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憧れの果ての欲望
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夜半過ぎの雨音に、眠りの淵に居た貴彦は浅く瞼を開いた。カーテンの隙間から射し込む街灯の光が、夜を淡く薄めている。
また、澪の夢を見ていた。
17歳のままの彼女の夢。彼女は17歳のまま、もう時を刻まない。5年の歳月が流れ、当時の澪と同じ17歳に成長した貴彦も、夢の中ではいつでも12歳のまま。
貴彦は記憶の中の彼女を味わうように、夢の余韻を追いかけた。
12歳だった貴彦は、澪の下校時刻を把握していた。交差点で澪を待ち、澪が寄り道をする時は貴彦もそれに続いた。
澪が友達と連れ添って歩いている姿を見た事はない。澪の隣に寄り添う事で、貴彦は彼女を独り占めしているような優越感を抱いていた。
澪はいつでも、柔らかく優しい匂いがした。何処か花のようなふわりとしたその香りは、貴彦の心をそわそわとさせた。同時に、自分のような子供など決して手の届かない存在のように感じていた。澪は、女の人なのだと。
長く黒い髪がさらりと頬に落ちる度に、白く細い指がそれを掻き分ける仕草。はにかんで微笑む表情。半袖のブラウスから覗く、華奢なのに柔らかそうな腕。ふくらはぎから足首に向かうなだらかな線。そのどれもが、同級生の少女にはないものだった。
貴彦は同級生の少女たちの幼さと、澪の姿を比べていた。
澪の存在に、貴彦は生まれて初めて異性を感じていた。
その日は午後から急に雨が降り出した。天気予報の降水確率は見事に外れ、午後3時過ぎには本降りの雨になっていた。
12歳だった貴彦は、いつものように交差点で、傘をさしながら澪を待っていた。木曜日は午後3時半頃に彼女はこの交差点を通る。
青になった信号を、傘もささずに走ってくる澪の姿を見つけた。鞄で頭を覆っていた澪は、声をかけるとようやく貴彦に気づき振り返った。雨に濡れ、水を吸い込んだ黒い髪が、頬や首筋に張りついていた。
水滴を零した視線に、貴彦はどきりとした。いつもの澪とは、違う人のように見えた。酷く艶かしく、まるでそういう姿を目的とした写真に刻まれた女の人のように。そんなふうに澪を感じてしまった自分に、貴彦はばつの悪さを覚えた。その罪悪感をごまかすように、貴彦は澪に自分の傘を差しかけた。
「いいよ、私はもうこんなに濡れちゃったから。貴彦君が風邪ひいちゃうよ」
そう云って澪は遠慮したが、貴彦は傘を持つ手を引かなかった。そのまま澪の歩調に合わせて歩き出す。
澪の体から、ポタポタと水滴が垂れた。澪自身から降りそそぐ雨のようだと思った。澪の体に宿った雨が、貴彦の頬に落ちる。
雨を澪と共有する事に、貴彦は云い知れぬ高揚を覚えた。傘の作り出した小さな空間に、二人だけで存在する淡い幸せ。貴彦の胸の奥がつんとなり、せつなく締めつけられた。
「急に降ってくるんだもの、天気予報、雨なんて云ってなかったのに」
交差点の水飛沫の音にほとんど掻き消されてしまいそうな囁きに、貴彦は澪を見上げた。視線の先に、雨を吸い込んだ澪の制服のブラウスが見えた。
貴彦の心臓が跳ねた。
白いブラウスは肌に張りつき、所々肌の色が透けていた。赤いネクタイの下の胸元、その膨らみを覆うレースの模様。背中側はぐっしょりと水を孕み、下着の線がはっきりと浮き出していた。張りついた制服の下、腰から尻へのなだらかに降る丸みを帯びた形。それがはっきりと、外の世界に晒されていた。
貴彦は戸惑いながら、視線を地面に落とした。コンクリートの上に幾つも出来上がった水溜まりの中に、雨粒が大小の波紋を広げていく。
澪は貴彦に二、三言何かを話しかけてきたが、その声も動揺しきった貴彦の頭を右から左へ駆け抜けていくばかりだった。
貴彦は澪をマンションまで送り届けた。その間何を話したのかは、ほとんど覚えていない。会話の内容はほとんど覚えていないのに、澪の体に張りついた制服のブラウス、その下に透けた肌の色、下着の線、体の曲線、それらはいつまでもずっと貴彦の脳裏を掠め続けた。
家に戻り自室に閉じこもった貴彦は、ベッドの上に突っ伏した。
澪の事ばかりがぐるぐると頭を廻る。下腹の奥がうずうずとした。何か底の方から、抑えようのない衝動が込み上げてくる。
澪の体の線、胸の丸み、肌の色。込み上げてくる欲望を感じた。
彼女の体に触れてみたい。あの服の下の彼女の体を見てみたい。
