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 私は、エルード様とともに馬車の前まで来ていた。
 これで、本当にこの屋敷とはお別れである。
 彼と会ってから、ここに来るまでの時間は、とても濃密な時間だった。私の人生において、ここまで変化があったのは、母が亡くなって以来だろうか。

「それにしても、エルード様はよくあの借用書が偽物だとわかりましたね……」
「む?」
「私には、まったくわからなかったのですけど、何か違いがあるのですか?」

 そこで、私はエルード様にそんなことを聞いていた。
 純粋に、あの借用書にどんな間違いがあったか知りたかったのである。

「借用書に間違いがあったかどうかなど、俺も知らん」
「え?」
「俺はただ、かまをかけただけに過ぎない。あの借用書が偽物かどうかなど、まったくわらかん」

 エルード様は、表情を変えないで驚くべきことを言ってきた。
 彼は、あの借用書が偽物かどうかなどまったくわかっていなかったのだ。
 だが、考えてみれば、エルード様は具体的なことを何も言っていなかった気がする。曖昧な言葉だけで、ボドール様を追い詰めていたはずだ。
 しかし、それが何もわかっていなかったからだとは思っていなかった。ほぼ自白していたので、ボドール様も私と同じことを思っていただろう。

「よく……そんなことができましたね?」
「別に、このくらいはどうということはない。むしろ、引っかかったボドールの方が愚かだといえるだろう」
「そ、そうなのですか?」
「ああ、あの程度の言葉で落ちるのは、三流といえるだろう」

 エルード様は、先程のことを特に特別なことだと思っていないようだ。
 もしかして、貴族というのは、あれが普通なのだろうか。そんなことを言われると、なんだかとても怖くなってくる。
 あまり実感はないが、私はこれから公爵家の一員となるのだ。ということは、私もああいうことができるように、ならなければならないのだろうか。

「貴族というのは、すごいのですね……」
「感心するようなことではない。相手にやましいことがあるとわかっているからこそ、言えただけだ」
「わかっていたのですか?」
「お前の母親のことを考えれば、そう思ったのだ」
「エルード様……」

 エルード様の言葉は、とても嬉しいものだった。
 彼は、私の母を信じてくれたのだ。顔も見たことがないのに、信じてくれたのである。これ程、嬉しいことはないだろう。

「ありがとうございます……私、とても嬉しいです」
「……気にするな。それより、早く出発するぞ」
「はい!」

 エルード様の言葉に、私は力強く頷いた。
 こうして、私達はゲルビド子爵家から出発するのだった。
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