んでいる。
そんな言葉がしっくりくる娘の姿に、爺ち
ゃんが胸を痛めていないはずがなかった。
爺ちゃんは何も悪くない。
わたしも罪を犯してはいない。
では罪は誰に、何処にあるのだろうか?
考えれば考えるほど答えが見つからなくて、
わけがわからなくなって、わたしは手を握ら
れたまま泣き続けた。
やがて、爺ちゃんが頭を上げる。
すん、と洟を啜るわたしに爺ちゃんは至極
穏やかな声で言った。
「佐奈の言う通り、永輝がしたことは一生
償っても、とても償い切れるものじゃない。
犯罪を止められなかった家族にも責任がある
と言われれば、それを否定することも難しい
だろう。だがね、佐奈。『罪を償う』ことと、
『責任を負う』ことは、似ているようでいて
ちょっと意味が違うんだ」
「……意味が、違う?」
爺ちゃんが何を言わんとしているのかわか
らず、子どものように拗ねた涙声で訊き返す。
爺ちゃんは丸眼鏡の奥の瞳をやんわりと細
めると、小さく頷いた。
「人は罪を犯せばその罰を受けなければな
らない。だから永輝は罪を認め懲役に服した
だろう?だが、責任というのは罪を犯してい
なくても生じてしまう。そして、その責任を
負った家族は、罪を償うのではなく、責任を
果たさねばならないんだ。加害者家族として
の責任をね。それは、永輝のこの先の人生を
見張ることであり、遺族の悲しみに寄り添う
ことであり、自分を罰することではない。
爺ちゃんは知っているよ。心春さんが亡くな
った時刻に、佐奈が毎日祈っていることをね。
彼女の命日には花を買って、手を合わせても
いる」
「……爺ちゃん」
まさか、気付いていると思っていなかった。
だって佐奈は何も罪を犯していないんだから」
わたしはしゃくり上げながら、首を振る。
わたしは悪くないなんて、言えっこない。
だって、という言葉が喉につかえて口から
出てくれなくて、喉がヒリついた。
「……って、わたしがお兄ちゃんを追い詰
めてしまったからっ、だから」
やっとの思いで声を絞り出すと、爺ちゃん
は何度も首を振った。
「永輝を追い詰めたことが罪だというなら、
娘の暴走を止められなかったワシにも罪があ
る。学歴がすべてじゃないと叱ってやったん
だがね、あの子は少々思い込みが強すぎる感
があって、どうにも止められなかった。本当
にすまなかった」
この通り。
そう付け加えたかと思うと、爺ちゃんが額
をわたしの手の甲に擦りつける。
学歴がすべてという価値観を押し付けた母
は兄の事件で地位も名誉も失った挙句、夫に
預金のほとんどを持ち逃げされ、精神を病ん
でしまったのだ。いまも精神科医療センター
に入院しているが、魂が抜けたように家族の
顔を見ても心を動かさない。
――生きながらに死んでいる。
そんな言葉がしっくりくる娘の姿に、爺ち
ゃんが胸を痛めていないはずがなかった。
爺ちゃんは何も悪くない。
わたしも罪を犯してはいない。
では罪は誰に、何処にあるのだろうか?
考えれば考えるほど答えが見つからなくて、
わけがわからなくなって、わたしは手を握ら
れたまま泣き続けた。
やがて、爺ちゃんが頭を上げる。
すん、と洟を啜るわたしに爺ちゃんは至極
穏やかな声で言った。
「佐奈の言う通り、永輝がしたことは一生
償っても、とても償い切れるものじゃない。
犯罪を止められなかった家族にも責任がある
と言われれば、それを否定することも難しい
だろう。だがね、佐奈。『罪を償う』ことと、
『責任を負う』ことは、似ているようでいて
ちょっと意味が違うんだ」
「……意味が、違う?」
爺ちゃんが何を言わんとしているのかわか
らず、子どものように拗ねた涙声で訊き返す。
爺ちゃんは丸眼鏡の奥の瞳をやんわりと細
めると、小さく頷いた。
「人は罪を犯せばその罰を受けなければな
らない。だから永輝は罪を認め懲役に服した
だろう?だが、責任というのは罪を犯してい
なくても生じてしまう。そして、その責任を
負った家族は、罪を償うのではなく、責任を
果たさねばならないんだ。加害者家族として
の責任をね。それは、永輝のこの先の人生を
見張ることであり、遺族の悲しみに寄り添う
ことであり、自分を罰することではない。
爺ちゃんは知っているよ。心春さんが亡くな
った時刻に、佐奈が毎日祈っていることをね。
彼女の命日には花を買って、手を合わせても
いる」
「……爺ちゃん」
まさか、気付いていると思っていなかった。
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