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受け入れざるをえない一瞬
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トラディショナルでありながらも、スクエアではない。人生のつかの間に、ときおり必要な猥雑を漂わすBARだ。
わたしはいま、ゴミ溜めみたいな匂いがしそうなビジネスのために、自分の生命さえ綱渡りのロープの上でゆれるようなリスクをグラスのバーボンといっしょに噛みしめている。
できるなら関わりを持ちたくない種類の、交渉相手である男たちとの約束の時間までは、まだかなりあった。
灰皿に5本目のショートホープ・メンソールを揉み消すと新たな1本に火をつけ、氷をカチカチと震わせながらグラスを傾けた。視線はカウンターに座って、こちらにあからさまな誘いをする、女に向けられている。
おそらくシルクであろう黒いストッキングに包まれた脚。
倦怠と虚無の重さを支えるだけの細さしかない足首は、しのびやかに、あまた多くの無為な時間の脂がしみた床板を欲望の靴音で響かせてきたはずだ。胸元と背中を露にした、黒いドレスに包まれた腰。殺意を白熱させたテロリストが、血の未明を前にして、吐息でなぞり、視線で犯し、だが触れてしまえば一瞬で蒼く輝く決意さえも凍らせるだろう。古いラブソングを口ずさむのが似合いそうな唇。アップライトのピアノを片手で弾きながら、ハスキーな声で意味のない言葉を連ねて、時間の暗渠を埋めるのが似合う。そしてグラスと煙草と、せいぜい数枚の紙幣で購える希望をつかめれば十分だというような細い指。ベッドでは干草の先で撫でるように男たちの肌をくすぐり、ひとときの快楽に酔わせてくれるに違いない。そして深い夜に輝く人工光だけをきわどく吸収する薄い虹彩の瞳。何も見とおす必要などない、闇の底も光の果ても。そんな眼で見られて耐え切れる男はいない。
女はカウンターのスツールから腰を上げ、わたしの席から遮るものがない化粧室と呼ぶには、あまりにヘビーデューティーな場所へとつま先を向ける。そして扉を閉じることもなく、わたしと視線を絡みつかせながらドレスの裾をたくし上げ、ガーターベルトに吊られたストッキングに包まれた両膝を開く。その奥は何も被われていない、裸の女の器官が姿を現している。
娼婦、そうだ、それがおまえだ。麝香猫のように男の気を引き、オセロットのように爪を立て身をすり寄せてくる、おまえだ。そしてシュガーコートした小さな悪徳を、紅く彩られた唇を舐めながら売るおまえだ。
そしてわたしは、まもなく訪れる危険を前にして、わずかなひとときをそんな女と戯れることに費やすのだ。
FIN
わたしはいま、ゴミ溜めみたいな匂いがしそうなビジネスのために、自分の生命さえ綱渡りのロープの上でゆれるようなリスクをグラスのバーボンといっしょに噛みしめている。
できるなら関わりを持ちたくない種類の、交渉相手である男たちとの約束の時間までは、まだかなりあった。
灰皿に5本目のショートホープ・メンソールを揉み消すと新たな1本に火をつけ、氷をカチカチと震わせながらグラスを傾けた。視線はカウンターに座って、こちらにあからさまな誘いをする、女に向けられている。
おそらくシルクであろう黒いストッキングに包まれた脚。
倦怠と虚無の重さを支えるだけの細さしかない足首は、しのびやかに、あまた多くの無為な時間の脂がしみた床板を欲望の靴音で響かせてきたはずだ。胸元と背中を露にした、黒いドレスに包まれた腰。殺意を白熱させたテロリストが、血の未明を前にして、吐息でなぞり、視線で犯し、だが触れてしまえば一瞬で蒼く輝く決意さえも凍らせるだろう。古いラブソングを口ずさむのが似合いそうな唇。アップライトのピアノを片手で弾きながら、ハスキーな声で意味のない言葉を連ねて、時間の暗渠を埋めるのが似合う。そしてグラスと煙草と、せいぜい数枚の紙幣で購える希望をつかめれば十分だというような細い指。ベッドでは干草の先で撫でるように男たちの肌をくすぐり、ひとときの快楽に酔わせてくれるに違いない。そして深い夜に輝く人工光だけをきわどく吸収する薄い虹彩の瞳。何も見とおす必要などない、闇の底も光の果ても。そんな眼で見られて耐え切れる男はいない。
女はカウンターのスツールから腰を上げ、わたしの席から遮るものがない化粧室と呼ぶには、あまりにヘビーデューティーな場所へとつま先を向ける。そして扉を閉じることもなく、わたしと視線を絡みつかせながらドレスの裾をたくし上げ、ガーターベルトに吊られたストッキングに包まれた両膝を開く。その奥は何も被われていない、裸の女の器官が姿を現している。
娼婦、そうだ、それがおまえだ。麝香猫のように男の気を引き、オセロットのように爪を立て身をすり寄せてくる、おまえだ。そしてシュガーコートした小さな悪徳を、紅く彩られた唇を舐めながら売るおまえだ。
そしてわたしは、まもなく訪れる危険を前にして、わずかなひとときをそんな女と戯れることに費やすのだ。
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