上 下
12 / 24

12

しおりを挟む
 私とエルクル様は、とある部屋に来ていた。
 その部屋は、鏡やベッドが置いてある部屋である。
 ここは泊れる客室だ。その部屋が、訓練にはいいと判断したのである。

「えっと、本当にここでいいのですか?」
「ええ、このような大きな鏡があれば、私も自分がどのような表情かわかります。ベッドがあれば、色々と試せると思いますし、ここでいいと思います」
「ベッドで試す? いや……まあ、いいでしょう」

 エルクル様は、この部屋を選んだ時から、少しだけ動揺していた。
 もしかして、こういう部屋に二人きりなので、緊張しているのだろうか。
 よく考えてみれば、今まで会っていたのは話すために設けられた客室だ。この部屋とは、まったく異なる場所である。
 ここは、完全に個人的な空間だ。そういう部屋に、男性と二人きりになるのは、まずいのではないだろうか。

 しかし、私とエルクル様の関係は、別に何かあっても問題ない関係である。そのため、それがまずいことという訳ではないだろう。
 そもそも、エルクル様はそのようなことをしてくる人ではない。誠実な彼が、何かしてくるなど考える必要はないだろう。

「さて、とりあえず、鏡の前に行かせてもらいます」
「あ、はい」

 考えをまとめた後、私は鏡の前に座った。
 そこには、まったく無表情な私がいる。本当に、まったく表情がない。

「……一つ、お聞きしたいのですけど、エルクル様から見ると、私の今の表情はどのようなものなのでしょうか?」
「どのようなもの?」
「ええ、私も、エルクル様のように変化が見抜けるようになりたいのです。だから、参考までに教えて頂けませんか?」

 そこで、私はエルクル様に自分の表情について聞いてみた。
 私の無表情の中に、エルクス様は表情を見つけている。それを教えてもらいたいのだ。
 自分の表情が、少しでもわかるようになったら、気が楽になるだろう。だから、知っておきたいのだ。

「そうですね……なんというか、少し緊張しているような感じですかね。顔が強張っているというか、そういう感じです」
「そうですか……」

 私の現在の表情は、緊張しているらしい。
 恐らく、先程変なことを考えたから、そのような表情になっているのだろう。
 確かに、多少の緊張は自覚している。それが、表情に出ているとは思っていなかったが。
 顔が強張っている。それが、そう判断した理由のようだ。だが、まったくわからない。

「えっと……僕のこれは、ずっと顔を見ていて、わかるようになったことです。その……強い思いがあって、理解したことですから、すぐにはわからない……というか、もしかしたら、他の人ではできないかもしれません」
「あ、そうなのですね……」

 私の表情で落ち込んでいると判断したのか、エルクル様はフォローしてくれた。
 その内容は、少し恥ずかしいものだった。自分に対する思いを、こうも素直に告げられると、中々来るものがある。
 しかし、その言葉で少しわかった。エルクル様の判断方法は、この一回でできるようになるものではない。これだけで、落ち込んだりしてはいけないのだ。
 こうして、私をエルクル様の訓練が始まったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

義妹に婚約者を寝取られた病弱令嬢、幼馴染の公爵様に溺愛される

つくも
恋愛
病弱な令嬢アリスは伯爵家の子息カルロスと婚約していた。 しかし、アリスが病弱な事を理由ににカルロスに婚約破棄され、義妹アリシアに寝取られてしまう。 途方に暮れていたアリスを救ったのは幼馴染である公爵様だった。二人は婚約する事に。 一方その頃、カルロスは義妹アリシアの我儘っぷりに辟易するようになっていた。 頭を抱えるカルロスはアリスの方がマシだったと嘆き、復縁を迫るが……。 これは病弱な令嬢アリスが幼馴染の公爵様と婚約し、幸せになるお話です。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~

瑠美るみ子
恋愛
 サリクスは王妃になるため幼少期から虐待紛いな教育をされ、過剰な躾に心を殺された少女だった。  だが彼女が十八歳になったとき、婚約者である第一王子から婚約解消を言い渡されてしまう。サリクスの代わりに妹のヘレナが結婚すると告げられた上、両親から「これからは自由に生きて欲しい」と勝手なことを言われる始末。  今までの人生はなんだったのかとサリクスは思わず自殺してしまうが、精霊達が精霊王に頼んだせいで生き返ってしまう。  好きに死ぬこともできないなんてと嘆くサリクスに、流石の精霊王も酷なことをしたと反省し、「弟子であるユーカリの様子を見にいってほしい」と彼女に仕事を与えた。  王国で有数の魔法使いであるユーカリの下で働いているうちに、サリクスは殺してきた己の心を取り戻していく。  一方で、サリクスが突然いなくなった公爵家では、両親が悲しみに暮れ、何としてでも見つけ出すとサリクスを探し始め…… *小説家になろう様にても掲載しています。*タイトル少し変えました

処理中です...