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「はあっ、はあっ……」
腕が治ったドルナス様は、息を切らしていた。
先程まで腕が切れていたのだから、それは当然のことだろう。
だが、ドルナス様はしっかりと男の方に向けられている。その明確な敵意に対しても、男性は微動だにしていない。
「お前、わかっているんだろうな? こんなことをして、ただで済むと思うなよ……」
「やれるものならやってみろ。もっとも、お前程度に俺をどうこうできるとは思わんが」
「なんだと? 僕を誰だかわかっていないのか?」
「先程自分で言っただろう。ドルナス・バンレド伯爵令息……」
落ち着いてきたのか、ドルナス様は笑みを浮かべていた。
彼は、すっかり余裕を取り戻している。その表情からは、それが伺える。
だが、それはすぐに崩れ去るはずだ。なぜならあの男性が、ただの平民であるとは思えないからだ。
「お前には必ず報いを受けさせてやる」
「いいや、それは無理だな。お前如きに、俺を陥れる力はない」
「なんだと?」
「これもお前が先程言ったことだが、権力というものだ。このくらいのことは、俺なら揉み消せる」
「なっ……」
そこで男性は、ゆっくりとフードを取った。
その顔には見覚えがある。この国に住む者なら、誰でも知っているだろう。
「お前っ……いや、あなたは……」
「ほう。俺の顔は知っていたか」
私達の目の前に現れたのは、ゼナート・クレッセン。この国の第二王子である。
どうして王族がこんな田舎にいるのか。それはまったくわからない。
ただ事実としてあるのは、そこにこの国で最も権力を持つ一族の一人がいるということだ。
「ふん、随分と静かになったものだな? 先程までの威勢の良さはどうした?」
「そ、それは……」
「権力を語るだけあって、力関係には従順ということか」
「く、くそっ……」
ドルナス様の体は、ゆっくりと後退していた。
それはつまり、ゼナート様の権力に怯えているということなのだろう。いや、それよりも覇気に怯えているのかもしれない。
とにかくドルナス様からは、先程までの覇気がなくなっている。まるで借りてきた猫のようだ。
「さて、それでどうする? これ以上余計な真似をするようなら、今度はその首をはねるが……」
「ひっ……」
得意の権力が通用しないという状況に、ドルナス様は怯え切っているようだ。
そのまま彼は、どんどんと後退していく。最早逆らう力は、残されていないらしい。
「くそうっ!」
そしてドルナス様は逃げ出した。なんとも情けない遁走だ。
何はともあれ、これで事態はとりあえず収拾したといえるだろう。そう思うと、なんだか体から力が抜けてくる。
腕が治ったドルナス様は、息を切らしていた。
先程まで腕が切れていたのだから、それは当然のことだろう。
だが、ドルナス様はしっかりと男の方に向けられている。その明確な敵意に対しても、男性は微動だにしていない。
「お前、わかっているんだろうな? こんなことをして、ただで済むと思うなよ……」
「やれるものならやってみろ。もっとも、お前程度に俺をどうこうできるとは思わんが」
「なんだと? 僕を誰だかわかっていないのか?」
「先程自分で言っただろう。ドルナス・バンレド伯爵令息……」
落ち着いてきたのか、ドルナス様は笑みを浮かべていた。
彼は、すっかり余裕を取り戻している。その表情からは、それが伺える。
だが、それはすぐに崩れ去るはずだ。なぜならあの男性が、ただの平民であるとは思えないからだ。
「お前には必ず報いを受けさせてやる」
「いいや、それは無理だな。お前如きに、俺を陥れる力はない」
「なんだと?」
「これもお前が先程言ったことだが、権力というものだ。このくらいのことは、俺なら揉み消せる」
「なっ……」
そこで男性は、ゆっくりとフードを取った。
その顔には見覚えがある。この国に住む者なら、誰でも知っているだろう。
「お前っ……いや、あなたは……」
「ほう。俺の顔は知っていたか」
私達の目の前に現れたのは、ゼナート・クレッセン。この国の第二王子である。
どうして王族がこんな田舎にいるのか。それはまったくわからない。
ただ事実としてあるのは、そこにこの国で最も権力を持つ一族の一人がいるということだ。
「ふん、随分と静かになったものだな? 先程までの威勢の良さはどうした?」
「そ、それは……」
「権力を語るだけあって、力関係には従順ということか」
「く、くそっ……」
ドルナス様の体は、ゆっくりと後退していた。
それはつまり、ゼナート様の権力に怯えているということなのだろう。いや、それよりも覇気に怯えているのかもしれない。
とにかくドルナス様からは、先程までの覇気がなくなっている。まるで借りてきた猫のようだ。
「さて、それでどうする? これ以上余計な真似をするようなら、今度はその首をはねるが……」
「ひっ……」
得意の権力が通用しないという状況に、ドルナス様は怯え切っているようだ。
そのまま彼は、どんどんと後退していく。最早逆らう力は、残されていないらしい。
「くそうっ!」
そしてドルナス様は逃げ出した。なんとも情けない遁走だ。
何はともあれ、これで事態はとりあえず収拾したといえるだろう。そう思うと、なんだか体から力が抜けてくる。
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