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3.初恋少年
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今でも、ラオンの夢を見る。
あれから、一年半も経つのにな。
ラオンと一緒に居たのは、たったの3日間。
嘘みたいに非現実的で、夢物語のような3日間。
あれは、ほんの偶然。
オッサンたちに使い古された言葉で云うならば、運命のイタズラみたいな感じで、アイツと俺は出会った。
宇宙の果てを見に行くという壮大な夢を抱いて、置き手紙ひとつで単独飛び出してきたアイツの旅に、俺は付き合わざるを得ない事態になる。
次の朝早く、ラオンを宇宙ステーションへ送る為に繁華街を歩いていた俺は、その異変に気づく。
おかしい。やたらと視線を感じる。
まだ人通りもなく、開店準備をしている店の人たち。その目線が、俺たちを追いかける。
なんだ、一体……?
俺がその視線に気づき振り向くと、見てなんかいませんでしたよ、と云わんばかりに慌てて目を逸らす。逸らしながらも、こちらの様子を窺ってるのがひしひしと伝わってくるし。
その理由を、まもなく俺は知る事になった。
店と店の間、壁に貼られたばかりの真新しい尋ね人の写真。
……あれ? この娘ラオンに似てる。ってか、ラオン……?
写真の雰囲気はちょっと違うけど、間違いなくラオン。こんな可愛い顔の娘、そんじょそこらに居るわけがない。俺は、写真の下に書かれた文字に仰天した。
……ジュピターの、……姫!?
ちゃんと勉強した事ないから難しい字は判らないけど、このくらいのなら俺でも読める。間違いない。確かにジュピター、そして『ひ』、『め』って文字。
え? ラオンが、ジュピターの姫?
なんだそりゃ~!!
俺は、あんぐり口を開いたまま、隣のラオンを見た。
「あ、バレちゃった?」
てへっと舌を見せて、イタズラがバレた時みたいな感じで笑う。俺のびっくりをよそに、本人は至って軽い様子。
張り紙は二枚。一枚はラオンの写真で、もう一枚は人相書き。青い髪に、眼付きの悪そうなガキンチョ。鼻の上に交差した傷……って、これ俺じゃん!?
え……? ラオン姫を連れ去った犯人の少年って……何……? どゆこと?
一瞬、俺の思考回路が真っ白になる。
何? 何? どうなってんだ? 犯人って、俺が?
これって……手配書じゃん!?
たった一晩の間で、なんだかとんでもない誤解が生じちまっていた。
茫然としている俺の後ろから、店の人たちが呼んだらしい警官隊の声がする。
俺は、反射的にラオンの手を引いて駆け出した。
そう、逃げ出しちまった。その時すぐに弁解して、誤解を解けば良かったのかもしれない。
けど俺は、咄嗟の判断で逃げた。警官が来たら逃げる。そんな習慣が染み付いちまってたせいかもしれない。
そんなわけで、指名手配となった俺はジュピターの姫と一緒に無謀な冒険に出る事になった。
まあその3日後には、あっさり捕まっちまうんだけど。
たった3日間の逃避行。
仲間の悪ガキにかくまってもらったり、地下道を渡って逃げたりもした。真っ暗な地下道で、ランプ落として慌てたり。そのピンチの時に、ジュピター人が暗闇でも眼が利くって事を知った。ランプの灯りが消えてなんにも見えない地下道で、爛々と光るラオンの眼に驚いた俺は、悲鳴を上げて尻餅までついちまった。ホント、情けねぇ。
なんだかんだで宇宙ステーションにたどり着いた俺たちは、宇宙貨物船に忍び込んでマーズを脱出。その忍び込んだ貨物船が家畜運搬船だったもんだから、暴れる豚にしっちゃかめっちゃかにされながらも、なんとか俺たちはタイタンって衛星に到着。そこからどうしたもんかと考えあぐねていた俺たちの眼に飛び込んできたのは、カジノの景品の二人乗り小型宇宙船だった。
さすがに無理だからやめろという俺の言葉も聞かず、小型宇宙船を狙って意気揚々とカジノに入ったラオンは、案の定子供だからという理由で店員に止めらる。そして運の悪い事にラオンの顔写真&俺の手配書は、すでにこの星にも知れ渡っていた。
タイタンでの警官隊との追いかけっこ。他の星への脱出を試みたところで、俺たちは捕まった。
この間、宇宙誤差があるものの約3日間。
今考えると、3日間も良く逃げ切ったなって思う。
捕まった後、ラオンがきちんと事情を説明して弁解してくれたおかげで俺はお咎めなし。ラオンも宇宙警備隊に保護されて、ジュピターへ帰っていった。
