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第一章
出会い
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〈すげぇな……〉
ヘッドフォンから流れてくるハンブル・パイの疾走感のあるリズムとソリッドなギターサウンド、それからソウルフルなボーカルの声にケイは全身が電流で衝撃を受けたように痺れるのを感じた。
〈マジかよ……たまんねぇなぁ〉
膝を揺らしながら音に集中していると、遠慮がちにその肩を叩く指先に彼は気づいた。面倒そうに振り向くと、そこにはストレートな黒髪で化粧もしていない、まだどこかあどけなさを残した表情の女が立っていた。
「何か用か?」
ケイはヘッドフォンをしたまま女に尋ねた。ここは表向きには大人の玩具や怪しげな映像を売る店だし、裏では地下カジノをしている。こんな女が一人で来るとこじゃない。いったいなんなんだとケイは訝った。女は漢字ばかりのメモを見せる。彼は首を傾げながらそれをのぞきこむとヘッドフォンを外した。
「なんだ、お前、中国人か」
見慣れない中国の簡体字もあって読みづらかったが、これまで何度も中国人に接していたので、ケイはおおよその意味は理解できた。
「ここで待っていろと言われたんだな」
女は不安げに顎をわずかに上下させた。
また衛藤の兄貴が仕入れてきたに違いない。ケイは女の腕を取りカウンターの奥にある控え室へ引っぱっていった。女の体が小刻みに震えている。おそらく密入国でもしてきたうえに、これから自分がどんなふうに扱われるのか考えれば当然のことだ。ケイは女をビニール製のところどころタバコの火で焦げていたり、破れて中身のスポンジが顔を出すソファに女を座らせた。
「何か飲むか?」
女はケイの言葉が理解できず。キョトンとしている。
「しょうがねぇなぁ。日本語は全然できねぇのかよ。待ってろって言葉だけは覚えたってか」
ケイは小さな古い型の冷蔵庫を開けると、グラスに冷たいコーヒーと氷を入れて女に手渡した。最初は戸惑っていたが、よほど喉が渇いていたらしい。女は一気にアイスコーヒーを飲み干したが、慣れない味のようで顔をしかめた。
「コーヒーは苦手か。じゃウーロン茶でもお代わりするか?」
ケイは女にペットボトルを片手で揺らして見せて、どうするという表情で伝えた。今度は大きくハッキリとうなずくと、長い髪を細い指で掻きあげてケイの差し出したグラスのお茶に喉を鳴らした。
「なんて名前だい?」
ケイはそう言ったあとで、相手が日本語を理解できないことを思い出してメモに《名前》と書いて渡した。女はペンを手にすると名前と書かれた下に《白姫》と綴った。
「白い姫さんか……いい名前じゃん」
そういえば肌の色は兄貴の事務所に飾られた高価な骨董品の磁器のように艶やかな白さだし、黒目がちの切れ長の瞳をしたなかなかの美人だとケイは思った。身長も一七〇㎝ほどありそうでスタイルもいい。衛藤の兄貴も上玉を見つけてきたなとケイは苦笑いした。
「そこで待ってろよ。オレは店番しなきゃなんないから」
そう言いながらメモに意志を伝える適当な漢字を書き連ねると、ケイは白姫と名乗る女に見せてポルノショップのカウンターまで戻ろうと部屋を出た。
〈そういえば元気のない顔だったな。腹が減ってるのか…〉
ケイはもう一度控え室にとって返すと《飯?》と書いて白姫に見せた。彼女はお腹を両手で押さえへこませる。どうやら空腹のようだ。ケイはわかったと表情で知らせ、携帯電話で近くの中華料理屋にチャーハンと餃子を注文した。
