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「おい、あの馬車こっちに来てないか?」
「酒場に用があるってことか? まあ、旅人なら珍しいことではないが……」
「でも、なんだか高貴な馬車っぽいぜ?」
酒場にいる人達は、窓や入り口から外の様子を興味深そうに窺っていた。
しかし、今の会話を皮切りに人々は散り散りになる。この酒場に、件の馬車が来るからなのだろう。
その予想は、どうやらあたっているようだ。酒場の扉が開かれて、ゆっくりと中に何人が入って来る。中心にいる人物は、身なりからして恐らく貴族だ。
「……貧相な酒場だな? まあ、田舎町らしいといえばらしいか」
貴族らしき男は、酒場を見渡してからゆっくりとそう呟いた。
その一言だけで、彼がどういう人間かは窺い知ることができる。
しかしここで激昂しても、碌なことにはならない。私は衝動をぐっとこらえて成り行きを見守る。
マルティラさんは接客のプロだ。自分の酒場を貶されてもずっとニコニコしている。きっと彼女なら、あの厄介そうな貴族を受け流すことができるだろう。
「いらっしゃいませ。何かご用ですか?」
「ああ、少し話を聞かせてもらいたいんだ。この先にあるカナプト山に行きたいんだが……」
「カナプト山を?」
男の言葉に、マルティラさんは驚いたような顔をした。
それは、当然のことである。今男が口にしたのは、とても危険な山だ。
「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「……迂回をお勧めします。カナプト山は、魔物や山賊が跋扈する危険な山です。整備された街道を取った方が安全です」
「もちろん、それは承知しているさ。しかし問題はない。これから行うのは山狩りなのだから」
「山狩り?」
男が出した単語に反応したのは、マルティラさんではなく私である。
それはなんというか、領主の娘として見逃せない発言だった。どこの誰だかはわからないが、どうしてエボンス男爵家の領地で、余所の貴族が山狩りなんて行おうとしているのだろうか。
「何か言いたげだな?」
「……ええ、言いたいことがあります。でも、まずは自己紹介を。私は、ルルーナ・エボンス。この一体を統治するエボンス男爵家の長女です」
「ほう……これは、ご丁寧にどうも。僕は、ドルナス・バンレド。バンレド伯爵家の次男だ」
私の自己紹介に、ドルナス・バンレド伯爵令息は一礼を返してきた。
一応、貴族である私に対して礼儀は払っているようだ。その顔には明らかに嘲笑が含まれているが、それは気にしないことにする。
とにかく問題は、この男がエボンス男爵家の領地で何をしようとしているかということだ。
その事情をしっかりと聞き出さなければならない。そして場合によっては、対処にあたらなければならないだろう。私は、領主の娘なのだから。
「酒場に用があるってことか? まあ、旅人なら珍しいことではないが……」
「でも、なんだか高貴な馬車っぽいぜ?」
酒場にいる人達は、窓や入り口から外の様子を興味深そうに窺っていた。
しかし、今の会話を皮切りに人々は散り散りになる。この酒場に、件の馬車が来るからなのだろう。
その予想は、どうやらあたっているようだ。酒場の扉が開かれて、ゆっくりと中に何人が入って来る。中心にいる人物は、身なりからして恐らく貴族だ。
「……貧相な酒場だな? まあ、田舎町らしいといえばらしいか」
貴族らしき男は、酒場を見渡してからゆっくりとそう呟いた。
その一言だけで、彼がどういう人間かは窺い知ることができる。
しかしここで激昂しても、碌なことにはならない。私は衝動をぐっとこらえて成り行きを見守る。
マルティラさんは接客のプロだ。自分の酒場を貶されてもずっとニコニコしている。きっと彼女なら、あの厄介そうな貴族を受け流すことができるだろう。
「いらっしゃいませ。何かご用ですか?」
「ああ、少し話を聞かせてもらいたいんだ。この先にあるカナプト山に行きたいんだが……」
「カナプト山を?」
男の言葉に、マルティラさんは驚いたような顔をした。
それは、当然のことである。今男が口にしたのは、とても危険な山だ。
「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「……迂回をお勧めします。カナプト山は、魔物や山賊が跋扈する危険な山です。整備された街道を取った方が安全です」
「もちろん、それは承知しているさ。しかし問題はない。これから行うのは山狩りなのだから」
「山狩り?」
男が出した単語に反応したのは、マルティラさんではなく私である。
それはなんというか、領主の娘として見逃せない発言だった。どこの誰だかはわからないが、どうしてエボンス男爵家の領地で、余所の貴族が山狩りなんて行おうとしているのだろうか。
「何か言いたげだな?」
「……ええ、言いたいことがあります。でも、まずは自己紹介を。私は、ルルーナ・エボンス。この一体を統治するエボンス男爵家の長女です」
「ほう……これは、ご丁寧にどうも。僕は、ドルナス・バンレド。バンレド伯爵家の次男だ」
私の自己紹介に、ドルナス・バンレド伯爵令息は一礼を返してきた。
一応、貴族である私に対して礼儀は払っているようだ。その顔には明らかに嘲笑が含まれているが、それは気にしないことにする。
とにかく問題は、この男がエボンス男爵家の領地で何をしようとしているかということだ。
その事情をしっかりと聞き出さなければならない。そして場合によっては、対処にあたらなければならないだろう。私は、領主の娘なのだから。
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