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 私は、アロード様と話していた。
 彼は、完璧な人間ではない。弟の関係に悩む、普通の人なのだ。

「アロード様、あなたに少し頼みたいことがあります」
「頼みたいこと? 何かな?」
「ええ、それはあなたにとって勇気がいることかもしれません。ただ、どうか私の願いを聞き届けて頂きたいのです」
「それは、一体……」

 そこで、私はアロード様にあることを頼むことにした。 
 それは、彼にとって、とても勇気がいることだろう。完璧ではないとわかった今、少々酷な頼みであることは自覚している。
 だが、彼が完璧な人間なら、そもそもこの頼みは成立しない。そんな少々複雑な頼みなのである。

「あなたに、イルファー様と向き合って話して欲しいのです」
「向き合って話す……」
「私に先程言ったようなことを、イルファー様に直接言ってください。それが、二人の関係を改善させる一番の方法だと思います」

 私が頼みたいのは、アロード様が素直にイルファー様と話すことだった。 
 正直、それが一番早いのだ。兄の素直な気持ちを聞けば、イルファー様もその認識を改めるだろう。そうすれば、二人の関係は元に戻るはずだ。

「……それは、確かに勇気がいることだね」
「ええ、そうでしょうね……」

 私の言葉に、アロード様はとても気まずそうにしていた。
 この頼みが、彼にとって難しいことだとはわかっている。自分の思いを打ち明けるのは、かなり勇気がいることだ。
 しかし、彼もわかっているだろう。それが一番いい方法だということを。
 だからこそ、そういう表情になるのだろう。複雑な思いが、彼の中で絡み合っているのだ。

「でも、僕が素直に打ち明けていれば、このようなことにはならなかった。そうも思う。だから、僕が決着をつけなければならないのだろうね」
「……酷な頼みだとはわかっています」
「いや、いいよ。君が、どういう思いかもわかっているさ」
「すみません……」

 アロード様は、とても悩んでいた。
 自分のその悩みを打ち明ける勇気を、なんとか絞り出そうとしているのだろう。
 その様子を見ていると、益々彼が完璧な人間だとは思えない。普通の人と同じように、とても弱々しい人に見えるのだ。

「きっと、これはいいきっかけなのだろうね。僕は誰かに言われなければ行動できない。いや、僕だけではないか。イルファーだって、君の弟が言わなければ、君を僕の所まで誘わなかっただろう。結局、僕達は似た者同士なのかな?」
「アロード様……」
「話してみるよ。僕の素直な気持ちを。君も立ち会ってくれ。誰かいないと、流石に気まずそうだ」
「……わかりました。アロード様がいいなら、私が二人の立会人となります」

 かなり悩んだが、アロード様は決意してくれた。
 イルファー様と話す決意。それは、かなり勇気がいるものだろう。その決断を出来た彼は、とても尊敬できる人だ。
 こうして私は、アロード様とイルファー様の話し合いを見届けることになるのだった。
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