上 下
1 / 22

1.救いの手

しおりを挟む
 ゆっくりと揺れる馬車の中で、私はある一人の男性を見ていた。
 端正な顔立ちに、柔和な笑みを浮かべる彼を見れば、誰だって好青年という言葉が浮かんでくるはずだ。
 ただ、彼はただの紳士という訳ではない。一国を背負う立場にある人なのだ。

「驚きました。まさか、私に救いの手が差し伸べられるなんて……」
「救いの手、ですか。少し大袈裟なような気はしますね。あなたなら、この帰らずの森でも簡単に抜けられるのではありませんか?」
「森を抜けるのは、確かにそれ程難しいことではありません。ただ、私は罪人の身、森を抜けた所で、受け入れてもらえる国がありませんから」

 偉大なるフォルード・ラディオン第二王子は、私の言葉に苦笑いを浮かべていた。
 彼は、私が置かれている立場をよく理解している。よって、そんな表情しか浮かべられなくなっているのだろう。

「正直言って、腹立たしい限りです。あなたのような優秀な方をよもや罪人として、国から追い出すなんて、考えられない所業です」
「そう言っていただけるのは、ありがたいですね。今回の件に関しては、私も怒りを覚えていますから」
「……もっとも、エパイル王国がそのような判断をしたおかげで、我が国は貴重な人材を確保できた訳ですからね」
「それは……」

 フォルード殿下は、別に私のことを慈善事業で助けた訳ではない。その事実は、認識しているつもりだ。
 ただ、彼はきっと悪い人ではない。もしも私と同じように誰かが不当に国から追放された場合、普通に怒りを感じていそうだ。
 しかし、私のように才能を持つ者でなければ、助けることは難しいのだろう。彼は立場上、気軽に動くことができない。第二王子とは、そういう存在だ。

「今一度確認しておきますが、あなたにはラディオン王国に貢献してもらいます。それは、絶対的な条件です」
「ええ、もちろんです。助けていただけるのですから、むしろそれは当然の責務とさえ思っています」
「エパイル王国に対して、不利なことをさせるかもしれません」
「理解しています。それについては気が引ける面もありますが、割り切ります。幸か不幸か、私には身寄りがありません。その辺りについて、容赦や情けは切り捨てられます」
「そうですか……」

 フォルード殿下の質問に対して、私ははきはきと答えた。
 彼にとっては嬉しい言葉を返したつもりだが、反応は悪い。やはり人が良いのだろう。もしかしたら私以上に、私の裏切りを気にしているのかもしれない。

 しかし私からすると、本当に割り切れることなのだ。
 あの国であった出来事を考えれば、その結論はむしろ自然とさえいえる。
 エパイル王国は、私を追い出した。色々な事情はあるが、それは揺るがない事実なのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

余命七日の治癒魔法師

鈴野あや(鈴野葉桜)
恋愛
王太子であるレオナルドと婚約をし、エマは順風満帆な人生を送っていた。 しかしそれは唐突に終わりを告げられる。 【魔力過多症】と呼ばれる余命一年を宣告された病気によって――。 ※完結まで毎日更新予定です。(分量はおよそ文庫本一冊分) ※小説家になろうにも掲載しています。

王太子に婚約破棄言い渡された公爵令嬢は、その場で処刑されそうです。

克全
恋愛
8話1万0357文字で完結済みです。 「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に投稿しています。 コーンウォリス公爵家に令嬢ルイ―ザは、王国の実権を握ろうとするロビンソン辺境伯家当主フランシスに操られる、王太子ルークのよって絶体絶命の危機に陥っていました。宰相を務める父上はもちろん、有能で忠誠心の豊かな有力貴族達が全員紛争国との調停に送られていました。万座の席で露骨な言い掛かりで付けられ、婚約を破棄されたばかりか人質にまでされそうになったルイ―ザ嬢は、命懸けで名誉を守る決意をしたのです。

国護りの聖女と呼ばれていた私は、婚約者である王子から婚約破棄を告げられ、追放されて……。

四季
恋愛
国護りの聖女と呼ばれていたクロロニアは王子ルイスと婚約していた。 しかしある日のこと、ルイスから婚約破棄を告げられてしまって……。

離縁した旦那様が、後悔の手紙を送ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
乱暴な言葉を繰り返した挙句、婚約者であるカレンの事を追放しようとしたバルデス。しかしバルデスの執事をしていたケルンはカレンに味方をしたため、バルデスは逆追放される形で自らの屋敷を追われる。 その後しばらくして、カレンのもとに一通の手紙が届けられる。差出人はほかでもない、バルデスであった…。

【完結】婚約破棄からの絆

岡崎 剛柔
恋愛
 アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。  しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。  アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。  ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。  彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。  驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。  しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。  婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。  彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。  アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。  彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。  そして――。

ですがそれは私には関係ないことですので

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるイルメアは、独善的な父親の支配に弟とともに苦しんでいた。 父親でありながら、子供を歯牙にもかけない彼は、二人のことを利益を得るための道具としか思っていなかったのである。 そんな父親によって、イルメアは同じ伯爵家の令息と婚約を結ぶことになった。 しかしその婚約者も、人格面に問題がある人物だったのである。 過激な思想を持っており、女癖も悪かった婚約者は、多くの者から恨みを買っていた。 そんな彼は、ある日その報いを受けることになった。恨みを買っていた者達から、糾弾されることになったのである。 一方で、イルメアの父親の横暴もいつまでも続かなかった。 二人に対するひどい扱いなどが、社交界に広まっていたのだ。 結果的に孤立することになった父親は、失脚することになったのである。

国護りの力を持っていましたが、王子は私を嫌っているみたいです

四季
恋愛
南から逃げてきたアネイシアは、『国護りの力』と呼ばれている特殊な力が宿っていると告げられ、丁重にもてなされることとなる。そして、国王が決めた相手である王子ザルベーと婚約したのだが、国王が亡くなってしまって……。

義妹に婚約者を奪われて国外追放された聖女は、国を守護する神獣様に溺愛されて幸せになる

アトハ
恋愛
◆ 国外追放された聖女が、国を守護する神獣に溺愛されて幸せになるお話 ※ 他の小説投稿サイトにも投稿しています

処理中です...