罪の在り処

橘 弥久莉

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第一章:瞳に宿る影

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 「先日、兄が仮釈放されたことを知りまし
た。獄中結婚をしたという、兄の奥さんから
手紙が届いたんです。兄が塀の外に出て結婚
もしているなんて、手紙をもらった時は信じ
られなかったけど、信じることができたいま
は複雑で、どうしたらいいか、わからなくて。
兄が幸せなのは、嬉しいんです。でも加害者
としての立場を思うと、おめでとうと言えな
い自分がいる。加害者家族であるわたしは、
幸せになりたいと思ってはいけない。そう、
自分に言い聞かせて生きてきたのに、なのに、
って。でも、兄の幸せを知って、本当は許さ
れたい、幸せになりたいと思っている自分に
気付いてしまったんです。だって、ただ生き
てるだけじゃ意味がない。心を殺して生きて
いるだけじゃ、この世に存在する意味がない
から」

――幸せになってはいけない。

 そう思い続けていた彼女は、やっとここで
その苦しみを吐き出すことが出来たのだろう。

 兄の幸せを知り、その事実に戸惑いつつも、
自分の心の声に耳を傾けることが出来た。僕
はそのことに一抹の希望を感じながら、想い
を打ち明けてくれた彼女に言葉をかけた。

 「お兄さんは仮釈放されて、いまは奥さん
と暮らしている。その事実をいますぐ受け止
めることは出来なくても、手紙を手にしたあ
なたは、お兄さんの本心を訊きに行くことも、
想いを伝えることも出来ますね。そう願って、
奥さんはあなたに手紙を寄越したのではない
でしょうか?」

 彼女がはっとしたように、目を見開く。
 僕はその反応に深い笑みを向けた。

 「会いに、行けそうですか?」

 「はい。いまはまだ無理ですけど。いつか、
『ごめんなさい』と、『おめでとう』を言える
ようになったら……訪ねてみようと思います」

 彼女の話はそこで終わった。
 僕は息を整え、会に参加してくれた相談者
を見回すと、散会に向けて口火を切った。

 「本日は加害者家族の会、『心のよりどこ
ろ』にご参加いただきまして、誠にありがと
うございました。一通り皆さまのお話を拝聴
しましたので、ここで改めて、主催者である
当団体の職員を紹介させていただきます。
わたくしの隣、皆さまから向かって正面に
着座しておりますのが、当団体の代表理事を
務める貴船宗次郎です」

 僕が手を差し伸べると、理事長は席を立ち
頭を下げる。ささやかな拍手と共に再び彼が
着座すると、僕は言葉を続けた。

 「続きまして、右隣に着座しておりますの
が、副理事を務める貴船菜乃子です」

 父親と同様に彼女も立ち上がると、慇懃に
頭を下げる。そしてひと言だけ挨拶を述べた。

 「副理事を務めております、貴船菜乃子と
申します。皆さまが安心して相談できるよう
配慮し、誠意をもって支援にあたらせていた
だきます。今後とも、宜しくお願い致します」

 誠意をもってというその言葉通り、彼女は
背筋を正して頭を下げる。僕は再び送られた
拍手が鳴りやまぬうちに、自らも席を立った。
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