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9.口喧嘩して
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「良い人ではないとは、どういう意味かしら?」
「……言葉通りの意味だよ」
リメルナは、婚約者に対して愛情を抱いている。その事実は、私が望んでいたものではなかった。
脅されているとかなら、まだ何かできることがあるとは思っていた。しかし心底惚れ込んでいるというなら、話は別だ。その感情を止めることが、私にはできない。
「あなたは彼のことを何も知らないじゃない? それなのにどうしてそのようなことが言えるのかしら?」
「少しくらいなら知っているよ。話をしたから」
「なっ……! そんなことをしていたなんて……」
「それでわかった。この人はまともな人ではないんだって、やめておいた方が良いと思うけれど」
「まともではない? そんなはずはないわ!」
リメルナは、オーディス様の異常さというものにまったく気付いていないようだった。
惚れた弱みということだろうか。彼の短所というものが、極端に見えなくなっているのかもしれない。
しかしそれは、とてもまずい状況だといえる。貴族というものには、常に適切な判断力がもとめられてくるものだからだ。その点をリメルナは、私以上に理解していると思っていたのだが。
「あなたはきっと何か勘違いしているのね。確かに今回の婚約に関しては、問題がないとも言い切れないかもしれない。だけれど、彼は素敵な人よ。そこだけは履き違えないで頂戴」
「その一点について、私は不安に思っている。ロディオン子爵家のことを――いいえ、あなたのことを考えてくれると本当に思っているの?」
「彼は何よりも私のことを思ってくれているわ。ロディオン子爵家のことだって、難しい問題ではあるけれど、考えてくれている。あなたはそれを知らないのでしょう!」
「口では何とでも言えるだろうね。でも、本心はわからない。あなたはその人の本質が見えていないんじゃないの?」
「私を侮らないで頂戴!」
私とリメルナは、珍しく口喧嘩をしていた。
こんな風に意見をぶつけ合うのはいつ振りだろうか。口調は熱くなっているというのに、私の心はなんだか冷ややかだった。
しかし何かが妙だ。私は重要なことを見落としているような気がする。リメルナと噛み合わないこの状況に、私の頭はいつになく働いていた。
「……待って」
「え?」
「リメルナ、待って。一つ確認させて、あなたが求婚されたのは……それを受け入れたのは、オーディス・トレファー侯爵令息だよね?」
「は?」
私の口は、自然と動いていた。
大事なことを確認していない。そのことに私は気付いたのだ。
私はまだ妹の口から聞いていない。彼女が求婚を受け入れたのが誰なのか、それを確かめていなかったのだ。
それは、確かめるまでもないことだと考えていた。しかし念のために、確認は必要だ。その前提が違っていれば、全てが覆るのだから。
「……誰? その人は」
そして私は、妹の口から確かな疑問の言葉が発せられたことを認識した。
彼女は知らないのだ。いや、知ってはいるのかもしれないが、今この場において私が出した名前は適切ではなかったのである。
彼女が求婚を受け入れたのは、オーディス様ではない。他の誰かなのだ。
「……言葉通りの意味だよ」
リメルナは、婚約者に対して愛情を抱いている。その事実は、私が望んでいたものではなかった。
脅されているとかなら、まだ何かできることがあるとは思っていた。しかし心底惚れ込んでいるというなら、話は別だ。その感情を止めることが、私にはできない。
「あなたは彼のことを何も知らないじゃない? それなのにどうしてそのようなことが言えるのかしら?」
「少しくらいなら知っているよ。話をしたから」
「なっ……! そんなことをしていたなんて……」
「それでわかった。この人はまともな人ではないんだって、やめておいた方が良いと思うけれど」
「まともではない? そんなはずはないわ!」
リメルナは、オーディス様の異常さというものにまったく気付いていないようだった。
惚れた弱みということだろうか。彼の短所というものが、極端に見えなくなっているのかもしれない。
しかしそれは、とてもまずい状況だといえる。貴族というものには、常に適切な判断力がもとめられてくるものだからだ。その点をリメルナは、私以上に理解していると思っていたのだが。
「あなたはきっと何か勘違いしているのね。確かに今回の婚約に関しては、問題がないとも言い切れないかもしれない。だけれど、彼は素敵な人よ。そこだけは履き違えないで頂戴」
「その一点について、私は不安に思っている。ロディオン子爵家のことを――いいえ、あなたのことを考えてくれると本当に思っているの?」
「彼は何よりも私のことを思ってくれているわ。ロディオン子爵家のことだって、難しい問題ではあるけれど、考えてくれている。あなたはそれを知らないのでしょう!」
「口では何とでも言えるだろうね。でも、本心はわからない。あなたはその人の本質が見えていないんじゃないの?」
「私を侮らないで頂戴!」
私とリメルナは、珍しく口喧嘩をしていた。
こんな風に意見をぶつけ合うのはいつ振りだろうか。口調は熱くなっているというのに、私の心はなんだか冷ややかだった。
しかし何かが妙だ。私は重要なことを見落としているような気がする。リメルナと噛み合わないこの状況に、私の頭はいつになく働いていた。
「……待って」
「え?」
「リメルナ、待って。一つ確認させて、あなたが求婚されたのは……それを受け入れたのは、オーディス・トレファー侯爵令息だよね?」
「は?」
私の口は、自然と動いていた。
大事なことを確認していない。そのことに私は気付いたのだ。
私はまだ妹の口から聞いていない。彼女が求婚を受け入れたのが誰なのか、それを確かめていなかったのだ。
それは、確かめるまでもないことだと考えていた。しかし念のために、確認は必要だ。その前提が違っていれば、全てが覆るのだから。
「……誰? その人は」
そして私は、妹の口から確かな疑問の言葉が発せられたことを認識した。
彼女は知らないのだ。いや、知ってはいるのかもしれないが、今この場において私が出した名前は適切ではなかったのである。
彼女が求婚を受け入れたのは、オーディス様ではない。他の誰かなのだ。
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