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第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~

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 土曜日。アニメ作品でのアフレコレッスンは本日で一旦終わり、明日からは題材を外画に切り替える。
 私の組の番が回ってきた。
 まずはテストから。私は、先週もらった栂谷つがや先生からの駄目出しをどう演技に生かせばいいのかわからないながらも、がむしゃらに、今の自分ができる精一杯のヤマナミカナミを演じた。
 親友のものを盗んだと疑われ、否定するもココロは疑いの目を向けてくる。自分の言葉を信じてくれないココロに、不安と苛立ちが増し、否定してしまう。最終的には自分の心の底を制御できず、隠していた本音をぶちまけてしまう。
 それを一生懸命に強弱、緩急、抑揚をつけて表現したつもりだ。
 だけど――。

「んー、前から気になってたけど、高梨たかなしさん、言い方ばっかり気にしてるよね。役作りもしないで感情もそっちのけで、こういう風に言ったらそれっぽく聞こえる、みたいな。そんな風に聞こえる。
 そうじゃなくて、もっと深くこのキャラを理解しなきゃ。演じるにあたって自分に置き換えてみたりした? 高梨さん自身が、友達に疑われてしまうっていう想像。自分の味方だと思っている人から盗みを疑われたら、こんな言い方には絶対ならない。
 あ、これはみんなもだからな。キャラの情報を頭に入れるとか、状況を理解しているとかじゃ浅い。もっと自分の中に取り込んで、深く深く理解して、その上で声を出すんだ」
「「「はい!」」」

 室内にみんなの返事が響いた。
 私の声はほとんど出てなかったと思う。

「あ、あと高梨さん」
「は、はい……」

 更なる呼びかけに声がかすれる。
 いつも一言、二言しか駄目出しされないのに、今日は多い。

「あなた、声を変えようとしすぎ。セリフの言い方ばっかりに気を取られてるから、掛け合い相手の声も聞いてない。前、言わなかったっけ。相手に話しかけて、相手の声に反応して、伝えてって。普段の会話でも相手の言葉に反応して言葉返すだろ? セリフもそれと同じ。根本をないがしろにして言い方だけそれっぽく真似て練習しても成長しないぞ」
「…………はい」

 何とか絞り出した。
 先生の耳に届いたかわからないけれど、先生は気にせず、別の人の駄目出しに移っていった。

 いつもより、たくさん駄目出しをされた。
 いつもと違う駄目出しをされた。
 いつもよりも具体的に。
 でも詳細な演技指導なんかではなかった。
 頭が真っ白になった。
 今まで受けた駄目出しで一番多くの言葉をかけられたけど、決定的なことを言われた。
 本番収録はボロボロだった。セリフの入りが遅れてしまい、取り戻そうと早口になって演技どころじゃなくなった。私がボロボロだったから共演している他のメンバーにも迷惑をかけてしまった。ごめんなさいと言う声は、メンバーにきちんと届いただろうか。
 その後のすべての組も、収録した本番を見た後の先生からの駄目出しも、すべて耳を素通りしていった。残りの時間をどうやって過ごしたのかもおぼろげな状態でレッスンを終えた。
 帰りの電車はずっと俯きっぱなしだった。鬱鬱うつうつと。ぐるぐると。栂谷先生の声が頭の中を暴れまわり、私をさいなんだ。

 明日のレッスンは、新しい外画の台本をもらい、題材の外画を一通り流してもらい、ストーリーの内容や登場人物の性質を掴むために費やされるから、演じることはない。私はカラオケボックスには寄らずに、帰宅した。
 重い。心も身体も。
 耐え切れずに、カーペットにへなへなと座り込む。溜息を吐く。息さえも重かった。濃い溜息をたっぷり吐き出したけれど、気分は一向に晴れない。
 そして私は、ふと気がついた。
 少し前から心の中にあったしこりのようなものが驚くほど黒く大きく成長していることに。



 予想通り、日曜の演技レッスンは新たなアフレコ台本が渡され、全体像を掴むために映画がそのままの尺で流された。ずいぶん古く、私の知らない作品だった。
 作品をまるまる見た後は、残りの数十分を使って、実際に演じるシーンの映像を数回再生してもらい、台本を見つつ、各々でセリフのタイミングなどを確認して終わった。
 ホッとした。
 人前で声を出さなくてよかったから。
 重かった行きの足取りとは対照的に、帰りの足取りは幾分か軽くなっていた。
 帰宅前にアパートの最寄りのレンタルショップで題材の映画のDVDを借りた。次の土曜は今日発表されたキャスティングで早速アフレコレッスンが始まる。
 ストーリーの把握、キャラクターの理解、感情の流れの汲み取りなど、やることはたくさんある。DVD返却後も演じるシーンの映像を見られるようにスマホで録画もしないといけない。
 昨日までの題材だったアニメは、借りてきてすぐにDVDを再生し、スマホで録画した。けれども今日は、そんな気にはならなかった。
 練習しようという気が起きない。DVDも義務と惰性が借りさせたと言っても過言ではなかった。
 でも、やらないといけない。
 だって、中学からの夢だから。これが私のやりたいことなんだから。
 だから、気分が乗らなくても練習をしないといけない――。

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