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第1章:夢を喰う ~教務係:佐久間晧一~

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 僕は去年の三月に四年制の大学を卒業した。
 就職活動はしたけれど、一社も内定はもらえなかった。内定のために無理して合わない会社に入るよりは一旦退いて時期を見計らおう、まだ若いのだからきっと大丈夫。そう自分を慰めて、夏が終わるのとほぼ同時に就活戦線から離脱した。

 大学卒業後の四月からはコンビニバイトで生計を立てた。
 毎日働けばある程度の収入になるから、特段生活は苦しくはなかったけれど、一人の客をきっかけに、僕はまた就職活動をする決意をした。
 フリーターを始めて半年ほど経った頃だった。


 就職活動が収束をむかえる秋に差し掛かったある日、夕方のコンビニにスーツ姿の若い男性が入ってきた。文具コーナーを回った男性がレジに立つ僕の前に置いたのは履歴書だった。
 まだ新しいけどちょっとくたびれた黒のスーツを着た男性に履歴書。就活生だと確信した。

 定型文で接客を始めた僕が最初に思ったのは、まだ内定もらえてないんだ、だった。
 次いで思ったのは、自分だけ決まってないなんて惨めだろうな、だった。内定先を勝ち取った学生たちはスーツを脱いで卒論に集中し、多くの企業は秋には就職活動を収束させる。
 けれどもまだ内定をもらえず、周りに取り残され、応募先はどんどん減っていく。その焦燥と絶望は容易く人の心をへし折れる。
 
 まさしく、去年の僕がそうだった。
 就活を始めたばかりの頃は、一社くらい拾ってくれる会社があるだろうと思っていた。けれど、送られてくるのは「ご希望に添えず」や「不採用」と書かれたいわゆるお祈りメールばかり。
 何度も断られるうちに、自分は人として劣っているのかもしれない、という暗い気持ちが胸の中に生まれ、次第にエントリーするのが怖くなってしまった。
 夏の終わり、まだ求人は少しあったけれど、それでも内定をもらえなかったらと想像した僕は、完全に心が折れてしまう前に、就職活動を辞めた。


 レジ台に置かれた履歴書を見た瞬間、一年前の自分が一瞬で蘇った。嫌な汗まで滲みだしてきた。
 けれど、目の前の彼が僕と違っているのは、まだ諦めていないところだ。
僕はこれ以上自分を否定されるのを恐れて辞めてしまったけれど、彼はまだ戦うつもりらしい。袋にお入れしますか? と訊いたタイミングで見た目はまだ死んでいなかった。
 おつりとレシートを渡し、彼の後ろ姿を見送った僕の胸の中には気づかないほど小さな焦りが生まれた。そしてそれは、その後数日かけて成長し、大きな焦燥感となって、僕の心を掻き乱した。

 バイトだけしか就業経験がなく、取り立てて技術や知識があるわけでもない僕が、「新卒」というある種のブランドを持たずに挑めるほど、これからの就職活動が容易なものではないことくらい想像せずとも分かっていた。
 でも、だからこそこのままではいけない。リスタートが遅くなれば遅くなるほど、不利になる。
 頭の中でけたたましく鳴る警鐘に急き立てられるように、僕は就職活動を再開した。


 だけど僕には、やりたいことや目指したいものなんてない。
 ただただ今後の人生のため、企業に採用され社員として働いた経歴を持つために就職活動を再開した。そうでもしなければ、もっと苦しい未来が待っている気がしたから。
 不誠実だと言われればそうかもしれない。とにかく企業に入って経歴を作りたかったし、入社したら、きっちり仕事は熟すつもりでリスタートに臨んだ。

 就職活動はやはり簡単には進まなかった。
 書類で落とされて落ち込んだり、面接に行っても途中から、あぁ落ちたな、とわかるほど面接官の対応が雑になって気持ちが萎えそうになったりしながらも、なんとか活動を続け、二月に、ここ東京メディアスクールの面接を受けた。
 就活を再開してから五か月ほど経っていた。


「大学生のときの就職活動はやりたいことが明確ではなく、そのため仕事の内容や待遇面にばかり意識がいってしまって、失敗に終わってしまいました。
 いまはコンビニでバイトをしていて、バイト仲間に役者を志している人や音楽をしている人がいます。本人たちからしたら、芝居や音楽が一番のはずなのに、決してバイトの手を抜かず、むしろやりたい夢のために収入は必要だと言ってきちんと働いています。忙しくて大変なはずなのにすごく生き生きとしていて、楽しそうで、彼らのエネルギーにはいつも圧倒されています。きっとやりたいことが明確だからこそ、頑張れるのだろうなと感じています。
 このスクールにも、日々夢を実現するために頑張っている人が大勢いると思います。目指すものがあることはとても素敵ですし、私はそういう人たちの手伝いや応援がしたいと思い志望しました」


 僕には夢がない。だから、志望理由の前半は本当のことだった。
 でも後半は口八丁だった。
 嘘でも熱く語れたのは事実が混ざっていたからかもしれない。
 面接を無事クリアした僕は、三月から教務係として雇ってもらえることになった。
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