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庭に出ると、春の夜風がほてった体を落ち着かせてくれた。

大広間の喧騒は遠く、声を張り上げ大きな声で話さなくても互いの声が聞こえる。
2人は木陰のベンチに並んで腰を下ろした。

「12年前というのは、クラウス王子が亡くなった年だ。あのころから王妃様は気に入らない貴族を追放し始めたと言われている。はじめのうちは、見目麗しく優秀だとされる貴族の子弟が嫌われ、理由をつけて王宮から一族が追放された。王妃様の周囲の者たちは、期待を一身に集めたクラウス王子を亡くした故の行動だと、王妃様の行いを許していた。周囲の者たちもクラウス王子を失った悲しみが大きかったからだ」

リチャードは前を向いて話し始めた。

「クラウス王子が亡くなったことで、王妃様が今のようになったということ?」

サラの知る王妃は、最初から今と同様の存在だった。

おかしな話だが、サラは王妃のことを、生まれた時から今のような人だったのだろうと、漠然とだが思っていた節がある。

「大人たちの話を聞いているかぎり、どうやらそうらしい。昔は表に出てくるような方ではなかったらしいからな」

「今と違う王妃様なんて想像できないわ。つまり、最初はクラウス王子が亡くったことで、王妃様は気が動転しているだけで、すぐ以前の王妃様に戻るのだと周囲は思っていた。でも王妃様の行動はどんどんエスカレートしていったということ?」

「そうだな。徐々に王妃様が排除する者の対象が、目立った功績を上げた者や自分を批判する者等にも広げられていった。ちょうど陛下が体調を崩し始めた頃だったことや、当時の宰相が王妃様の実の父親だったことなど、いろいろな要因が重なって王妃様の暴走を許してしまったらしい」

そして今では誰も止められなくなったということだろう。

「クラウス王子の存在がそれだけ大きかったってことなのかしら?黄金の王子と呼ばれていたというのは知ってるのよ」

「聡明で美しく優しい王子だったと言われているな。人づてにどんな方だったのか話を聞いたことがあるが、恐らく天才の類の方だったようだ」

「天才!?」
天才とは物語に出てくる架空の存在のように思っていた。

「クラウス王子の2つ下にピーター王子がいらっしゃったが、ピーター王子はチェスで一度もクラウス王子に勝てなかった。そこで新しいゲームを取り寄せ、自分だけ特訓してからクラウス王子に対戦を挑んだらしい。ところが、ルール説明を聞いたクラウス王子は考え込んでしまった。数時間考えてクラウス王子は対戦しないと言ったそうだ」

「なぜ?」
天才と言われるくらいだから、ルールが難しすぎるということはないはずだ。

「理由は、自分が後手番になった時の勝ち筋が見えないからだそうだ。そのゲームは先手と後手が交互に入れ替わって先に3勝した方が勝ちというルールだった。研究が進み、今ではこのゲームは先手必勝のゲームと言われている」

「先手必勝ということは、最善手でゲームを進めれば先手が必ず勝つのね。クラウス王子はそのことに数時間で気づいた。その話だけ聞くと、確かにすごい方のように感じるわ」

何度かチェスで遊んだことがあったが、先を読むということがサラにはできなかった。

「だろ?まぁ、ゲームの天才が為政者としても天才かは分からないが、周囲は期待した」
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