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38.したくないこと

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「だから言っているでしょう! アンデルト伯爵を殺害したのは、ブレットンという執事であると!」
「夫人、落ち着いてください。我々は別に、あなたにアンデルト伯爵の殺害の容疑をかけている訳ではありません」
「わ、私だってそれはわかっています。ただ……」
「その件については、改めて調査中しています。こちらが言えるのはそれだけです」
「ど、どうして私がこんな目に……」

 アンデルト伯爵夫人は、騎士からの言葉に項垂れていた。
 何故彼女がこんな目にあっているか、その答えは明瞭である。イフェルーナをアンデルト伯爵の子供と偽証していたからだ。
 この国において、血というものは重要視されている。イフェルーナが伯爵家の血を引いていないということによって、夫人は彼女ともども追い詰められることになっているのだ。

「……これで本当によろしかったのでしょうか?」

 そんな夫人の様子を見ながら、ブレットンさんは呟いた。
 それは彼が、アンデルト伯爵の殺害という罪で裁かれないことを言っているのだろう。
 それについては、私も同じ気持ちではある。ブレットンさんのことは大切ではあるが、罪は罪だ。きちんとした裁きを受けるべきであると、どうしても思ってしまう。

「ブレットンさん、そのことについては既に決着したはずだ。あなたやアルティリア嬢が、そのことを告発することはグライム辺境伯家が許さないと」
「それは……」
「殺人の隠蔽に関わったとなると、こちらとて無傷では済まない。今はアンデルト伯爵夫人が世迷い事を言っているだけということになっているが、あなたまで主張し始めたら一巻の終わりだ。俺はそれを止めなければならない」

 ブレットンさんに対して、ギーゼル様は冷たい視線を向けていた。
 彼は貴族として、非情なる判断も厭わないだろう。今まで接してきて、それはわかっている。
 当然のことながら、グライム辺境伯は止めるだろうが、ことそこにおいて、ギーゼル様は譲らないだろう。彼はあくまで、家のことを第一に考えて行動しているのだから。

「……俺はそんなことをしたくはない」
「ギーゼル様……」

 そこでギーゼル様の表情は、少し変わった。
 今の彼からは、先程のような冷たくて鋭利な感情というものは伝わってこない。むしろ温かい心というものが伝わってくる。

「アルティリア嬢もブレットンさんも、良い人だということを俺は知っている。しかしそれでも俺は、いざとなったら非情な判断をするだろう。そんなことをしたくないと思っても、自分を止めはしない。俺はそういう人間だ。だからこそ、あなた達にはこのままことを進めてもらいたいと思っている」

 ギーゼル様の言葉に、私もブレットンさんも何も言えなくなっていた。
 結局の所、私も命は惜しい。そう思っている私が担保されている以上、ブレットンさんも行動することはできないだろう。
 もしかしたら、ギーゼル様の狙いはそこにあるのかもしれない。彼の表情に、私はそんなことを思うのだった。
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