〈衛藤の兄貴はあの女をどこへ廻すつもりだろ?新しく出した韓国風エステか台湾式マッサージかな。それともソープの方か。どっちにしても風俗でスケベな仕事をさせられるはずだ。どこの出身なんだろう。たぶん地方の山村あたりか。間に入ったブローカーに密航の手数料をボラれて、借金を背負わされて、いくら金を稼いでも家族に送金なんかしてたら、手元に金が残らないのに…〉
そんなことをケイが考えていると出前の料理が到着した。ケイはポケットから千円札を取り出し渡すと、丼と皿を控え室で待っている女のところへ運んでやった。
〈あっ、この代金は衛藤の兄貴からもらえ…ないよなぁ〉
ケイは小さく舌打ちをして自分の人の良さを憾んだ。
「ほら、さっさと食っちまいな」
そう言って手渡された料理を女は一心不乱で口の中へかきこんだ。ケイはその姿に微笑むと、さっきは自腹を切らなきゃならないだろうと舌打ちしたことを考え直した。こいつらのおかげで俺たちも飯が食えてるんだ、たまには恩返しってやつをしてもいいか、そんなふうな気持ちになった。
バンドマンくずれで、ワケありな三十路の男にまともな仕事なんてありはしなかった。ケイは多少腕っ節に自信があったのを頼りに、ちょっとヤバいが金になるバイトをするくらいの軽い気持ちで裏の世界に足を踏み入れたが、いまじゃ前科三犯の業界用語でヨゴレと呼ばれる準構成員扱いになっていた。兄貴分の衛藤はケンカ慣れをしていて、一八〇㎝以上の長身であるケイを使えると踏んで、当初はいろいろ面倒見がよかった。それに甘えているうちに、いつのまにかケイはアンダーグラウンドにどっぷり身を浸していた。
ケイがカウンターでハンブル・パイを再び聴きながら、ときおり地下のカジノへ遊びに来る客を案内していると、イタリア物の派手なスーツに、ごついリング、ブレスレット、ネックレスにロレックスの金無垢の腕時計というヤクザの定番スタイルをして、肩で風を切りながら衛藤が店の中へ入ってきた。うしろには、これもまた明らかに素人じゃなさそうな風体の男たちが三人従っていた。
「どうだぁ、今夜の上がりの方は?」
衛藤は地下の非合法カジノへの入り口がある方を顎でしゃくった。
つづく
ヘッドフォンから流れてくるハンブル・パイの疾走感のあるリズムとソリッドなギターサウンド、それからソウルフルなボーカルの声にケイは全身が電流で衝撃を受けたように痺れるのを感じた。
〈マジかよ……たまんねぇなぁ〉
膝を揺らしながら音に集中していると、遠慮がちにその肩を叩く指先に彼は気づいた。面倒そうに振り向くと、そこにはストレートな黒髪で化粧もしていない、まだどこかあどけなさを残した表情の女が立っていた。
「何か用か?」
ケイはヘッドフォンをしたまま女に尋ねた。ここは表向きには大人の玩具や怪しげな映像を売る店だし、裏では地下カジノをしている。こんな女が一人で来るとこじゃない。いったいなんなんだとケイは訝った。女は漢字ばかりのメモを見せる。彼は首を傾げながらそれをのぞきこむとヘッドフォンを外した。
「なんだ、お前、中国人か」
見慣れない中国の簡体字もあって読みづらかったが、これまで何度も中国人に接していたので、ケイはおおよその意味は理解できた。
「ここで待っていろと言われたんだな」
女は不安げに顎をわずかに上下させた。
また衛藤の兄貴が仕入れてきたに違いない。ケイは女の腕を取りカウンターの奥にある控え室へ引っぱっていった。女の体が小刻みに震えている。おそらく密入国でもしてきたうえに、これから自分がどんなふうに扱われるのか考えれば当然のことだ。ケイは女をビニール製のところどころタバコの火で焦げていたり、破れて中身のスポンジが顔を出すソファに女を座らせた。
「何か飲むか?」
女はケイの言葉が理解できず。キョトンとしている。
「しょうがねぇなぁ。日本語は全然できねぇのかよ。待ってろって言葉だけは覚えたってか」
ケイは小さな古い型の冷蔵庫を開けると、グラスに冷たいコーヒーと氷を入れて女に手渡した。最初は戸惑っていたが、よほど喉が渇いていたらしい。女は一気にアイスコーヒーを飲み干したが、慣れない味のようで顔をしかめた。
