上 下
7 / 28

7 俺がお前の望みを叶えてやるよ!

しおりを挟む
 次の日の朝早く、二人はひっそりと街へ出た。
 ソモルはキョロキョロと、民家の隙間から周囲の様子をうかがった。まだ陽が昇って間もない朝の繁華街は人もまばらだ。
 商人の朝は早い。市場の卸しから帰ってきた店主たちが、すでに開店準備を始めている。
 ラオン姫捜索隊の姿は、どうやら見当たらない。
 ソモルは安全を確かめると、背後のラオンにうなずいた。頭からマントを被ったラオンが、静かにうなずき返す。
 顔を見られないようにかぶったマントだが、かえって怪しい。はたから見ると、まるで赤ずきんちゃんのような出で立ちだ。完璧なカモフラージュだと、少なくとも本人たちは思っていた。
 それでもかなり警戒しながら、目立たないように道の端を行く。

 けど、なんだかおかしい。
 ソモルはちらりと、店先に商品を並べる反物屋の親父の方へ視線をやった。
 眼が合った。
 親父が慌てて眼を逸らす。ソモルはその向かいの肉屋の方へ視線を移した。
 眼が合った。
 やはり焦って見ていなかったふりをする肉屋の夫婦。

 変だ。どう考えても不自然だ。
 それに、やたら通りすがる者たちからの視線を感じる。そんなに目立つわけでもないのに。まあ、目立たないわけでもなかったが。

「……ソモル、おかしいよ。さっきの人、僕らの事振り返ってまで見てたよ」

 さすがに異変を感じて、ラオンが耳打ちした。

「平気だよ、きっとラオンの事見てたんだぜ。この辺じゃ、見かけねえから」

 けれど、その憶測はどうも違うようだ。どうやらソモルの方が、圧倒的に視線を浴びている。

「……ソモル、君、僕が来る前に何か悪い事でもしたの?」

 ソモルに集中する視線に気づき、ラオンがぼそっと尋ねる。

「……バカ! この街じゃ何もしてねえよ!」

 他の街では何かしていたのだろうか。
 その時だった。


「居たぞ! あいつだ!」

 背後から聞こえた大声に、二人はびくりとして振り向いた。声の主は、体格の良い大の男三人だった。 
 ソモルの背中を、一筋の汗が滑り落ちる。

「あいつか! ジュピターの姫様をさらった奴はっ!」

 えっ、なんだって。誰の事だ。

「という事は、あの隣の方が姫君か!?」

 ラオンが、くっとマントを深く被り直す。
 男たちの会話に、二人はヤバい空気を感じ取った。

「……ラオン、こういう時は……」
「うん、ソモル、僕もそう思う」

 二人は眼で合図を交わし合うと、一目散にその場を駆け出した。

「あっこら、待て!!」
「この人さらいが!!」

 太い怒声が追いかけてくる。
 人さらい? 姫君をさらった? どうも、おかしな事になっているらしい。
 ソモルは鈍足のラオンの手を引き、奥まった路地から路地へ駆け抜けていく。その間ソモルは、必死に自分の置かれた状況を考えあぐねた。

 逃げ続けるにつれ人が人を呼び、追っ手の数もいつの間にか増えていく。

「姫と、その誘拐犯はっ!」
「あっちだ! あっちに逃げたぞっ!」

 なんなんだ、これは。
 昨夜のうちに、事態は思わぬ方向へ向かってしまったらしい。二人は路地裏のゴミ置き場の陰にうずくまって身を潜めた。

 ドタバタドタバタ

 足音はゴミ置き場のすぐ横を過ぎると、散り散りになって離れ、そして消えていった。
 どうやら、追っ手をまけたようだ。
 一難去り、二人はぐったりとしながら息を吐いた。昨夜から走ってばかりのラオンは、もうぼろぼろだ。
 ソモルは額の汗を手の甲で拭いながら、周囲に視線を彷徨さまよわせた。狭い路地、家々の屋根の間から、すっかり明るくなった空が覗いている。レンガの壁をなぞり、視線を下に降ろしていたソモルは、まだ新しい二枚の張り紙に気づいた。隙間から射し込む朝日に照らされた、鮮やかな色彩。

 誰かの、似顔絵?
 
 恐る恐る張り紙に近づいたソモルは、仰天ぎょうてんして立ち尽くした。
 そこには、ソモルの似顔絵がでかでかと描かれていたのだ。隣のもう一枚は、もちろんラオンの写真である。
 それだけではない。ソモルを仰天させたのは、そこに書かれた文字だった。
 ラオンの方には、ジュピターの姫君と書かれている。これは判る。
 問題は、ソモルの方だ。

『指名手配中』
『凶悪! 極悪非道』
『姫君さらい』

 などという文字がおどっていたのだ。つまりこれは、まぎれもない手配書。

「なっ……なんなんだぁ、これは!」

 ソモルは半ば混乱しながら叫んだ。追われる身なのに、声を出していいのだろうか。
 まあ、無理もない。たった一夜にして、極悪非道の犯罪者に仕立てあげられてしまったのだから。
 とんでもない濡れぎぬである。

「ソモル……」

 ラオンが申し訳なさそうに、上目遣いでソモルを見た。謝って済む問題ではない。前科がまた増えてしまったのだ。しかも、今度は凶悪犯だ。

 ソモルはうつ向いたまま、体を震わせていた。相当、怒っているのだろうか。
 ラオンは、罪悪感を覚えた。

「……やってやろうじゃねえか」

 けれど、ソモルの口元から洩れたのは、怒りの抗議ではなく不敵な台詞だった。
 ソモルの鋭い両眼が、覗き込んでいたラオンを捉えた。ラオンが、茫然と見詰める。

「こうなったら、もう自棄やけだっ! とことんお前の旅に付き合ってやるぜ、ラオン! 宇宙の果てまでだろうが、お供してやろうじゃねえかっ!」

 突然ソモルが、高々と宣言するように叫んだ。だから、大声を出していいのか。

 それは、自分を犯罪者に仕立てあげた、ジイやたちへの宣戦布告でもあった。
 なにがなんでも、ラオンは渡さない。ラオンの希望を、絶対に叶えてやるんだ。
 ラオンはただただ、眼を丸くしている。

「居たぞ! こっちだ!」

 ほら、云わぬ事ではない。ソモルの大声に駆けつけた街の人々が、二人を指差している。

「ほ~ら来た! 逃げるぞぉ!」

 ソモルはもうどうにでもなれという調子で云い放つと、ラオンの腕を掴んで勢い良く走り出した。気合いの入ったソモルのスピードに圧倒されながらも、懸命に後に続くラオン。
 このぶんだと、ソモルの仕事場にもジイやたちの手配が伸びている事だろう。親方に声をかけてから旅立つのは、どうやら無理のようだ。
 ソモルは走りながら、様々に思考を巡らせた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

ずっと、ずっと、いつまでも

JEDI_tkms1984
児童書・童話
レン ゴールデンレトリバーの男の子 ママとパパといっしょにくらしている ある日、ママが言った 「もうすぐレンに妹ができるのよ」 レンはとてもよろこんだ だけど……

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

秘密

阿波野治
児童書・童話
住友みのりは憂うつそうな顔をしている。心配した友人が事情を訊き出そうとすると、みのりはなぜか声を荒らげた。後ろの席からそれを見ていた香坂遥斗は、みのりが抱えている謎を知りたいと思い、彼女に近づこうとする。

処理中です...