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 事件の後、私の日常は穏やかなものに戻っていた。
 元々私に好意的だった人達の態度は変わらず、私に敵意を向けていた人達は静かになった。私に、やっと平和な生活が訪れたのである。
 教育係は、王城を去ることになった。私に吐いた数々の暴言、それに暴行未遂の件によって、王城の使用人として相応しくないと判断されたのだ。

 彼女に対して、同情する気持ちはない。そう思えれば楽だったのだが、私はわずかに罪悪感を覚えている。やはり、こういう結果は後味が悪い。
 しかし、彼女がいれば、私にこんなにも平和な日々は訪れなかっただろう。自分を守るということは、人としての当たり前のこと。ウェリクス様の言葉を胸に、私は今日も働いている。

「リメリア・マルーク」
「え?」

 そんな私に、話しかけてくる者がいた。
 それは、レイドール様である。偉大なる第二王子が私に話しかけてきたのだ。
 ウェリクス様ならともかく、彼に話しかけられるというのは驚きである。一体、私に何の用なのだろうか。

「マルーク家というもののことは、私も聞いている。フェルリンド公爵家に仕える優秀な使用人一家。それが、マルーク家というもので間違いないのだな?」
「え? ええ、そうですね……私が優秀かどうかはわかりませんが、私の母も祖母も曾祖母も、皆優秀な使用人だったことは間違いありません」

 レイドール様が聞いてきたのは、マルーク家のことだった。
 私の家は、平民でありながら有名である。優秀な使用人一家。そのように知られているのは、非常に珍しいことだろう。
 これは、私達が仕えていたフェルリンド公爵家のおかげでもある。敬意を忘れていなかった彼らは、私達の働きを正当に評価して、それを周囲に誇りとして打ち明けてくれた。そのおかげで、マルーク家は貴族からも一目置かれる存在となったのだ。

 もっとも、私の代でその関係は崩れてしまった。
 それは、とても悲しいことである。先代や先々代の話が出る度に、私のその気持ちは大きくなっていた。後悔しても後戻りはできないけれど、どうしてもそう思ってしまうのだ。


「フェルリンド公爵家の繁栄は、マルーク家の尽力があったから。現当主であるアルガーン・フェルリンド公爵もそう言っていた。私は、公爵家にそこまで言わせる一家を一介の平民として扱うことに少しだけ疑問を感じてしまうのだ」
「い、いえ、事実として、私達は平民に変わりませんし……」
「そこで、私はお前達マルーク家に、特例として貴族としての地位を与えたいと思っている」
「……はい?」

 レイドール様の言葉に、私は衝撃を受けていた。
 その不敵な笑みに、私は混乱することしかできないのだった。
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