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馬車で町を案内してもらっていた私の前に現れたのは、ウェルリフ伯爵に弟を殺された男だった。
彼は、一向に謝らない伯爵に怒りを覚えたのか、懐からナイフを取り出した。明らかに、まずい状況だ。
男は、ウェルリフ伯爵に対してナイフを大きく振りかざす。それを振り下ろして、伯爵を切り裂くつもりなのだろう。
「くっ……!」
「逃がさん!」
ウェルリフ伯爵は、後退してナイフを躱した。
しかし、男は彼に手を伸ばして、その手首を捕らえた。これでは、ウェルリフ伯爵はもう逃げられない。
男が再び、ナイフを振りかざした。そのナイフが、ゆっくりと伯爵の肩目がけて下りていく。
「くっ……!」
「何っ……!」
しかし、驚くべきことに、ウェルリフ伯爵は男の腕を持ち、その動きを止めた。どちらかというと華奢に見える彼だが、意外にも力は強いようだ。
だが、男も力を込めているらしく、伯爵の手はどんどんと下がっている。このままでは、いずれその肩から切られてしまうだろう。
「ああああっ!」
「なっ……!」
次の瞬間、ウェルリフ伯爵は雄叫びをあげていた。今までの彼からは考えらないような必死な叫びからは、力を振り絞っているかのような印象を受ける。
そのまま、男の腕は押し返されていく。丁度、ナイフの先が男の首元に向くように。
「うごっ……!」
鋭利なナイフは、男の強靭な喉元に意図も簡単に突き刺さった。
男の声にならない声とともに、その喉から赤い液体が流れ出てくる。
力を失った男の体は、ゆっくりと地面に倒れていく。怒り狂っていた男のあまりに呆気ない幕切れに、私は声の一つもあげられなかった。
「はあ、はあ……」
辛うじて見えたのは、意気消沈しているウェルリフ伯爵だった。
恐怖や安堵、喪失感や絶望といった感情が入り混じった顔は、今の状況と完璧に合致する。
狂った男に命を脅かされて、殺してしまった。彼の纏う雰囲気の全てが、それを表している。
「どうして……?」
そんな彼を見ていて、私は違和感を覚えていた。
目の前の状況も、彼の表情も、全てに対して素直に受け入れようという気持になれないのだ。
「合致し過ぎている……」
辿り着いた結論は、全てが完璧に合致し過ぎているということだった。
ウェルリフ伯爵が、正当防衛で人を殺害できる状況。それが意図したかのように現れたことに、私は違和感を覚えているのだろう。
前提として、彼は五人もの人間を正当防衛によって殺害している。そんな彼に、六度目の機会が訪れた。それを素直に受け入れることなんて、できるはずはない。
彼が、全てを掌の上で転がしていたのではないか。そんな疑念が、私の中に芽生えてくるのだった。
彼は、一向に謝らない伯爵に怒りを覚えたのか、懐からナイフを取り出した。明らかに、まずい状況だ。
男は、ウェルリフ伯爵に対してナイフを大きく振りかざす。それを振り下ろして、伯爵を切り裂くつもりなのだろう。
「くっ……!」
「逃がさん!」
ウェルリフ伯爵は、後退してナイフを躱した。
しかし、男は彼に手を伸ばして、その手首を捕らえた。これでは、ウェルリフ伯爵はもう逃げられない。
男が再び、ナイフを振りかざした。そのナイフが、ゆっくりと伯爵の肩目がけて下りていく。
「くっ……!」
「何っ……!」
しかし、驚くべきことに、ウェルリフ伯爵は男の腕を持ち、その動きを止めた。どちらかというと華奢に見える彼だが、意外にも力は強いようだ。
だが、男も力を込めているらしく、伯爵の手はどんどんと下がっている。このままでは、いずれその肩から切られてしまうだろう。
「ああああっ!」
「なっ……!」
次の瞬間、ウェルリフ伯爵は雄叫びをあげていた。今までの彼からは考えらないような必死な叫びからは、力を振り絞っているかのような印象を受ける。
そのまま、男の腕は押し返されていく。丁度、ナイフの先が男の首元に向くように。
「うごっ……!」
鋭利なナイフは、男の強靭な喉元に意図も簡単に突き刺さった。
男の声にならない声とともに、その喉から赤い液体が流れ出てくる。
力を失った男の体は、ゆっくりと地面に倒れていく。怒り狂っていた男のあまりに呆気ない幕切れに、私は声の一つもあげられなかった。
「はあ、はあ……」
辛うじて見えたのは、意気消沈しているウェルリフ伯爵だった。
恐怖や安堵、喪失感や絶望といった感情が入り混じった顔は、今の状況と完璧に合致する。
狂った男に命を脅かされて、殺してしまった。彼の纏う雰囲気の全てが、それを表している。
「どうして……?」
そんな彼を見ていて、私は違和感を覚えていた。
目の前の状況も、彼の表情も、全てに対して素直に受け入れようという気持になれないのだ。
「合致し過ぎている……」
辿り着いた結論は、全てが完璧に合致し過ぎているということだった。
ウェルリフ伯爵が、正当防衛で人を殺害できる状況。それが意図したかのように現れたことに、私は違和感を覚えているのだろう。
前提として、彼は五人もの人間を正当防衛によって殺害している。そんな彼に、六度目の機会が訪れた。それを素直に受け入れることなんて、できるはずはない。
彼が、全てを掌の上で転がしていたのではないか。そんな疑念が、私の中に芽生えてくるのだった。
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