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第二章:僕たちの罪
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「意味ねぇんだよ。真犯人であろうとなか
ろうと、警察がクロだと決めたら親父は殺人
犯なんだ。殺人犯の血が流れてるオレに未来
なんかない。親父の息子だってことが罪なん
だから、どこへ逃げたってお前らと同じよう
には生きられない。だったら生きる意味ねぇ
だろ。オレにはもう、この世に存在する意味
がわかんねぇわ」
力なく笑う武弘に、僕は言葉を失う。
武弘が言ったことは紛れもない事実だから
だ。たとえ父親が無実だとしても、それを誰
が証明できるというのだろう。加害者家族と
いうレッテルを貼られた武弘は、これからも
不条理に向けられる処罰感情に傷つきながら、
人目を憚るようにして生きなければならない
に違いない。
何も言えずに唇を噛み締めると、投げやり
な声が聞こえた。
「ホントはさ、お前らも思ってただろ?
受験で大変な時にこんなことに巻き込まれて、
勘弁してくれって、思ってたよな。ゴメンな、
オレ鈍感でさ」
「なに勝手に人の気持ち決めてんだよ!
そんなこと、俺たちが思うワケねーだろ!」
「……っ」
マサの言葉が、チクリと僕を責める。
そんなことないと言えなかった僕は、心の
どこかで厄介だと、もうこれ以上庇えきれな
いと思っていたのではないか?武弘が来なく
なってほっとした自分が、どこにもいないと
言えるだろうか?
そんな本心が、言外に滲んでしまったのだ
ろう。武弘はじっと僕を見つめると、あはは、
と乾いた声で笑った。
「だよな、迷惑に決まってるわ。にしても、
ついてねーよなオレ。人生これからって時に
殺人犯の息子だもんな。まさに、人生一寸先
は闇ってヤツだね。いやはや、参りました!」
言って両手をポケットに入れると、武弘が
一歩後退る。明るい声が不気味に空に響いて、
それに重なるように遠くからサイレンの音が
聴こえ始めた。
「とべ、キリン」
いつもの声で笑って、親友が名を呼ぶ。
僕もマサも金縛りにあったように動けない。
訪れようとする最悪の結末を前に、声もな
く立ち竦んでしまった。
「短い人生だったけどさ、オレ、お前ら
と過ごした時間がいっちばん幸せだったわ。
ありがとな、いままで一緒にいてくれて」
そう言ったかと思うと、ふわ、と武弘の
体が空に浮いた。
「武弘ッ!!!!」
僕とマサは同時に地を蹴り、空の向こうに
消えようとする武弘に手を伸ばす。
コンクリートのパラペット目掛けて飛び込
んだ僕の手は少しクセのある武弘の髪を掴み、
マサの手はジャケットの端を掴んだ。けれど、
どちらの手も武弘の命を留めることは出来な
かった。僕の指の間に数本の髪だけを残して、
武弘の命は春の天空に散った。
「……っきしょう!!武弘、なんでっ!?
どうしてこんなっ!!!」
コンクリートを殴る硬い音と共に、マサ
の悲痛な叫び声が木霊する。その声に心を
抉られながら指の間に残った髪を握り締め、
僕はただ呆然と、武弘が消えた空を眺めて
いた。
事件の真犯人だという男が警察に出頭し
てきたのは、武弘の死からまもなくのこと
だった。
ろうと、警察がクロだと決めたら親父は殺人
犯なんだ。殺人犯の血が流れてるオレに未来
なんかない。親父の息子だってことが罪なん
だから、どこへ逃げたってお前らと同じよう
には生きられない。だったら生きる意味ねぇ
だろ。オレにはもう、この世に存在する意味
がわかんねぇわ」
力なく笑う武弘に、僕は言葉を失う。
武弘が言ったことは紛れもない事実だから
だ。たとえ父親が無実だとしても、それを誰
が証明できるというのだろう。加害者家族と
いうレッテルを貼られた武弘は、これからも
不条理に向けられる処罰感情に傷つきながら、
人目を憚るようにして生きなければならない
に違いない。
何も言えずに唇を噛み締めると、投げやり
な声が聞こえた。
「ホントはさ、お前らも思ってただろ?
受験で大変な時にこんなことに巻き込まれて、
勘弁してくれって、思ってたよな。ゴメンな、
オレ鈍感でさ」
「なに勝手に人の気持ち決めてんだよ!
そんなこと、俺たちが思うワケねーだろ!」
「……っ」
マサの言葉が、チクリと僕を責める。
そんなことないと言えなかった僕は、心の
どこかで厄介だと、もうこれ以上庇えきれな
いと思っていたのではないか?武弘が来なく
なってほっとした自分が、どこにもいないと
言えるだろうか?
そんな本心が、言外に滲んでしまったのだ
ろう。武弘はじっと僕を見つめると、あはは、
と乾いた声で笑った。
「だよな、迷惑に決まってるわ。にしても、
ついてねーよなオレ。人生これからって時に
殺人犯の息子だもんな。まさに、人生一寸先
は闇ってヤツだね。いやはや、参りました!」
言って両手をポケットに入れると、武弘が
一歩後退る。明るい声が不気味に空に響いて、
それに重なるように遠くからサイレンの音が
聴こえ始めた。
「とべ、キリン」
いつもの声で笑って、親友が名を呼ぶ。
僕もマサも金縛りにあったように動けない。
訪れようとする最悪の結末を前に、声もな
く立ち竦んでしまった。
「短い人生だったけどさ、オレ、お前ら
と過ごした時間がいっちばん幸せだったわ。
ありがとな、いままで一緒にいてくれて」
そう言ったかと思うと、ふわ、と武弘の
体が空に浮いた。
「武弘ッ!!!!」
僕とマサは同時に地を蹴り、空の向こうに
消えようとする武弘に手を伸ばす。
コンクリートのパラペット目掛けて飛び込
んだ僕の手は少しクセのある武弘の髪を掴み、
マサの手はジャケットの端を掴んだ。けれど、
どちらの手も武弘の命を留めることは出来な
かった。僕の指の間に数本の髪だけを残して、
武弘の命は春の天空に散った。
「……っきしょう!!武弘、なんでっ!?
どうしてこんなっ!!!」
コンクリートを殴る硬い音と共に、マサ
の悲痛な叫び声が木霊する。その声に心を
抉られながら指の間に残った髪を握り締め、
僕はただ呆然と、武弘が消えた空を眺めて
いた。
事件の真犯人だという男が警察に出頭し
てきたのは、武弘の死からまもなくのこと
だった。
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