「凄く楽しかった! また絶対、ソモルに会いに来る。だってソモルは、僕の一番大切な友達だから」
別れ際、アイツはにこっと笑って俺に云った。この3日間で、一番最高の笑顔で。
結局ラオンを、宇宙の果てに連れてってやれなかった。
けどアイツは笑ってた。嬉しそうに。
そして、俺もアイツも、互いの日常へと戻った。
……その筈だった。
けど、俺の方は違ってた。
元通りの日常。
もうそんなもんは、左右くまなく見渡したって、何処にもなかった。
全部、変わっちまった。
アイツが、全て変えちまった。
ラオンと別れてから、俺はその事に気づいた。
何もかも、変わっちまったんだよ。
俺自身が……。
平凡な色をしていた俺の目の前の景色を、見た事もないくらい鮮やかな色に、アイツは塗り変えちまったんだ。
もう今まで見ていた色合いに、満足できない程に。
ラオンの居ない日常に、満足なんてできない程に。
ラオンと別れて一週間くらいは、ほとんど重症な程にラオンの事ばっか考えてた。
ほぼ毎晩、夢にまで出てくる始末で。
飯食ってても、アイツの笑った顔ばっか思い出す。
何でなのか、判んなかった。
判んねぇけど、何かチクチクした。
デケェ声上げたくなるくらい、体の中心がぐるぐるしてた。
何か判んねぇ……、判んねぇけど、会いたくてたまんねぇし……。
本当、俺……わけ判んねぇ……。
「何だあ、思春期少年! ずいぶん情緒不安定だな。好きな娘の事でも考えてんのか?」
運び屋のオッサンが、分厚い手で俺の頭をぐちゃぐちゃに撫で繰り回しながら、云った。
……好きな、娘。
云われて初めて、俺は気づいた。
四六時中、ラオンの事が頭から磁石みたいに離れない理由を。
俺が、アイツの事を……。
そう気づいて意識した途端、顔が熱くなった。
重い荷物持ち上げた時みたいに、体に火がついたように汗が吹き出す。
自分自身に、嘘はつけない。
確信した。
……俺、バカじゃねぇの!
よりによって、何て相手、好きになってんだよ!
別れ際、一番最後に見た、ラオンの顔を思い出す。
「また、会いに来る」
そう云いながら、スゲェ可愛い笑顔を見せてたラオン。
ラオン。
この宇宙の全てを司る、巨大惑星ジュピターの姫。
偶然というものがなければ、俺みたいな戦災孤児の労働少年が、一生口をきく事もないような存在。
宇宙の巨大な三角形の、一番頂点に居るような存在。
よりにもよって、惨めな片思い決定事項みたいな相手に……。
痛えなぁ、全くさ……。
自分の気持ちを確信してほぼ同時に、それが0%に近い程に叶わぬものだと思い知らされる。
切ねぇなあ、俺……。
だって……、だってさ。
「また、会いに来る」
アイツはそう云って笑ったけど、もう会えない可能性の方が遥かに高い事くらい、俺にだって判る。
この気持ちがくすぶったまま、終わるかもしれない事も……。
そんな気持ちを抱えたまま、一年半。
俺の想いはどんどん濃くなって、時折くすぶる気持ちがボッと燃え上がって胸を焦がした。
俺は高ぶった気持ちを振り払うように、大袈裟に空を見上げる。
砂だらけのマーズの空は、相変わらず赤みがかったくすんだ色をしていた。
ああ、この空から、ラオン降って来ねぇかなぁ……。
「こらぁソモル! 何バカ百面相してんだ! 仕事終わんねぇだろっ!」
センチメンタルに浸っていたら、親方から怒号を浴びせられる羽目になった。
はいはい。
まずは、目の前の敵を片付けねぇとな。
俺は、ふ~っと肺の中の息をほぼ吐き切ると、太陽系のあらゆる星からこの集積所に運び込まれた荷物の仕分けに取りかかった。
俺、ソモル。
14歳と11ヶ月。
周りの奴らが、はしゃぎながら話してた事。
俺には絶対、関係ないと思っていた事。
それを今、まざまざと甘酸っぱく噛み締める。
恋をするって、こういう事か……。
to be continue
あれから、一年半も経つのにな。
ラオンと一緒に居たのは、たったの3日間。
嘘みたいに非現実的で、夢物語のような3日間。
あれは、ほんの偶然。
オッサンたちに使い古された言葉で云うならば、運命のイタズラみたいな感じで、アイツと俺は出会った。
宇宙の果てを見に行くという壮大な夢を抱いて、置き手紙ひとつで単独飛び出してきたアイツの旅に、俺は付き合わざるを得ない事態になる。
次の朝早く、ラオンを宇宙ステーションへ送る為に繁華街を歩いていた俺は、その異変に気づく。
おかしい。やたらと視線を感じる。
まだ人通りもなく、開店準備をしている店の人たち。その目線が、俺たちを追いかける。
なんだ、一体……?
