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報復
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できた料理をトレーに並べていると、ハロルドが調理場に入ってきた。
「マックスと話せたの?」
すでに0時を回っていたけれど、料理を作り終えた達成感からか、それとも眠気と疲れのピークを通り越して少しハイになっているのか、私の顔には笑顔があった。
「はい」
「起きてたのね」
「叩き起こしました」
「叩き起こした!?」
「仕方ありません。早く現状を把握する必要がありましたから」
「そ、そうよね…。そうだ、毒は大丈夫なの?」
「一応ストラット家にあった解毒剤をいくつか置いてきました。彼は毒に詳しいようです。持ってきたものの中から選んで飲んでいました」
「そうなのね」
そういえば、マックスは体を毒に慣らしていると言っていた。
「ところで、あなたはマックスが逃げ込んだ部屋に単身突入したようですね?」
(また怒られる!?)
私は身構え、言い訳のセリフを頭の中で組み立てた。
「もう夜も遅くて使用人たちを起こすのは忍びなかったし、起こしたからと言って私以上に腕の立つ者がいるか分からないし。窃盗犯なら、早く突入しないと宝石を持ち出して逃げ出しちゃうだろうし。もしかしたらセルマやバーバラの身に危険が迫ってたかもしれないし。総合的に考慮して、私が突入するのが最も効率がいいと思ったの」
早口で一気に話し、自分の正当性を主張した。
「そのうえ、夜も遅いのに単騎ストラット家まで駆けてきた」
「うっ…。だって他にどうすれば…」
私は肩をすくめ俯き、お説教が始まるのを待った。
皆が寝静まった深夜、沈黙が続く中ハロルドが近づいてくる。
ギュッと目をつむり雷が落ちるのを待っていた私だけれど、予想と反しハロルドは私の体を抱きしめた。
お説教が始まるのだと思い身構えていたのに抱きしめられ、状況についていけない。
思考は停止し体は硬直した。
布越しにハロルドの体温が伝わってくる。
意識したとたん、顔に熱が集まるのを感じた。
「怒ってはいません。ただ、自分をもっと大切にしてほしいだけです。もし突入した先にいたのがマックスでなかったらと思うと、心臓が凍ります。あなたに何かあれば悲しむ者がいるということを忘れないでください」
好きな人に突然抱きしめられ間近でささやかれて、心臓はバックンバックンと大きな音を立てて拍動しはじめた。
自分でも心配になるほど大きな音が響いている。
(私の心臓は大丈夫なの?それより、ハロルドには恋人がいるのでは!?この状況は、ど、どどどいういうこと!?)
戸惑いながらも、私は壊れた人形のようにコクコクうなずいた。
「あなたが公爵家に入れば、もう危ないことに巻き込まれることもないと思っていたのですが…。あなたときたら自分から危ないことに突っ込んでいくのですから。こんなことなら早く…」
私は体が小さいので、頭の上にハロルドの顔がある。
私たちの距離はものすごく近い。
(ただでさえ汗ばむ季節なのに、走ったし、無我夢中で乗馬もしたし…。今の私、絶対に臭い…)
乙女として、自分の匂いがどうしても気になった。
私は素早くバンザイのポーズをとり、ハロルドの腕の中から逃げ出して一歩後ずさった。
「そ!そういえば!」
気まずい状況をどうにかするため話題を変えようと思ったのだけれど、想定していた以上に大きな声が出てしまった。
しかし めげずに話を続ける。
「そういえば、あの件はどうなったかしら?」
ハロルドと距離を取り、収まらない心臓を抱えて私は話し出した。
「あの件と言いますと?」
ハロルドは急に大声を出した私に戸惑っているようだったけれど、話を合わせてくれるらしい。
「その、私が以前襲われた件よ。そちらで型をつけるからって言ってたでしょ?どうなったの?私はもう安全だと思っていいの?黒幕は誰?」
動揺は続いている。
いつもより早口でまくしたてた。
「黒幕は…。話さないでおきます。でもあなたの身は安全です。もう二度とよからぬことを考えないように管理してあります」
“管理”という言葉に不穏な空気を感じた。
「何をしたの?」
「さぁ。今頃土の下です」
「!?」
「…と言いたいところですが、ピーターに止められまして。寝ている間に髪を丸刈りにしました」
「髪を!?」
「ええ、相手はあなたの顔を傷つけようとしました。人は自分を基準に物事を考えがちです。相手は容姿を傷つけられるのは嫌なことだと考えたのではないでしょうか?ですからこちらも相手の嫌がることをして差し上げたのです。これはいつでもお前を殺せると言う宣言にもなっています。“お前の至近距離でいつでも刃物を使える”というメッセージです」
ハロルドは淡々と報告した。
私の心臓は徐々に落ち着きを取り戻していた。
「容姿…。相手は女性?」
バーバラの義母、ストナン伯爵夫人の顔が浮かんだ。
「はい」
「女性の髪を丸刈りに!?手ひどくやったわね」
「手ひどい!?相手はあなたを襲ったのですよ?髪などまた生えてきます。鬘を作れば周囲の目も誤魔化せます。手ぬるいくらいです」
ハロルドは少し怒っている。
「そ、そう。それで、私の身は安全なのね?」
「はい。あちらには3日おきに手紙を届けています。手紙を届ける間隔を徐々に開け、あちらが油断して来たらまた間隔を狭めるつもりです。一生監視し続けますので、安心してください」
(どんな手紙よ!?内容を聞くのが怖いわ)
私は背筋に冷たいものが伝うのを感じた。
「マックスと話せたの?」
すでに0時を回っていたけれど、料理を作り終えた達成感からか、それとも眠気と疲れのピークを通り越して少しハイになっているのか、私の顔には笑顔があった。
「はい」
「起きてたのね」
「叩き起こしました」
「叩き起こした!?」
「仕方ありません。早く現状を把握する必要がありましたから」
「そ、そうよね…。そうだ、毒は大丈夫なの?」
「一応ストラット家にあった解毒剤をいくつか置いてきました。彼は毒に詳しいようです。持ってきたものの中から選んで飲んでいました」
「そうなのね」
そういえば、マックスは体を毒に慣らしていると言っていた。
「ところで、あなたはマックスが逃げ込んだ部屋に単身突入したようですね?」
(また怒られる!?)
