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1.冷たい旦那様

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 アノート男爵家は、それ程強い力を持つ貴族という訳ではなかった。
 成り立ちからして、一兵卒から成り上った一家であるし、歴史も浅く、これといった味方も存在していなかったのだ。

 そんなアノート男爵家の長女である私がヴァングレイ伯爵家に嫁ぐことになったのは、偶然が重なった結果だといえるだろう。
 父がヴァングレイ伯爵に気に入られていたこと、伯爵家の令息であるヴィクトール様が若くして妻を亡くしていたこと、様々な要素が噛み合ったのだ。

 こうして私は、ランペルト王国において結婚できる年齢になってからすぐに、ヴィクトール様と結婚することになった。
 貴族の令嬢であるため、そういったことは覚悟できていた。アノート男爵家の地位を盤石なものとする。それが私の役目なのだと理解していた。

「……俺はあなたに、何かを求めるつもりはない」

 そんな私の旦那様であるヴィクトール様は、冷たい目をしている人だった。
 彼の目には、光が宿っていない。その突き放すような視線には、正直な所困っている。
 私は彼と、夫婦として良き関係を築いていきたいと思っていた。ただ、それが叶わないことであるということが理解できる。彼にそのつもりはないのだろう。

「婚約というものは、結局の所、お互いの家の発展のために行うものに過ぎない。あなたはあなたの人生というものを歩んで行けば良い。俺は何れヴァングレイ伯爵を継ぐことになるが、その時には当然アノート男爵家のことは留意しよう。そちらとは良き関係を築きたいと思っている」

 淡々とした口調からは、私への興味というものを読み取ることができなかった。
 妻として夫を支える。私はそういったことが求められると思っていた。ただ彼には、その必要すらないのだろう。彼は私の裏にあるアノート男爵家にしか、目を向けていない。

「他者と恋をしようとも、俺は構わない。もっとも、子供のことにだけは注意してもらわなければならない。後継ぎを残すことは、俺に課せられた使命であるといえる。そのことだけは、あなたに求めざるを得ないか」
「……例え公認されても、浮気しようなんて思いはしません」
「それならそれでもいい。とにかくあなたは、自由にしてくれていい」

 ヴィクトール様との間にある壁に、私は戸惑っていた。
 彼は決して、私のことを見ようとしない。それは貴族としての彼の考え方ということなのだろうか。結婚というものを、あくまで割り切っているのかもしれない。
 それなら私が身構えた所で、無駄ということなのだろう。私はそれを理解したのだった。
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