「コーヒーは苦手か。じゃウーロン茶でもお代わりするか?」
ケイは女にペットボトルを片手で揺らして見せて、どうするという表情で伝えた。今度は大きくハッキリとうなずくと、長い髪を細い指で掻きあげてケイの差し出したグラスのお茶に喉を鳴らした。
「なんて名前だい?」
ケイはそう言ったあとで、相手が日本語を理解できないことを思い出してメモに《名前》と書いて渡した。女はペンを手にすると名前と書かれた下に《白姫》と綴った。
「白い姫さんか……いい名前じゃん」
そういえば肌の色は兄貴の事務所に飾られた高価な骨董品の磁器のように艶やかな白さだし、黒目がちの切れ長の瞳をしたなかなかの美人だとケイは思った。身長も一七〇㎝ほどありそうでスタイルもいい。衛藤の兄貴も上玉を見つけてきたなとケイは苦笑いした。
「そこで待ってろよ。オレは店番しなきゃなんないから」
そう言いながらメモに意志を伝える適当な漢字を書き連ねると、ケイは白姫と名乗る女に見せてポルノショップのカウンターまで戻ろうと部屋を出た。
〈そういえば元気のない顔だったな。腹が減ってるのか…〉
ケイはもう一度控え室にとって返すと《飯?》と書いて白姫に見せた。彼女はお腹を両手で押さえへこませる。どうやら空腹のようだ。ケイはわかったと表情で知らせ、携帯電話で近くの中華料理屋にチャーハンと餃子を注文した。
〈衛藤の兄貴はあの女をどこへ廻すつもりだろ?新しく出した韓国風エステか台湾式マッサージかな。それともソープの方か。どっちにしても風俗でスケベな仕事をさせられるはずだ。どこの出身なんだろう。たぶん地方の山村あたりか。間に入ったブローカーに密航の手数料をボラれて、借金を背負わされて、いくら金を稼いでも家族に送金なんかしてたら、手元に金が残らないのに…〉
そんなことをケイが考えていると出前の料理が到着した。ケイはポケットから千円札を取り出し渡すと、丼と皿を控え室で待っている女のところへ運んでやった。
〈あっ、この代金は衛藤の兄貴からもらえ…ないよなぁ〉
ケイは小さく舌打ちをして自分の人の良さを憾んだ。
「ほら、さっさと食っちまいな」
そう言って手渡された料理を女は一心不乱で口の中へかきこんだ。ケイはその姿に微笑むと、さっきは自腹を切らなきゃならないだろうと舌打ちしたことを考え直した。こいつらのおかげで俺たちも飯が食えてるんだ、たまには恩返しってやつをしてもいいか、そんなふうな気持ちになった。
バンドマンくずれで、ワケありな三十路の男にまともな仕事なんてありはしなかった。ケイは多少腕っ節に自信があったのを頼りに、ちょっとヤバいが金になるバイトをするくらいの軽い気持ちで裏の世界に足を踏み入れたが、いまじゃ前科三犯の業界用語でヨゴレと呼ばれる準構成員扱いになっていた。兄貴分の衛藤はケンカ慣れをしていて、一八〇㎝以上の長身であるケイを使えると踏んで、当初はいろいろ面倒見がよかった。それに甘えているうちに、いつのまにかケイはアンダーグラウンドにどっぷり身を浸していた。
ケイがカウンターでハンブル・パイを再び聴きながら、ときおり地下のカジノへ遊びに来る客を案内していると、イタリア物の派手なスーツに、ごついリング、ブレスレット、ネックレスにロレックスの金無垢の腕時計というヤクザの定番スタイルをして、肩で風を切りながら衛藤が店の中へ入ってきた。うしろには、これもまた明らかに素人じゃなさそうな風体の男たちが三人従っていた。
「どうだぁ、今夜の上がりの方は?」
衛藤は地下の非合法カジノへの入り口がある方を顎でしゃくった。
つづく
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