私は身構え、言い訳のセリフを頭の中で組み立てた。
「もう夜も遅くて使用人たちを起こすのは忍びなかったし、起こしたからと言って私以上に腕の立つ者がいるか分からないし。窃盗犯なら、早く突入しないと宝石を持ち出して逃げ出しちゃうだろうし。もしかしたらセルマやバーバラの身に危険が迫ってたかもしれないし。総合的に考慮して、私が突入するのが最も効率がいいと思ったの」
早口で一気に話し、自分の正当性を主張した。
「そのうえ、夜も遅いのに単騎ストラット家まで駆けてきた」
「うっ…。だって他にどうすれば…」
私は肩をすくめ俯き、お説教が始まるのを待った。
皆が寝静まった深夜、沈黙が続く中ハロルドが近づいてくる。
ギュッと目をつむり雷が落ちるのを待っていた私だけれど、予想と反しハロルドは私の体を抱きしめた。
お説教が始まるのだと思い身構えていたのに抱きしめられ、状況についていけない。
思考は停止し体は硬直した。
布越しにハロルドの体温が伝わってくる。
意識したとたん、顔に熱が集まるのを感じた。
「怒ってはいません。ただ、自分をもっと大切にしてほしいだけです。もし突入した先にいたのがマックスでなかったらと思うと、心臓が凍ります。あなたに何かあれば悲しむ者がいるということを忘れないでください」
好きな人に突然抱きしめられ間近でささやかれて、心臓はバックンバックンと大きな音を立てて拍動しはじめた。
自分でも心配になるほど大きな音が響いている。
(私の心臓は大丈夫なの?それより、ハロルドには恋人がいるのでは!?この状況は、ど、どどどいういうこと!?)
戸惑いながらも、私は壊れた人形のようにコクコクうなずいた。
「あなたが公爵家に入れば、もう危ないことに巻き込まれることもないと思っていたのですが…。あなたときたら自分から危ないことに突っ込んでいくのですから。こんなことなら早く…」
私は体が小さいので、頭の上にハロルドの顔がある。
私たちの距離はものすごく近い。
(ただでさえ汗ばむ季節なのに、走ったし、無我夢中で乗馬もしたし…。今の私、絶対に臭い…)
乙女として、自分の匂いがどうしても気になった。
私は素早くバンザイのポーズをとり、ハロルドの腕の中から逃げ出して一歩後ずさった。
「そ!そういえば!」
気まずい状況をどうにかするため話題を変えようと思ったのだけれど、想定していた以上に大きな声が出てしまった。
しかし めげずに話を続ける。
「そういえば、あの件はどうなったかしら?」
ハロルドと距離を取り、収まらない心臓を抱えて私は話し出した。
「あの件と言いますと?」
ハロルドは急に大声を出した私に戸惑っているようだったけれど、話を合わせてくれるらしい。
「その、私が以前襲われた件よ。そちらで型をつけるからって言ってたでしょ?どうなったの?私はもう安全だと思っていいの?黒幕は誰?」
動揺は続いている。
いつもより早口でまくしたてた。
「黒幕は…。話さないでおきます。でもあなたの身は安全です。もう二度とよからぬことを考えないように管理してあります」
“管理”という言葉に不穏な空気を感じた。
「何をしたの?」
「さぁ。今頃土の下です」
「!?」
「…と言いたいところですが、ピーターに止められまして。寝ている間に髪を丸刈りにしました」
「髪を!?」
「ええ、相手はあなたの顔を傷つけようとしました。人は自分を基準に物事を考えがちです。相手は容姿を傷つけられるのは嫌なことだと考えたのではないでしょうか?ですからこちらも相手の嫌がることをして差し上げたのです。これはいつでもお前を殺せると言う宣言にもなっています。“お前の至近距離でいつでも刃物を使える”というメッセージです」
ハロルドは淡々と報告した。
私の心臓は徐々に落ち着きを取り戻していた。
「容姿…。相手は女性?」
バーバラの義母、ストナン伯爵夫人の顔が浮かんだ。
「はい」
「女性の髪を丸刈りに!?手ひどくやったわね」
「手ひどい!?相手はあなたを襲ったのですよ?髪などまた生えてきます。鬘を作れば周囲の目も誤魔化せます。手ぬるいくらいです」
ハロルドは少し怒っている。
「そ、そう。それで、私の身は安全なのね?」
「はい。あちらには3日おきに手紙を届けています。手紙を届ける間隔を徐々に開け、あちらが油断して来たらまた間隔を狭めるつもりです。一生監視し続けますので、安心してください」
(どんな手紙よ!?内容を聞くのが怖いわ)
私は背筋に冷たいものが伝うのを感じた。
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