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1.結婚するにあたって

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「いや、驚きましたよ。まさか、あなたが結婚なんてね」
「そんなに驚くことでしょうか?」
「ええ、時の流れを感じてしまいます」

 アルバーン侯爵のルバイトは、剣の師であるベルトンと話していた。
 丸い眼鏡と長い髪を後ろで束ねた初老の紳士は、掴み所がない笑みを浮かべている。

 王国内でも有数の剣士であるベルトンは、ルバイトにとって数少ない信頼できる人物だった。
 故に婚約が決まって、一番最初にベルトンに伝えに来たのだ。

「先生、なんだか年寄りみたいな口振りですよ?」
「まあ、私も年齢的にはお年寄りですからねぇ」
「先生の剣技は、ちっとも衰えていませんが……」
「それはまあ、一応重要な役目を与えれていますからね。鍛錬を欠かす訳にはいきませんよ」

 ベルトンの現在の役職は、王子の剣の家庭教師である。
 そのことはルバイトも当然知っているのだが、それでも彼の見事な剣技には称賛の言葉をかけずにはいられなかった。

 人格も実力も伴っているベルトンは、その業績を決して誇らない謙虚な人物だ。
 だからこそ、ルバイトは彼への称賛を惜しむつもりはなかった。それも飄々と受け流されてしまうのだが。

「そんなことよりも、あなたの婚約のことです。てっきり、あなたはそのような事柄には興味がないのだとばかり思っていましたが」
「別に恋愛的な意味で結婚する訳ではありません。貴族としての役目を果たすために、妻を迎え入れるというだけです」
「おやおや」

 ルバイトの言葉に、ベルトンは苦笑いを浮かべていた。
 しかし彼にとって、婚約とは必要なことでしかない。貴族としての地位を確固とし、後継ぎを作る。結婚とはそのための手段だとしか思っていないのだ。

「それでは、いけませんねぇ。結婚するからには、もっときちんとしないと」
「それはどういうことですか?」
「他家の大切なお嬢様を迎え入れるのですから、幸せにしてあげるべきだと言っているんです」
「貴族の婚約に、そのような情愛など必要ないと認識しているのですが……いや、もちろん、蔑ろするつもりはありませんよ」

 ベルトンの言葉に、ルバイトは少し焦ったような言葉を返していた。
 彼も決して、結婚相手に対して悪意を持っている訳ではない。尊重はするつもりだし、不幸にするつもりもなかった。

 ただベルトンが言うように、必ず幸せにするといった気概があるという訳でもないというのが、ルバイトの心情である。
 彼はあくまで、割り切った関係を望んでいるのだ。

「ルバイトさん、結婚というものは一瞬の出来事ではないのですよ。その方と一生を過ごしていくのです。それは生半可な気持ちでは成し遂げられないことだと思いますよ」
「そういう先生は、結婚されていないではありませんか」
「ええ、私には他人の一生を背負う覚悟というものがありませんでしたからねぇ。ですが、あなたは身分上、そうせざるを得ないのでしょう? そうだとしたら、相手の方ときちんと向き合うべきです」

 独身であるベルトンの言葉には、信憑性などない。彼のことを尊敬しているルバイトも、流石にそれは指摘したくなってしまった。
 ただ、ベルトンから返って来たのは、ある種実感の籠った言葉だった。それはつまり、彼が過去に結婚について考える出来事があったということである。

 それを認識した結果、ルバイトは自らの言葉をひどく恥じることになった。
 その場の感情に任せて、行動する。その愚かさをルバイトは実感していた。

「……すみません。先生の事情を知っているという訳でもないのに、知ったような口を聞いて」
「いえいえ、私の方こそ、申し訳ありません。出過ぎたことを言ってしまいましたかね?」
「いいえ、先生の言葉は身に染みました。不肖ルバイト、婚約者の方ときちんと向き合いたいと思います」

 ルバイトは、ベルトンの元に来てよかったと思っていた。
 彼の中で、結婚に対する心構えは来る前とは大きく変わっていた。

 結婚相手と向き合い、その女性を必ず幸せにする。
 そう心掛けたルバイトは、まだ見ぬ婚約者に想いを馳せたのだった。
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