短歌集『虚仮の轍』

凛七星

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『混濁と黄昏とブラックホール』 (雑誌『抗路』9号掲載・連作短歌)

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シクラメン吾の憂いを葉と分かつ黄色く病んだ月影の下




そろそろと指を動かし学んでる点字はきみをどこへと運ぶ




洗い干す靴下ひらひら露地裏の軒にきょうは一葉忌と知る




売れ残る聖夜のケーキ買えなくて子の手ひき去る若き母の背




引退す盲導犬が駆り出さる募金集めの寒空の下




見苦しい野良だと人も殺処分されて清らで健やかな街




かりそめのぬくもりと言うラブドール くの字に歪む手脚のひとよ




客も嬢も笑顔の下は泣いていて滑稽なほど燈はあたたかき




いつになく子らの嬌声ひびきをり老いたる街の葉牡丹ゆらし




冷えびえと降る雨に散る花びらを踏みゆく足は逃げるよにゆく  




この穢土にまみれ根を張り生きるのだ花など咲かぬ雑草であれ 




咲き乱る野に葬送の調べ聴くわれを抱きしネモフィラの蒼




二進法がゆき届いた世の中でグラデーションのグレーに生きる  




気やすめの言葉は胸の底にある澱かき乱しわたしを濁す




魚にも血液型があり全てAと知る日の畏怖と傲慢




ケーセッキを犬ころと訳した詩にははげし恋する女が似合う




喫茶店で役に立たざる時と吾と古びた椅子に堆積してる




ひまわりが鮮やかすぎて明るくて哀しすぎるよソフィアローレン




サマータイム魚は跳ねぬが片男波ジャニスの歌も似合う夕暮れ




終わらない日常に呪文唱えてる ちんからぴーちんからぴーぴー  




戯れの記号の中でうずくまる切断されたわれらの声は       




たくさんの言葉で愛を語ろうとして混濁す絵具のように




「死ぬときは一緒で晴れた夜がいい」そんなセリフをどこで覚えた




涙をひとつ落としたくなる雨上がり澄ました顔の水たまりへと




浅き息かすかにさせる路地に入りパズルになった昭和を歩く




老人は歩む途中で見失う恋の記憶にたどり着けない




あのとき「いっしょにおとなになりたい」と言ってたくせに先に逝くなよ




平行線ばかりの世間にぺしぺしとペシミズムの頬叩いて




わだかまりないよな笑顔で話すけど胸にちくりと刺す痛みあり        




夕空をゆうゆう泳ぐ白鯨は地上の憎悪を一瞥もせず




一瞬の夏を誰もが望んでも誰もが手にはできぬ一瞬       




初秋の漣よせる浜に立つひかがみまぶしラムネ飲みほす




バースデーケーキのロウソクみたいだ いつも消され捨てられする側だった




感情の数っていくつあるんだろう削りたての鉛筆で書き出す




名も知らぬ無数の人生いのち飲みこんで今日も拡がるブラックホール




凛七星(りん しちせい)
京都生まれ。在日朝鮮人三世。
祖父は在日本朝鮮人連盟、在日本朝鮮人総聯合会で中央委員、京都本部長を歴任。父は左派哲学者の立場で1970年代から祖国・朝鮮民主主義人民共和国の主席・金日成崇拝と独裁政治体制を批判し数々の著書を出す。
作者は近年、日本各地の路上にあふれ出た劣悪な差別行動やヘイトスピーチに対するカウンターを起こし活動をしてきた中で、短歌や和歌を詠み始める。
過去に角川全国短歌大賞、全日本短歌大会、NHK全国短歌大会、天神祭献詠短歌大賞、和歌の浦短歌賞、後鳥羽院和歌大賞・短歌大賞、蒲郡俊成短歌大会、古今伝授の里短歌大会などで受賞。
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