貴彦は澪に、はっきりとした性的欲望を抱いていた。
それから一月後、澪自身によって、その体は雨の校庭に打ちつけられ、永遠に失われる。
また、澪の夢を見ていた。
17歳のままの彼女の夢。彼女は17歳のまま、もう時を刻まない。5年の歳月が流れ、当時の澪と同じ17歳に成長した貴彦も、夢の中ではいつでも12歳のまま。
貴彦は記憶の中の彼女を味わうように、夢の余韻を追いかけた。
12歳だった貴彦は、澪の下校時刻を把握していた。交差点で澪を待ち、澪が寄り道をする時は貴彦もそれに続いた。
澪が友達と連れ添って歩いている姿を見た事はない。澪の隣に寄り添う事で、貴彦は彼女を独り占めしているような優越感を抱いていた。
澪はいつでも、柔らかく優しい匂いがした。何処か花のようなふわりとしたその香りは、貴彦の心をそわそわとさせた。同時に、自分のような子供など決して手の届かない存在のように感じていた。澪は、女の人なのだと。
長く黒い髪がさらりと頬に落ちる度に、白く細い指がそれを掻き分ける仕草。はにかんで微笑む表情。半袖のブラウスから覗く、華奢なのに柔らかそうな腕。ふくらはぎから足首に向かうなだらかな線。そのどれもが、同級生の少女にはないものだった。
貴彦は同級生の少女たちの幼さと、澪の姿を比べていた。
澪の存在に、貴彦は生まれて初めて異性を感じていた。
その日は午後から急に雨が降り出した。天気予報の降水確率は見事に外れ、午後3時過ぎには本降りの雨になっていた。
12歳だった貴彦は、いつものように交差点で、傘をさしながら澪を待っていた。木曜日は午後3時半頃に彼女はこの交差点を通る。
青になった信号を、傘もささずに走ってくる澪の姿を見つけた。鞄で頭を覆っていた澪は、声をかけるとようやく貴彦に気づき振り返った。雨に濡れ、水を吸い込んだ黒い髪が、頬や首筋に張りついていた。
水滴を零した視線に、貴彦はどきりとした。いつもの澪とは、違う人のように見えた。酷く艶かしく、まるでそういう姿を目的とした写真に刻まれた女の人のように。そんなふうに澪を感じてしまった自分に、貴彦はばつの悪さを覚えた。その罪悪感をごまかすように、貴彦は澪に自分の傘を差しかけた。
「いいよ、私はもうこんなに濡れちゃったから。貴彦君が風邪ひいちゃうよ」
そう云って澪は遠慮したが、貴彦は傘を持つ手を引かなかった。そのまま澪の歩調に合わせて歩き出す。
澪の体から、ポタポタと水滴が垂れた。澪自身から降りそそぐ雨のようだと思った。澪の体に宿った雨が、貴彦の頬に落ちる。
雨を澪と共有する事に、貴彦は云い知れぬ高揚を覚えた。傘の作り出した小さな空間に、二人だけで存在する淡い幸せ。貴彦の胸の奥がつんとなり、せつなく締めつけられた。
「急に降ってくるんだもの、天気予報、雨なんて云ってなかったのに」
交差点の水飛沫の音にほとんど掻き消されてしまいそうな囁きに、貴彦は澪を見上げた。視線の先に、雨を吸い込んだ澪の制服のブラウスが見えた。
貴彦の心臓が跳ねた。
白いブラウスは肌に張りつき、所々肌の色が透けていた。赤いネクタイの下の胸元、その膨らみを覆うレースの模様。背中側はぐっしょりと水を孕み、下着の線がはっきりと浮き出していた。張りついた制服の下、腰から尻へのなだらかに降る丸みを帯びた形。それがはっきりと、外の世界に晒されていた。
貴彦は戸惑いながら、視線を地面に落とした。コンクリートの上に幾つも出来上がった水溜まりの中に、雨粒が大小の波紋を広げていく。
澪は貴彦に二、三言何かを話しかけてきたが、その声も動揺しきった貴彦の頭を右から左へ駆け抜けていくばかりだった。
貴彦は澪をマンションまで送り届けた。その間何を話したのかは、ほとんど覚えていない。会話の内容はほとんど覚えていないのに、澪の体に張りついた制服のブラウス、その下に透けた肌の色、下着の線、体の曲線、それらはいつまでもずっと貴彦の脳裏を掠め続けた。
家に戻り自室に閉じこもった貴彦は、ベッドの上に突っ伏した。
澪の事ばかりがぐるぐると頭を廻る。下腹の奥がうずうずとした。何か底の方から、抑えようのない衝動が込み上げてくる。
澪の体の線、胸の丸み、肌の色。込み上げてくる欲望を感じた。
彼女の体に触れてみたい。あの服の下の彼女の体を見てみたい。
貴彦は澪に、はっきりとした性的欲望を抱いていた。
それから一月後、澪自身によって、その体は雨の校庭に打ちつけられ、永遠に失われる。
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