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62.心強い視線

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「これから二人で、どこに行こうか。遠い国に行くのがいいかな? そこで二人でやり直すとしよう。僕達は本当の家族になるんだ」

 アルペリオ侯爵令息は、とても優しい声色でそんなことを言ってきた。
 当然のことながら、私は彼と一緒に行くことなど望んでいない。
 しかし反論が出て来なかった。恐怖の感情が、私に声を発することをできなくさせているのだ。

「貴族の地位は捨てることになるけれど、まあなんとかなるだろう。僕が働くから、君には家事全般を頼もうかな? 料理や裁縫は得意だっただろう。君は手先が器用だったからな……」
「……あっ」

 そこで私は、あることに気付いた。
 クルレイド様が、真っ直ぐに私のことを見ているのだ。
 その目を見ていると、なんだか恐怖が薄れてきた。全身に血が通っていくのを感じる。先程まで動かないと思っていた体が動く。

「アルペリオ侯爵令息、あなたの蛮行は許されるものではない」
「……さっきからうるさい奴だな。君は確か、第二王子のクルレイドか。レミアナに視線を向けて、何を考えているんだ?」

 クルレイド様が言葉を発すると、アルペリオ侯爵令息は不機嫌さを露わにしていた。
 アルペリオ侯爵令息は、私の首に刃を改めてしっかりと当てる。クルレイド様に対して、動いたら切ると示しているのだろう。

「言っておくが、レミアナは僕のものだ。君は知らないだろうが、僕達は小さな頃から一緒だったんだ。その絆は計り知れない。君なんかが入って来る隙間はないんだよ」
「そうやって無理やり拘束している時点で、あなたの言葉に説得力はない。本当にレミアナ嬢のことを想っているなら、今すぐにその手を離せ」
「その手には乗らないさ。君達は、僕とレミアナの未来を邪魔する。その言葉に従う義理はない」

 クルレイド様の説得を、アルペリオ侯爵令息の言葉を聞き流していた。
 恐らく彼は、私を決して離さないだろう。離したら終わりなのだから、離す訳がない。
 それを判断できるくらいには、アルペリオ侯爵令息も冷静だということだろうか。

「……」

 そこで私は、クルレイド様が駆けつけてきた兵士を気にしていることに気付いた。
 彼の視線は、兵士が持っている剣に向けられている。それを使おうとしているということだろうか。

「……」
「……」

 さらにクルレイド様は、私にも視線を向けてきた。
 その意図は理解できる。なんとかして、隙を作って欲しいということだろう。
 私は、瞬きをしてクルレイド様に意思を伝える。失敗することは許されない。息を合わせて、アルペリオ侯爵令息の蛮行を止めるのだ。
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