上 下
5 / 21

5.

しおりを挟む
「おい、あの馬車こっちに来てないか?」
「酒場に用があるってことか? まあ、旅人なら珍しいことではないが……」
「でも、なんだか高貴な馬車っぽいぜ?」

 酒場にいる人達は、窓や入り口から外の様子を興味深そうに窺っていた。
 しかし、今の会話を皮切りに人々は散り散りになる。この酒場に、件の馬車が来るからなのだろう。
 その予想は、どうやらあたっているようだ。酒場の扉が開かれて、ゆっくりと中に何人が入って来る。中心にいる人物は、身なりからして恐らく貴族だ。

「……貧相な酒場だな? まあ、田舎町らしいといえばらしいか」

 貴族らしき男は、酒場を見渡してからゆっくりとそう呟いた。
 その一言だけで、彼がどういう人間かは窺い知ることができる。

 しかしここで激昂しても、碌なことにはならない。私は衝動をぐっとこらえて成り行きを見守る。
 マルティラさんは接客のプロだ。自分の酒場を貶されてもずっとニコニコしている。きっと彼女なら、あの厄介そうな貴族を受け流すことができるだろう。

「いらっしゃいませ。何かご用ですか?」
「ああ、少し話を聞かせてもらいたいんだ。この先にあるカナプト山に行きたいんだが……」
「カナプト山を?」

 男の言葉に、マルティラさんは驚いたような顔をした。
 それは、当然のことである。今男が口にしたのは、とても危険な山だ。

「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「……迂回をお勧めします。カナプト山は、魔物や山賊が跋扈する危険な山です。整備された街道を取った方が安全です」
「もちろん、それは承知しているさ。しかし問題はない。これから行うのは山狩りなのだから」
「山狩り?」

 男が出した単語に反応したのは、マルティラさんではなく私である。
 それはなんというか、領主の娘として見逃せない発言だった。どこの誰だかはわからないが、どうしてエボンス男爵家の領地で、余所の貴族が山狩りなんて行おうとしているのだろうか。

「何か言いたげだな?」
「……ええ、言いたいことがあります。でも、まずは自己紹介を。私は、ルルーナ・エボンス。この一体を統治するエボンス男爵家の長女です」
「ほう……これは、ご丁寧にどうも。僕は、ドルナス・バンレド。バンレド伯爵家の次男だ」

 私の自己紹介に、ドルナス・バンレド伯爵令息は一礼を返してきた。
 一応、貴族である私に対して礼儀は払っているようだ。その顔には明らかに嘲笑が含まれているが、それは気にしないことにする。

 とにかく問題は、この男がエボンス男爵家の領地で何をしようとしているかということだ。
 その事情をしっかりと聞き出さなければならない。そして場合によっては、対処にあたらなければならないだろう。私は、領主の娘なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

穏やかな田舎町。僕は親友に裏切られて幼馴染(彼女)を寝取られた。僕たちは自然豊かな場所で何をそんなに飢えているのだろうか。

ねんごろ
恋愛
 穏やかなのは、いつも自然だけで。  心穏やかでないのは、いつも心なわけで。  そんなふうな世界なようです。

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

処理中です...