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 エボンス男爵家の領地にあるカナプト山は、地元の人達が一切近寄らない場所である。
 魔物や山賊がいるその山に、わざわざ行こうと思う者はいない。ただの自殺行為でしかないからだ。
 そんな山の麓には、数台の馬車が止まっている。それが誰の馬車なのかは、考えるまでもないだろう。

「愚かな奴だと思っていたが……まさか、これ程愚かとは予想外だ」

 ゼナート様は、馬車を調べながらそのようなことを呟いた。
 馬車から人気は、一切感じない。それはつまり、全員が既に山の中に入ってしまったということなのだろう。

「……当然のことながら、山の中には入らない。魔物は避ける方法があるが、山賊は無理だ。この人数で地の利もあちらにある以上、入れば命はないだろう」
「ドルナス様は、お付きの人達を連れていましたが……」
「結果が変わるとは思えないな……あの程度の人数でどうにかなるなら、エボンス男爵家も手をこまねいてはいまい」
「それは……そうですね」

 カナプト山は、エボンス男爵家の領地にある山である。
 故にエボンス男爵家は、代々頭を悩ませていた。この山に住む山賊を、掃討しようと考えてきたのである。
 しかし、それは未だに叶っていない。それ程に、この山の攻略は難しいのだ。

「恐らくドルナスは、身ぐるみを剥がされて、命を奪われているだろう。例え奪われていなかったとしても、悲惨な結果は変わらないだろう。山賊どもに弄ばれているか、売られているかのどちらかだ」
「……」
「……いらぬ話だったな。許せ」

 ゼナート様の話に、私は少しだけ気分が悪くなっていた。
 ドルナス様は、はっきりといって嫌いだった。しかしそんな彼でも、悲惨な目に合っていると聞くと心が痛くなるものだ。
 だが、きっとその事実から目をそらすべきではないだろう。起こってしまった以上、その現実は受け入れて、前に進むべきだ。

「ここでこれ以上、得られるものはないだろう。大方調べ終わった。次にするべき行動は明白だ」
「……わかってします。この事実をバンレド伯爵家に知らせるのですね?」
「ああ、それは必要なことだ……まずは、エボンス男爵の元に戻るか」
「えっと……」

 ゼナート様の言葉に、私は少し驚いていた。
 まるで彼が、まだ協力してくれるような口ぶりだったからだ。

「ご助力いただけるのですか?」
「あの愚かな男によって、エボンス男爵家が不利益を被るのは俺も寝覚めが悪い。乗りかかった船だ。俺も最後まで噛ませてもらう」
「ありがとうございます。とても心強いです」

 大変なことになってしまったが、ゼナート様と出会えたのは不幸中の幸いである。
 彼程頼りになる人は、中々いない。本当に、心強い味方が得られたものだ。
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