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第4章 ハーフヴァンパイア

32 体の疼きと珍客登場

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 火事の話を聞いた翌日、わたしはアゼル様に頼んで墓参りに連れて行ってもらった。
 墓石に彫られた名前を心の中で呼んで、一人ずつ祈りを捧げた。痛かったね、苦しかったね、ごめんね、と。……そんな想いを込めて。

 家に帰る途中、ずっと夢遊魔エディのことを考えていた。
 アゼル様の話によれば、エディは五歳くらいの男の子の姿をしていたという。
 普通の夢遊魔でも、五歳くらいの男の子の姿に見えるらしいけれど、よく見たらのっぺらぼうだった、ということが多いらしい。

 夢遊魔は暗い森の中で迷い人がやってくるのを待つので、個体差はあるものの、そこまでリアルな人の形をしていない。アゼル様や邸の人たちが見ても普通の男の子に見えたエディは、とんでもなく珍しい特殊な夢遊魔だ。

 正直、今でも自分の身体に夢遊魔エディがいるなんて信じられない。常に魔力は吸い取られているけれど、内側に“誰か”がいるなんていう感覚はなかった。

 腕を動かそうと思えば自分で動かせるし、ジャンプだって、スキップだって出来る。ヨル君にごはんを作ってあげたり、アゼル様と一緒に新聞を読んだりも出来る。

 ──全部、自分の意思で。

「ヨル君をわたしにつけるって言ってましたけど、それって四六時中ヨル君が傍にいるってことですよね。そこまでする必要はあるんですか?」

 高貴な身分の人間とかなら、護衛の必要性も分かるけれど。
 わたし……ただの一般人だしなぁ……。

「万が一のためだよ」
「過保護なような……」
「いや、これでも足りないくらいだよ。本当は俺がずっと隣で見てたいくらいなのだけれど…………やっぱりギルドに復職届なんて出さなければよかったかな」
「それは街の安全と平和を守るためにお願いします……」

 ……アゼル様ほどの人材を、義妹であるわたし一人が独占していいわけない。
 そう考えたら、ヨル君がわたしの傍にいるのは大正解のような気がしてきた。

「そういえば、陽の光とか大丈夫なんですか?」
「陽の光についてだけれど、大鴉ヨルビノは活動が鈍るだけで動くことはできるよ。それに、陽除けのペンダントも持たせた」
「陽除け?」
「元々はハーフが人間と同じ生活ができるようにと作られたものだよ。完全にはシャットアウトできないけれど、いくらか活動しやすくなる」
「これだよ、これ」

 ヨル君が、わたしにロケットタイプのペンダントを見せてきた。

「それでもさー、昼間は超眠いんだよねぇ。どっか出かけるなら、夜にしてくんない? 夜だったらどこでもついて行くよ」

 やっぱりどれだけ対策しても、夜の住人ノク・レビンにとって昼間はツラいよね……。わたしも陽の光が眩しく感じるようになっちゃったから、その気持ちがよく分かる。





 それから数日が経った。
 特に体に変化はない。
 正直、ヨル君という新しい住人が増えた以外は、四か月前と同じようなライフスタイルを送っている。朝起きて、ヨル君とわたし用の合わせて三人前のごはん(ヨル君が一人前じゃ足りないから)を作って、薬を飲んで、大家さんとお喋りしに行く。

 大家さんは優しい人だ。
 わたしが借家に戻ってきた時は「おかえり」って言って抱きしめてくれた。
 アゼル様が四か月ぶりに挨拶した時も、どこにいっていたのかと深入りすることなく、優しく出迎えてくれていた。
 わたしの体調をいつも気遣ってくれる。家を留守にしていた間の掃除をしてくれたお礼も含めて、この前グラタンを焼いて持って行ったら、とても喜んでくれた。

 ちなみに大家さんにも、ヨル君のことを紹介している。アゼル様の生き別れの弟だということにしている。大家さんはわたしとアゼル様に血の繋がりがない事を知っているから、アゼル様と同じ黒髪のヨル君を見て「弟さんに出会えてよかったねぇ」と涙ぐんでくれた。……や、優しい……。

「これからどうすんの?」
「買い出し。ヨル君が昨日たくさんごはんを食べちゃったから、食材が全然なくて」
「おまえの作る料理、美味しいから」
「ふふっ、嬉しい。ありがとう」

 わたしはヨル君と並んで、一緒に外に出かけていた。
 最初は女の子だと勘違いしたヨル君だけれど、並んでみると十センチ以上の身長差がある。百六十センチ後半、ってところかな。いいなぁ、高身長。

 ……………あれ?

「そろそろお肉が食べたいなぁ。ねね、今日は肉料理にしよ? 生肉なら吸血嫌いのやせ我慢ご主人でも食べるし、いいアイデアじゃん?」
「そ、そうだね。うん、今日は肉料理にしよう!」

 気付かれないように早歩きになると、ヨル君に腕を掴まれた。
 大通りから一本それた脇道に連れ込まれる。

「なんか、匂い変わった?」

 ヨル君がわたしの首に顔を近づけてきて、スンスンと匂いを嗅いでくる。

  “とある感覚”がわたしの背中を駆け抜けていく。意味ありげな目線を寄こしてくるヨル君に、わたしはとぼけたフリをした。

「いつも使ってる石鹸と違うヤツを使ってるからじゃないかな?」
「その言い訳、そこらで歩いている男にこんな風に掴まれて、ここに引きずり込まれても、同じこと言える?」
「え……?」
「僕みたいに、人間より優れた嗅覚を持ってる奴には一発で分かる。その日の体調や心の在り様によって、体から出る匂いが変わってくるんだよねぇ」
「そ、そうなんだ」
「自分の身体に起こった変化。何を欲しているのか、渇望しているのか、自分が一番理解してんじゃないの?」
「なにを言ってるのか、ちょっと分からないよ。そ、それより、買い出し行こ?」

