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翌年。春。
新たな社交シーズンがついに始まった。

サラは選びに選び、最初に出席する夜会を決めた。
両親が懇意にしている伯爵家の夜会だ。

それほど大きくない夜会の上、伯爵夫妻はどちらも温和な方なので安心感がある。

新調した淡い菫色のドレスを身につけ、流行の形に髪を整えると、不安な気持ちよりも夜会を楽しもうという前向きな気持ちが生まれた。

予想していた通り、サラが会場に到着するとすぐにひそひそとした噂話が聞こえてきたけれど、思っていたよりはひどくない。

最悪の状況を想像して精神を鍛えていたためか、これくらいなら耐えられそうだ。

会場はとてもにぎわっていた。
王宮への出入りを禁じられ、王都に出てこなかった人たちが出てきているのだ。

サラがデビューした2年前には、すでに多くの貴族が社交界から姿を消していて、それがサラにとっての普通だった。

しかしサラにとっての普通が、この国にとっては異常だったということを今日身をもって体感している。

(『昔はもっと賑やかだった』という話は、よく聞いていたけれど、これほどだったとは…)
サラは会場を見渡し、圧倒された。

思っていた倍以上の人がいて、会場には熱気が籠もっている。

(すごいわ)
会場の隅から見渡すと、初めて見る顔が多くあった。

サラが相手の顔を知らないように相手もサラを知らないから、サラの噂話をする人も少ないのだと納得がいった。

「12年の暗闇が…」
「12年…」

聞くとは無しに聞いていると、“12年”という単語が頻繁に耳に入ってくる。

(12年って一体なにかしら?12年前と言えば私は6歳だけど…)
考えていると、人混みをかき分けリチャードがこちらに向かってくるのが見えた。

髪を後ろに流し、光沢のある濃紺のすっきりとした衣装を身にまとったリチャードは、一瞬誰だかわからないほど洗練されていた。

図書室に来るリチャードは着古した作業着を着ていることが多かったし、髪をセットしていたことなど一度もなかった。

背が高いリチャードは人混みの中にいてもよく目立つ。

サラが見ているのに気づくと、リチャードは微笑み目配せをした。

「飲むか?」
リチャードは持っていたカクテルを差し出した。

「ありがとう」
カクテルを受け取る。
ゴールドに輝く液体に炭酸の泡が輝いていた。

視線を感じて見上げると、リチャードがサラを見ていた。

「こういう場所で会うのは初めてだから、なんというか照れくさいな。今日のサラは綺麗だ」
本当に照れているのか、リチャードの視線は泳いでいる。

綺麗だなんて面と向かって言われたのは、大人になってから初めてかもしれない。

「ありがとう。あなたも素敵よ」

つられてサラも照れてしまい、ぎこちなく言葉を返した。
確かにこんな格好をしてリチャードと会うのは初めてだ。

どこかおかしいところや、髪のほつれはないだろうかと、今になって気になり始めた。

心を落ち着かせるためにカクテルをひと口飲み、気になったことを聞いてみることにした。

「なんだか皆さん12年がどうとか話してらっしゃるけど、どんな意味だか分かる?」

「お前知らないのか?」
リチャードは珍しいものを見るような顔でサラを見下ろした。

ほんの少しの間にいつもの彼に戻ったようだ。

「何を?」
「12年と聞いて何も思いつくことがないのか?」

「私が当時6歳だったということだけ」

「んー、では少し外に出るか」
リチャードは辺りを見回すと、サラを庭に誘った。

どうやら衆目を集めていたようだ。

サラが皇太子の元婚約であるということよりも、リチャードが目立つ容姿をしているからだろう。

若い女性のグループがリチャードをチラチラ見ながら楽しそうに話しているのが見えた。

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