上 下
23 / 24

23.追い詰められた伯爵(モブ視点)

しおりを挟む
 リヴェルト伯爵は焦っていた。
 ことの発端は、大したことでもなかった。プレリアが舞踏会の場において、傷害事件を起こしたのである。
 それ自体は、まだなんとかできる範疇ではあった。気に食わないことではあるが、相手に謝罪して真摯な対応をすれば、ことを納められたのである。

 だが、そうはならなかった。その事件を発端にリヴェルト伯爵家に対する調査が行われて、結果として様々な悪事が表に出ることになったのだ。
 この結果に関して、リヴェルト伯爵はベレイン伯爵家の関与を疑っていた。婚約破棄をしたことによって低くなかった評価を回復させるために、リヴェルト伯爵家の評価を落としているのではないかと、彼は思っているのだ。

 しかしながら、裏で誰が手を引いていたとしても、それは今の状況にはそれ程関係がないことだった。
 今を切り抜けることができなければ、全てが終わる。リヴェルト伯爵はそのことについて、良く認識していた。

「さ、触らないでください」
「うるさい! 大人くしろ!」
「プレリア……!」
「あんたもだ。静かにしてもらおうか」

 リヴェルト伯爵家の屋敷を、ある者達が訪ねて来た。
 その者達は、伯爵が協力していた者達である。彼らが国家からの介入を嫌っていることなど明白だ。故にリヴェルト伯爵は、自分がどうなるかを想像して汗を流していた。

「……あんたが失脚すると困るものだ。幅を利かせられなくなってしまう」
「そ、それなら協力しろ。お前達の力があれば、この状況だって……」
「どうにかできる訳ないだろうが。俺達だって、流石に国家が本気になったら敵わないさ。だからこそ、繋がりというものは消去しておかなければならない。わかるだろう?」

 目の前の男は、リヴェルト伯爵に対して鋭い視線を向けていた。
 最早彼のことを助けてくれる者などはいない。権力を著しく失っている伯爵に、後ろ盾というものはないのだ。

「だけど、俺も鬼や悪魔って訳でもない。娘と妻については、命くらいは助けてやるさ。二人には商品価値もある。他国に売り飛ばせば、高額で売れる」
「売る……この私を、売るなんて――!」
「黙ってろ!」
「うぐっ……!」
「プレリア! あ、あなた達……」
「あんたもだ」
「いやあっ!」

 必死に抵抗している妻子を見ながらも、リヴェルト伯爵の頭は自分のことでいっぱいだった。
 このままでは、命がない。それを悟った彼は、なんとか逃げることを思案していた。しかし背中を向けたら最後だ。彼に容赦や情けなどはない。
 状況を整理して、リヴェルト伯爵は自分が助からないという結論を出さざるを得なかった。その結論に達した瞬間、彼の中で何かがはじけた。

「ひひっ……あははははっ!」
「お、お父様?」
「あなた、何をっ……」
「壊れたか……」

 リヴェルト伯爵が虚ろな目で笑い出したのを見て、男は呆れたような顔をした。
 それから彼は、周囲を見渡す。今は部下達が、リヴェルト伯爵家と自分達の関与を示すものを見つけ出している所だ。

「……証拠を回収したら、引き上げるぞ」
「いいんですか? こいつは……」
「この状態では、証言なんてこともできないだろう。まあ、元伯爵を手にかけるとそれはそれでリスクがあるからな。それで王国から目をつけられる可能性は高い。どの道この国からはおさらばする。それまでの間、時間が稼げるだけでも良い」

 男は、リヴェルト伯爵を手にかけることに対するリスクを危惧していた。
 故に彼が狂って証言ができない状態になら、そのまま放っておく方が自分達にとって有益だと思ったのである。

「こいつらを売り払ったら、メルセデス王国を目指す。船の手配をしておけ。もちろん、秘密裏にな……」
「ええ、もちろんです」

 結果として、彼らとリヴェルト伯爵の関与は判明しなかった。
 隠蔽工作により証拠は亡くなり、伯爵も証言できる状態ではないからだ。
 しかしながら彼らがメルセデス王国に辿り着くこともなかった。秘密裏に手配した船は嵐に会い、沈没したのである。そのことを知る者は、誰もいない。彼らは海に消えていったのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

お姉さまに婚約者を奪われたけど、私は辺境伯と結ばれた~無知なお姉さまは辺境伯の地位の高さを知らない~

マルローネ
恋愛
サイドル王国の子爵家の次女であるテレーズは、長女のマリアに婚約者のラゴウ伯爵を奪われた。 その後、テレーズは辺境伯カインとの婚約が成立するが、マリアやラゴウは所詮は地方領主だとしてバカにし続ける。 しかし、無知な彼らは知らなかったのだ。西の国境線を領地としている辺境伯カインの地位の高さを……。 貴族としての基本的な知識が不足している二人にテレーズは失笑するのだった。 そしてその無知さは取り返しのつかない事態を招くことになる──。

【完結】野蛮な辺境の令嬢ですので。

❄️冬は つとめて
恋愛
その日は国王主催の舞踏会で、アルテミスは兄のエスコートで会場入りをした。兄が離れたその隙に、とんでもない事が起こるとは彼女は思いもよらなかった。 それは、婚約破棄&女の戦い?

〖完結〗役立たずの聖女なので、あなた達を救うつもりはありません。

藍川みいな
恋愛
ある日私は、銀貨一枚でスコフィールド伯爵に買われた。母は私を、喜んで売り飛ばした。 伯爵は私を養子にし、仕えている公爵のご子息の治療をするように命じた。私には不思議な力があり、それは聖女の力だった。 セイバン公爵家のご子息であるオルガ様は、魔物に負わされた傷がもとでずっと寝たきり。 そんなオルガ様の傷の治療をしたことで、セイバン公爵に息子と結婚して欲しいと言われ、私は婚約者となったのだが……オルガ様は、他の令嬢に心を奪われ、婚約破棄をされてしまった。彼の傷は、完治していないのに…… 婚約破棄をされた私は、役立たずだと言われ、スコフィールド伯爵に邸を追い出される。 そんな私を、必要だと言ってくれる方に出会い、聖女の力がどんどん強くなって行く。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のアイシャは、同じく伯爵令息であり幼馴染のグランと婚約した。 しかし、彼はもう一人の幼馴染であるローザが本当に好きだとして婚約破棄をしてしまう。 傷物令嬢となってしまい、パーティなどでも煙たがられる存在になってしまったアイシャ。 しかし、そこに手を差し伸べたのは、辺境伯のチェスター・ドリスだった……。

第一王子様は妹の事しか見えていないようなので、婚約破棄でも構いませんよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
ルメル第一王子は貴族令嬢のサテラとの婚約を果たしていたが、彼は自身の妹であるシンシアの事を盲目的に溺愛していた。それゆえに、シンシアがサテラからいじめられたという話をでっちあげてはルメルに泣きつき、ルメルはサテラの事を叱責するという日々が続いていた。そんなある日、ついにルメルはサテラの事を婚約破棄の上で追放することを決意する。それが自分の王国を崩壊させる第一歩になるとも知らず…。

処理中です...