 視線から逃れるように、顔を背ける。
 ヨル君はすぐに離れてくれた。

「おまえがそう言うんならいいけど。いちおーご主人に伝えとく? 少しでも体調に変化があったら駆け付けるからって言ってたけど」
「アゼル様に伝えるほどじゃないから、大丈夫」

 本当に何でもない、大丈夫だと念押ししておく。

「今日はヨル君の言う通り肉料理にするから」
「ッシ。やっぱそうでなくちゃ」
 
 そうやって、その“感覚”から目を背けた。

 きっと気のせいだと思い込みたかった。

 買い出ししている時は、ヨル君以外の人を視界に入れないように目線を下げて、常に自分の腕を掴んで、心を落ち着かせることに専念した。
 
 買い出しから戻り、家に戻ってくる頃には、その“感覚”がどんどん増していた。
 
「すっごい匂いが濃くなってる。やっぱ体が疼いて仕方ないんじゃないの?」

 買った食材を片付けていると、ヨル君が目の前に立っていた。

「な、んのこと……?」
「『人間の魔力大好き♡』っていうのが夢遊魔エアピストフィスの本性だしねぇ。宿主の周りに優秀な雄が寄り付いてくるように、嗅ぐだけで理性が吹っ飛ぶような甘ったるい匂いを放つのは普通のことなんだけど、……にしても、その匂いの濃さは異常だねぇ」

 黒目を猫のように細めて、わたしの体を下から上にじっとりと見てくる。

 まるで獣が交尾相手を探すような熱のこもった目つき。その視線だけで、おへその下あたりがむずむずして、今まで何度も味わってきた感覚が蘇ってくる。

 無視できないほどの熱から逃げるように、思わず一歩、後退あとずさった。

「そりゃあねぇ、興味はあるよ? ハーフ吸血鬼ヴァンパイアを帰化寸前にまで追い込み、溺れさせるほど魅惑的なその肉体からだ。どんな声で哭いてくれるのか、ちょっかいかけたい気持ちは、あるにはあるんだけど、いまやったら確実に殺されるからここから先は任せるよ。ね、ご主人」

 ヨル君の視線の先に、いつの間に帰っていたのか、渋い顔のアゼル様がいた。

「あ、やだ……っ!」

 目があった瞬間、とっさに視線を下げた。
 火照った体を抱きしめて、その場に座り込んだ。アゼル様に見られたくないのに、視線を感じれば感じるほど、より感覚が鋭敏になっていく。

「ユフィ、大丈夫?」

 肩に手がおかれる。
 感触がゾクゾクとした痺れに変わって、わたしはひたすら首を振った。
 違う。アゼル様はわたしを心配してくれているだけ。

「ねぇ、ご主人。ユフィは男が欲しくて仕方ないってさ」
夢遊魔エディの仕業だ。間違いない」
「思ったより症状として出てくるのが早かったねぇ」
「笑い事ではないよ。新薬の準備はこれからなのに」
「今度は発情症状を抑える薬ってこと?」
「……ああ」

 アゼル様とヨル君が何か喋ってるけれど、内容は全然頭に入ってこなかった。体が熱い。アゼル様の手がわずかに動くたびに、体がビクビクッと反応してしまう。

 この飢えと渇きには、媚薬を飲んだときと似ている。
 
 体に触れられたわけじゃないのに、異常なほどおへその下が熱い。空虚な穴を埋めてほしい。熱と、飢えと渇きが、体を支配していく。自分の身体なのに、自分の身体じゃないみたいだ。

 ダメ、絶対にダメ。
 求めちゃいけない。
 だからアゼル様から離れたいのに、心に反して体が動かない。

「あ、ぜる様、離れて、くださいっ。か、らだ、おかしくて……っ!」
「分かってるよ。ひとまず、今までと同じ薬を飲んでみよう。多少は効くだろうから」

 落ち着かせるようなアゼル様の声に「え……」とか細い声が漏れた。

「く、すり…………?」
「うん、そうだよ」
「…………」

 いま……。
 わたし、いま……。

 アゼル様に、キスしてほしいって……。

 ────わたし、何、考えてるんだろ……。

 耐えるように唇を噛み締めていると、アゼル様が薬を持ってきてくれた。

 受け取って、薬湯と一緒に喉に流し込む。

「どう? 収まった?」
「は、はい。大丈夫です。……ありがとうございます」

 立ち上がろうしたら、体がふらついた。
 アゼル様に抱きとめられ、背中に回ったたくましい腕に、意識がいってしまいそうになる。

 ────バタンッ。

 …………え?

 いきなり扉が開いた。
 部屋に入ってきたのは、四十代くらいの男性。それなりに顔立ちは整っているはずなのに、眠そうな顔とボサボサ頭のせいで、やぶ医者っぽく見えた。

 ……ってあれ、どうしてここに?

「おいおいおいおい。アゼルの坊ちゃんよ、いくら嬢ちゃんが可愛いからって、真昼間まっぴるまから手を出すのはちぃっとばかし気が短すぎるんでねェの?」

 アゼル様に薬の知識を教えた師匠的存在。
 治癒師のマザルク先生が、抱き合っているわたしとアゼル様を見て、そんなことを言ってきた。



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