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1.幼い頃から

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 ローガル・ヴァルガド伯爵令息との婚約は、幼少期の頃から決まっていたことだった。
 アラドム伯爵家とヴァルガド伯爵家は以前より懇意にしており、その流れで婚約が決まったそうだ。
 故に幼少期の頃から、ローガルのことはよく知っていた。少し気弱な彼は、それでも優しい人である。

「私としては、もう少し男らしくなってくれるとありがたいのだけれどね」
「ははっ、手厳しいな……」

 私の言葉に、ローガルは苦笑いを返してきた。
 彼の優しさは、長所と呼ぶべきであるだろう。ただ、優しすぎるということは短所にもなり得る。それが私は、少し心配だ。

「あなたがヴァルガド伯爵になった後、苦労するかもしれないのよ? 貴族というものは、舐められたら終わりなのだから、注意しないと」
「それは確かにそうなのだろうね。ただ僕は、覇気だとかそういう威厳みたいなものは、よくわからなくてね……」
「まあ、確かにあなたが怒っている所なんて見たことないわね。なんだか益々心配になってきたわ……」
「エリーナには苦労をかけることがないように、僕も努力しないといけないということか……」

 ローガルが努力家であるということは、私もよく知っている。
 彼ならばいつか、その短所を克服してくれるだろう。そう信じている。
 ただ、貴族の世界がそれを待ってくれるとは限らない。故にできれば、早い所殻を破ってもらいたい所だ。

「しかしながら、僕は幸せ者だな」
「どうしたの? 藪から棒に?」
「いや、エリーナのことだよ。こうやって心配してくれる婚約者がいることは、とてもありがたいことだと思ってね」
「ローガル……」

 ローガルは、私に対して穏やかな笑みを浮かべていた。
 それに対して、私は固まってしまう。こういう時になんと返すべきなのかが、わからないからだ。

「あなたにそんな風に褒められると、なんだか変な感じがするわ」
「そうかな? それはごめん。なんというか、ふと感謝したくなったんだ」
「感謝?」
「エリーナ、いつも僕のことを支えてくれてありがとう。本当に助かっているよ」
「……別に、お礼を言われるようなことではないわよ。お互い様だもの」

 今日のローガルは、少しだけ変だった。何か心境の変化でもあったのだろうか。
 もっとも、お礼を言われて悪い気はしない。私が彼を支えられているなら何よりだ。婚約者として妻として、これからも頑張っていこうと思える。
 故に私は、ローガルに笑みを返した。ただ、この時の私は知らなかったのだ。彼の心境に変化をもたらしたのは、私にとっては不幸なことが原因であるということを。
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