俺がその視線に気づき振り向くと、見てなんかいませんでしたよ、と云わんばかりに慌てて目を逸らす。逸らしながらも、こちらの様子を窺ってるのがひしひしと伝わってくるし。
その理由を、まもなく俺は知る事になった。
店と店の間、壁に貼られたばかりの真新しい尋ね人の写真。
……あれ? この娘ラオンに似てる。ってか、ラオン……?
写真の雰囲気はちょっと違うけど、間違いなくラオン。こんな可愛い顔の娘、そんじょそこらに居るわけがない。俺は、写真の下に書かれた文字に仰天した。
……ジュピターの、……姫!?
ちゃんと勉強した事ないから難しい字は判らないけど、このくらいのなら俺でも読める。間違いない。確かにジュピター、そして『ひ』、『め』って文字。
え? ラオンが、ジュピターの姫?
なんだそりゃ~!!
俺は、あんぐり口を開いたまま、隣のラオンを見た。
「あ、バレちゃった?」
てへっと舌を見せて、イタズラがバレた時みたいな感じで笑う。俺のびっくりをよそに、本人は至って軽い様子。
張り紙は二枚。一枚はラオンの写真で、もう一枚は人相書き。青い髪に、眼付きの悪そうなガキンチョ。鼻の上に交差した傷……って、これ俺じゃん!?
え……? ラオン姫を連れ去った犯人の少年って……何……? どゆこと?
一瞬、俺の思考回路が真っ白になる。
何? 何? どうなってんだ? 犯人って、俺が?
これって……手配書じゃん!?
たった一晩の間で、なんだかとんでもない誤解が生じちまっていた。
茫然としている俺の後ろから、店の人たちが呼んだらしい警官隊の声がする。
俺は、反射的にラオンの手を引いて駆け出した。
そう、逃げ出しちまった。その時すぐに弁解して、誤解を解けば良かったのかもしれない。
けど俺は、咄嗟の判断で逃げた。警官が来たら逃げる。そんな習慣が染み付いちまってたせいかもしれない。
そんなわけで、指名手配となった俺はジュピターの姫と一緒に無謀な冒険に出る事になった。
まあその3日後には、あっさり捕まっちまうんだけど。
たった3日間の逃避行。
仲間の悪ガキにかくまってもらったり、地下道を渡って逃げたりもした。真っ暗な地下道で、ランプ落として慌てたり。そのピンチの時に、ジュピター人が暗闇でも眼が利くって事を知った。ランプの灯りが消えてなんにも見えない地下道で、爛々と光るラオンの眼に驚いた俺は、悲鳴を上げて尻餅までついちまった。ホント、情けねぇ。
なんだかんだで宇宙ステーションにたどり着いた俺たちは、宇宙貨物船に忍び込んでマーズを脱出。その忍び込んだ貨物船が家畜運搬船だったもんだから、暴れる豚にしっちゃかめっちゃかにされながらも、なんとか俺たちはタイタンって衛星に到着。そこからどうしたもんかと考えあぐねていた俺たちの眼に飛び込んできたのは、カジノの景品の二人乗り小型宇宙船だった。
さすがに無理だからやめろという俺の言葉も聞かず、小型宇宙船を狙って意気揚々とカジノに入ったラオンは、案の定子供だからという理由で店員に止めらる。そして運の悪い事にラオンの顔写真&俺の手配書は、すでにこの星にも知れ渡っていた。
タイタンでの警官隊との追いかけっこ。他の星への脱出を試みたところで、俺たちは捕まった。
この間、宇宙誤差があるものの約3日間。
今考えると、3日間も良く逃げ切ったなって思う。
捕まった後、ラオンがきちんと事情を説明して弁解してくれたおかげで俺はお咎めなし。ラオンも宇宙警備隊に保護されて、ジュピターへ帰っていった。
「凄く楽しかった! また絶対、ソモルに会いに来る。だってソモルは、僕の一番大切な友達だから」
別れ際、アイツはにこっと笑って俺に云った。この3日間で、一番最高の笑顔で。
