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27.覆せない事実

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「……これは一つの仮説ではありますが、もしかしたら私のお父様の仕業かもしれません」
「ど、どういうことですか?」
「彼ならば、お母様に届いた手紙を握りつぶすことができます。逆にお母様が出した手紙も、です。二人の状況とお父様の性格を考えると、それはそこまであり得ない話ではないと思います」
「なっ……」

 私の推測に、ランバット伯爵夫人は目を丸めていた。
 それは当然であるだろう。そんなことを言われて、驚かない方が無理というものである。
 そもそも、彼女はお父様のことを知らない。故にもしかしたら、この考えは突拍子のないものとして切り捨てられてしまうかもしれない。

「……そのようなことが、あり得るのですか?」
「私のお父様は、そういう人です。まあ、彼のことを知らないと信じられないでしょうか……」
「……いえ、そもそもの話、実の娘であるあなたを追放するという所業からして、エルシエット伯爵がまともな人物ではないことはわかっています。そんな人なら、そのくらいのことをしてもおかしくないと思えます」

 少し考えた後、夫人は落ち着いた態度でそのように述べてきた。
 しかし、彼女の体は震えている。エルシエット伯爵の所業は受け入れられたが、その結果として起こった不和を、まだ受け入れられていないのかもしれない。

「……かつて私とアルシャナの仲は、それ程悪いものではありませんでした」

 そこで夫人は、ゆっくりと呟いた。
 その表情は、とても穏やかだ。昔の思い出が、彼女にとって良いものだったということが、その表情からわかる。

「しかしながら、私は成長していく内にとある事情を知りました。公にはされていませんが、私達は本当の姉妹ではなかったのです」
「……どういうことですか?」
「アルシャナは妾の子でした。彼女は私にとって、腹違いの妹だったのです」
「そんな……」

 夫人から告げられた情報は、初めて知るものだった。
 妾の子、その事実は驚くべきものである。
 ただ、納得することもできた。母が実家と折り合いが悪い理由は、きっとそれなのだろう。

「今になって思えば、愚かなことでした。しかし当時の私は、それを知って彼女とそれまでと同じように接することができなくなってしまった……そしていつの間にか、私達の間には明確な不和が生まれていたのです」
「……」
「謝りたいと思っていました。そうすれば、昔の姉妹に戻れるとそう思っていたから。そうではなかったと今まで考えていました。でも、私の言葉は届いてすらいなかったのですね……」

 夫人は、喫茶店の窓から外の景色を見ていた。
 お母様のことを思い出しているのだろうか。
 そんな彼女に、かける言葉が見つからなかった。結局お母様は、何も知らずに死んでしまった。その事実を覆せるものは、何もないのだ。
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