6 / 42
6
しおりを挟む
翌年。春。
新たな社交シーズンがついに始まった。
サラは選びに選び、最初に出席する夜会を決めた。
両親が懇意にしている伯爵家の夜会だ。
それほど大きくない夜会の上、伯爵夫妻はどちらも温和な方なので安心感がある。
新調した淡い菫色のドレスを身につけ、流行の形に髪を整えると、不安な気持ちよりも夜会を楽しもうという前向きな気持ちが生まれた。
予想していた通り、サラが会場に到着するとすぐにひそひそとした噂話が聞こえてきたけれど、思っていたよりはひどくない。
最悪の状況を想像して精神を鍛えていたためか、これくらいなら耐えられそうだ。
会場はとてもにぎわっていた。
王宮への出入りを禁じられ、王都に出てこなかった人たちが出てきているのだ。
サラがデビューした2年前には、すでに多くの貴族が社交界から姿を消していて、それがサラにとっての普通だった。
しかしサラにとっての普通が、この国にとっては異常だったということを今日身をもって体感している。
(『昔はもっと賑やかだった』という話は、よく聞いていたけれど、これほどだったとは…)
サラは会場を見渡し、圧倒された。
思っていた倍以上の人がいて、会場には熱気が籠もっている。
(すごいわ)
会場の隅から見渡すと、初めて見る顔が多くあった。
サラが相手の顔を知らないように相手もサラを知らないから、サラの噂話をする人も少ないのだと納得がいった。
「12年の暗闇が…」
「12年…」
聞くとは無しに聞いていると、“12年”という単語が頻繁に耳に入ってくる。
(12年って一体なにかしら?12年前と言えば私は6歳だけど…)
考えていると、人混みをかき分けリチャードがこちらに向かってくるのが見えた。
髪を後ろに流し、光沢のある濃紺のすっきりとした衣装を身にまとったリチャードは、一瞬誰だかわからないほど洗練されていた。
図書室に来るリチャードは着古した作業着を着ていることが多かったし、髪をセットしていたことなど一度もなかった。
背が高いリチャードは人混みの中にいてもよく目立つ。
サラが見ているのに気づくと、リチャードは微笑み目配せをした。
「飲むか?」
リチャードは持っていたカクテルを差し出した。
「ありがとう」
カクテルを受け取る。
ゴールドに輝く液体に炭酸の泡が輝いていた。
視線を感じて見上げると、リチャードがサラを見ていた。
「こういう場所で会うのは初めてだから、なんというか照れくさいな。今日のサラは綺麗だ」
本当に照れているのか、リチャードの視線は泳いでいる。
綺麗だなんて面と向かって言われたのは、大人になってから初めてかもしれない。
「ありがとう。あなたも素敵よ」
つられてサラも照れてしまい、ぎこちなく言葉を返した。
確かにこんな格好をしてリチャードと会うのは初めてだ。
どこかおかしいところや、髪のほつれはないだろうかと、今になって気になり始めた。
心を落ち着かせるためにカクテルをひと口飲み、気になったことを聞いてみることにした。
「なんだか皆さん12年がどうとか話してらっしゃるけど、どんな意味だか分かる?」
「お前知らないのか?」
リチャードは珍しいものを見るような顔でサラを見下ろした。
ほんの少しの間にいつもの彼に戻ったようだ。
「何を?」
「12年と聞いて何も思いつくことがないのか?」
「私が当時6歳だったということだけ」
「んー、では少し外に出るか」
リチャードは辺りを見回すと、サラを庭に誘った。
どうやら衆目を集めていたようだ。
サラが皇太子の元婚約であるということよりも、リチャードが目立つ容姿をしているからだろう。
若い女性のグループがリチャードをチラチラ見ながら楽しそうに話しているのが見えた。
新たな社交シーズンがついに始まった。
サラは選びに選び、最初に出席する夜会を決めた。
両親が懇意にしている伯爵家の夜会だ。
それほど大きくない夜会の上、伯爵夫妻はどちらも温和な方なので安心感がある。
新調した淡い菫色のドレスを身につけ、流行の形に髪を整えると、不安な気持ちよりも夜会を楽しもうという前向きな気持ちが生まれた。
予想していた通り、サラが会場に到着するとすぐにひそひそとした噂話が聞こえてきたけれど、思っていたよりはひどくない。
最悪の状況を想像して精神を鍛えていたためか、これくらいなら耐えられそうだ。
会場はとてもにぎわっていた。
王宮への出入りを禁じられ、王都に出てこなかった人たちが出てきているのだ。
サラがデビューした2年前には、すでに多くの貴族が社交界から姿を消していて、それがサラにとっての普通だった。
しかしサラにとっての普通が、この国にとっては異常だったということを今日身をもって体感している。
(『昔はもっと賑やかだった』という話は、よく聞いていたけれど、これほどだったとは…)
サラは会場を見渡し、圧倒された。
思っていた倍以上の人がいて、会場には熱気が籠もっている。
(すごいわ)
会場の隅から見渡すと、初めて見る顔が多くあった。
サラが相手の顔を知らないように相手もサラを知らないから、サラの噂話をする人も少ないのだと納得がいった。
「12年の暗闇が…」
「12年…」
聞くとは無しに聞いていると、“12年”という単語が頻繁に耳に入ってくる。
(12年って一体なにかしら?12年前と言えば私は6歳だけど…)
