上 下
9 / 18

9.口喧嘩して

しおりを挟む
「良い人ではないとは、どういう意味かしら?」
「……言葉通りの意味だよ」

 リメルナは、婚約者に対して愛情を抱いている。その事実は、私が望んでいたものではなかった。
 脅されているとかなら、まだ何かできることがあるとは思っていた。しかし心底惚れ込んでいるというなら、話は別だ。その感情を止めることが、私にはできない。

「あなたは彼のことを何も知らないじゃない? それなのにどうしてそのようなことが言えるのかしら?」
「少しくらいなら知っているよ。話をしたから」
「なっ……! そんなことをしていたなんて……」
「それでわかった。この人はまともな人ではないんだって、やめておいた方が良いと思うけれど」
「まともではない? そんなはずはないわ!」

 リメルナは、オーディス様の異常さというものにまったく気付いていないようだった。
 惚れた弱みということだろうか。彼の短所というものが、極端に見えなくなっているのかもしれない。
 しかしそれは、とてもまずい状況だといえる。貴族というものには、常に適切な判断力がもとめられてくるものだからだ。その点をリメルナは、私以上に理解していると思っていたのだが。

「あなたはきっと何か勘違いしているのね。確かに今回の婚約に関しては、問題がないとも言い切れないかもしれない。だけれど、彼は素敵な人よ。そこだけは履き違えないで頂戴」
「その一点について、私は不安に思っている。ロディオン子爵家のことを――いいえ、あなたのことを考えてくれると本当に思っているの?」
「彼は何よりも私のことを思ってくれているわ。ロディオン子爵家のことだって、難しい問題ではあるけれど、考えてくれている。あなたはそれを知らないのでしょう!」
「口では何とでも言えるだろうね。でも、本心はわからない。あなたはその人の本質が見えていないんじゃないの?」
「私を侮らないで頂戴!」

 私とリメルナは、珍しく口喧嘩をしていた。
 こんな風に意見をぶつけ合うのはいつ振りだろうか。口調は熱くなっているというのに、私の心はなんだか冷ややかだった。
 しかし何かが妙だ。私は重要なことを見落としているような気がする。リメルナと噛み合わないこの状況に、私の頭はいつになく働いていた。

「……待って」
「え?」
「リメルナ、待って。一つ確認させて、あなたが求婚されたのは……それを受け入れたのは、オーディス・トレファー侯爵令息だよね?」
「は?」

 私の口は、自然と動いていた。
 大事なことを確認していない。そのことに私は気付いたのだ。

 私はまだ妹の口から聞いていない。彼女が求婚を受け入れたのが誰なのか、それを確かめていなかったのだ。
 それは、確かめるまでもないことだと考えていた。しかし念のために、確認は必要だ。その前提が違っていれば、全てが覆るのだから。

「……誰? その人は」

 そして私は、妹の口から確かな疑問の言葉が発せられたことを認識した。
 彼女は知らないのだ。いや、知ってはいるのかもしれないが、今この場において私が出した名前は適切ではなかったのである。
 彼女が求婚を受け入れたのは、オーディス様ではない。他の誰かなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王立学園の特待生

碧桜 汐香
恋愛
兄4人で唯一の末っ子女子として産まれたルリアンヌは、それはそれは溺愛されて育ってきた。 そんなルリアンヌは王立学園の首席特待生。将来の夢は、初の女性宰相。 平民のくせに主席なんて、と陰口を言われるルリアンヌには秘密があって……。

わたくしが代わりに妻となることにしましたの、と、妹に告げられました

四季
恋愛
私には婚約者がいたのだが、婚約者はいつの間にか妹と仲良くなっていたらしい。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

「小賢しい」と離婚された私。国王に娶られ国を救う。

百谷シカ
恋愛
「貴様のような小賢しい女は出て行け!!」 バッケル伯爵リシャルト・ファン・デル・ヘーストは私を叩き出した。 妻である私を。 「あっそう! でも空気税なんて取るべきじゃないわ!!」 そんな事をしたら、領民が死んでしまう。 夫の悪政をなんとかしようと口を出すのが小賢しいなら、小賢しくて結構。 実家のフェルフーフェン伯爵家で英気を養った私は、すぐ宮廷に向かった。 国王陛下に謁見を申し込み、元夫の悪政を訴えるために。 すると…… 「ああ、エーディット! 一目見た時からずっとあなたを愛していた!」 「は、はい?」 「ついに独身に戻ったのだね。ぜひ、僕の妻になってください!!」 そう。 童顔のコルネリウス1世陛下に、求婚されたのだ。 国王陛下は私に夢中。 私は元夫への復讐と、バッケル伯領に暮らす人たちの救済を始めた。 そしてちょっとした一言が、いずれ国を救う事になる…… ======================================== (他「エブリスタ」様に投稿)

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。 何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。 諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。

婚約破棄ですか、すでに解消されたはずですが

ふじよし
恋愛
 パトリツィアはティリシス王国ラインマイヤー公爵の令嬢だ。  隣国ルセアノ皇国との国交回復を祝う夜会の直前、パトリツィアは第一王子ヘルムート・ビシュケンスに婚約破棄を宣言される。そのかたわらに立つ見知らぬ少女を自らの結婚相手に選んだらしい。  けれど、破棄もなにもパトリツィアとヘルムートの婚約はすでに解消されていた。 ※現在、小説家になろうにも掲載中です

処理中です...