結局ラオンを、宇宙の果てに連れてってやれなかった。
けどアイツは笑ってた。嬉しそうに。
そして、俺もアイツも、互いの日常へと戻った。
……その筈だった。
けど、俺の方は違ってた。
元通りの日常。
もうそんなもんは、左右くまなく見渡したって、何処にもなかった。
全部、変わっちまった。
アイツが、全て変えちまった。
ラオンと別れてから、俺はその事に気づいた。
何もかも、変わっちまったんだよ。
俺自身が……。
平凡な色をしていた俺の目の前の景色を、見た事もないくらい鮮やかな色に、アイツは塗り変えちまったんだ。
もう今まで見ていた色合いに、満足できない程に。
ラオンの居ない日常に、満足なんてできない程に。
ラオンと別れて一週間くらいは、ほとんど重症な程にラオンの事ばっか考えてた。
ほぼ毎晩、夢にまで出てくる始末で。
飯食ってても、アイツの笑った顔ばっか思い出す。
何でなのか、判んなかった。
判んねぇけど、何かチクチクした。
デケェ声上げたくなるくらい、体の中心がぐるぐるしてた。
何か判んねぇ……、判んねぇけど、会いたくてたまんねぇし……。
本当、俺……わけ判んねぇ……。
「何だあ、思春期少年! ずいぶん情緒不安定だな。好きな娘の事でも考えてんのか?」
運び屋のオッサンが、分厚い手で俺の頭をぐちゃぐちゃに撫で繰り回しながら、云った。
……好きな、娘。
云われて初めて、俺は気づいた。
四六時中、ラオンの事が頭から磁石みたいに離れない理由を。
俺が、アイツの事を……。
そう気づいて意識した途端、顔が熱くなった。
重い荷物持ち上げた時みたいに、体に火がついたように汗が吹き出す。
自分自身に、嘘はつけない。
確信した。
……俺、バカじゃねぇの!
よりによって、何て相手、好きになってんだよ!
別れ際、一番最後に見た、ラオンの顔を思い出す。
「また、会いに来る」
そう云いながら、スゲェ可愛い笑顔を見せてたラオン。
ラオン。
この宇宙の全てを司る、巨大惑星ジュピターの姫。
偶然というものがなければ、俺みたいな戦災孤児の労働少年が、一生口をきく事もないような存在。
宇宙の巨大な三角形の、一番頂点に居るような存在。
よりにもよって、惨めな片思い決定事項みたいな相手に……。
痛えなぁ、全くさ……。
自分の気持ちを確信してほぼ同時に、それが0%に近い程に叶わぬものだと思い知らされる。
切ねぇなあ、俺……。
だって……、だってさ。
「また、会いに来る」
アイツはそう云って笑ったけど、もう会えない可能性の方が遥かに高い事くらい、俺にだって判る。
この気持ちがくすぶったまま、終わるかもしれない事も……。
そんな気持ちを抱えたまま、一年半。
俺の想いはどんどん濃くなって、時折くすぶる気持ちがボッと燃え上がって胸を焦がした。
俺は高ぶった気持ちを振り払うように、大袈裟に空を見上げる。
砂だらけのマーズの空は、相変わらず赤みがかったくすんだ色をしていた。
ああ、この空から、ラオン降って来ねぇかなぁ……。
「こらぁソモル! 何バカ百面相してんだ! 仕事終わんねぇだろっ!」
センチメンタルに浸っていたら、親方から怒号を浴びせられる羽目になった。
はいはい。
まずは、目の前の敵を片付けねぇとな。
俺は、ふ~っと肺の中の息をほぼ吐き切ると、太陽系のあらゆる星からこの集積所に運び込まれた荷物の仕分けに取りかかった。
俺、ソモル。
14歳と11ヶ月。
周りの奴らが、はしゃぎながら話してた事。
俺には絶対、関係ないと思っていた事。
それを今、まざまざと甘酸っぱく噛み締める。
恋をするって、こういう事か……。
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