考えていると、人混みをかき分けリチャードがこちらに向かってくるのが見えた。
髪を後ろに流し、光沢のある濃紺のすっきりとした衣装を身にまとったリチャードは、一瞬誰だかわからないほど洗練されていた。
図書室に来るリチャードは着古した作業着を着ていることが多かったし、髪をセットしていたことなど一度もなかった。
背が高いリチャードは人混みの中にいてもよく目立つ。
サラが見ているのに気づくと、リチャードは微笑み目配せをした。
「飲むか?」
リチャードは持っていたカクテルを差し出した。
「ありがとう」
カクテルを受け取る。
ゴールドに輝く液体に炭酸の泡が輝いていた。
視線を感じて見上げると、リチャードがサラを見ていた。
「こういう場所で会うのは初めてだから、なんというか照れくさいな。今日のサラは綺麗だ」
本当に照れているのか、リチャードの視線は泳いでいる。
綺麗だなんて面と向かって言われたのは、大人になってから初めてかもしれない。
「ありがとう。あなたも素敵よ」
つられてサラも照れてしまい、ぎこちなく言葉を返した。
確かにこんな格好をしてリチャードと会うのは初めてだ。
どこかおかしいところや、髪のほつれはないだろうかと、今になって気になり始めた。
心を落ち着かせるためにカクテルをひと口飲み、気になったことを聞いてみることにした。
「なんだか皆さん12年がどうとか話してらっしゃるけど、どんな意味だか分かる?」
「お前知らないのか?」
リチャードは珍しいものを見るような顔でサラを見下ろした。
ほんの少しの間にいつもの彼に戻ったようだ。
「何を?」
「12年と聞いて何も思いつくことがないのか?」
「私が当時6歳だったということだけ」
「んー、では少し外に出るか」
リチャードは辺りを見回すと、サラを庭に誘った。
どうやら衆目を集めていたようだ。
サラが皇太子の元婚約であるということよりも、リチャードが目立つ容姿をしているからだろう。
若い女性のグループがリチャードをチラチラ見ながら楽しそうに話しているのが見えた。
0
お気に入りに追加
507
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです
四馬㋟
ファンタジー
妹に婚約者を奪われた挙句、第二王女暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、王国を追放されてしまった第一王女メアリ。しかし精霊に愛された彼女は、人を寄せ付けない<魔の森>で悠々自適なスローライフを送る。はずだったのだが、帝国の皇子の命を救ったことで、正体がバレてしまい……
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~
北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!**
「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」
侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。
「あなたの侍女になります」
「本気か?」
匿ってもらうだけの女になりたくない。
レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。
一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。
レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。
※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません)
※設定はゆるふわ。
※3万文字で終わります
※全話投稿済です
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる
当麻リコ
恋愛
美しすぎるがゆえに嫉妬で嘘の噂を流され、それを信じた婚約者に婚約を破棄され人間嫌いになっていたシェリル。
過ぎた美貌で近付く女性がメンヘラストーカー化するがゆえに女性不信になっていたエドガー。
恋愛至上の社交界から遠ざかりたい二人は、跡取りを残すためという利害の一致により、愛のない政略結婚をすることに決めた。
◇お互いに「自分を好きにならないから」という理由で結婚した相手を好きになってしまい、夫婦なのに想いを伝えられずにいる両片想いのお話です。
※やや同性愛表現があります。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
【完結】両親が亡くなったら、婚約破棄されて追放されました。他国に亡命します。
西東友一
恋愛
両親が亡くなった途端、私の家の資産を奪った挙句、婚約破棄をしたエドワード王子。
路頭に迷う中、以前から懇意にしていた隣国のリチャード王子に拾われた私。
実はリチャード王子は私のことが好きだったらしく―――
※※
皆様に助けられ、応援され、読んでいただき、令和3年7月17日に完結することができました。
本当にありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる