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6.大きな背中

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「……すみません、ヴェルゼス様。お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」

 色々と考えたが、私はヴェルゼス様の提案に甘えることにした。
 このまま山の中腹で停滞して、そのまま一夜を越すようなことになったら、それこそ大問題だ。
 山には凶悪な魔物も潜んでいると聞いたことがあるし、一夜を明かしても、体力はそれ程回復しなさそうである。やはり今日の内には、例の場所まで辿り着いておきたい。

「身体能力を強化する魔法と回復魔法を、ヴェルゼス様にかけます。この後私が動けなくなっても、良い訳ですからね」
「掴まる体力は残していただかないと困ります。転げ落ちたりしたら大変ですからね」
「わかっています。ある程度は残しておきます」

 私は、残っていた魔力のほとんどを使ってヴェルゼス様に魔法をかけた。
 それによって、体にどっと疲れが出てきた。これはもう、一歩も進めそうにはない。
 ただその代わりといってはなんだが、ヴェルゼス様はかなり良い状態になっただろう。彼の基礎的な身体能力も合わさって、きっと私を運んでくれるだろう。

「さて、それでは私の背に乗ってください」
「し、失礼します」

 私は、ゆっくりとヴェルゼス様の背中に体を預けた。
 そのがっしりとした大きな背中からは、とても力強い印象を受ける。
 しかしこうした体勢は、やはり少し恥ずかしい。ただ、躊躇っている場合ではない。山の中でもあるのだし、しっかりとヴェルゼス様に掴まっておく。

「手を回しますね?」
「ええ、どうぞ。足を失礼します」
「はい……」

 私達は、お互いに慎重におんぶの形を作っていった。
 できるだけ、ヴェルゼス様の負担にならないように、私はここからも務めるつもりだ。
 後は、ヴェルゼス様の体力次第といった所だろうか。まあ目的地の付近まで行ければ一夜を越しても問題ないし、なんとかなるはずだ。

「立ちます」
「は、はい……」

 ヴェルゼス様は、ゆっくりと立ち上がった。
 いつもよりも遥かに高い視点に、私は少し戸惑ってしまう。
 ただ、無闇に体を動かしたりしないように努めた。ヴェルゼス様に迷惑はかけたくはない。

「重たくはありませんか?」
「ええ、まったく問題ありません。進みますから、しっかりと掴まっていてください」
「わかりました。ヴェルゼス様、お願いしますね」
「任せてください」

 私の言葉に力強い言葉を返してから、ヴェルゼス様は歩き始めた。
 その足取りは、とても軽い。私を背負っているとは、思えない程に軽快だ。
 それによって、私は理解した。ヴェルゼス様は今まで私に合わせてくれていたのだと。いくら魔法をかけたからといって、ここまで軽快にはならないはずだ。彼はかなり、私を気遣ってくれていたのだろう。
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