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第1章 わたしが知らない義兄の一面

04 懐疑

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 ランブルト様は、わたしを落ち着いた店に案内してくれた。
 貴族御用達の軽食屋。
 個室だから、込み入った話もできるという優れものだ。

「まずは、私への警戒心を解いていただく必要がありますね」

 高級感のある丸型ソファに座ったランブルト様は、硬い表情をしているわたしを見て小さく笑う。

「……きっとユフィさんは、私と会ったのがこの間の<仮面舞踏祭ナイト・フェスティバル>が初めてだと思ってますよね」
「そうだと思ってるんですけど……、違うんですか……?」

 ランブルト様ほどの美形なら、会ったら必ず覚えていると思う。
 
 記憶を掘り起こしてみても、そんな記憶はない。

「今から五年も前の話です」

 五年前といえば、わたしは十四歳。
 まだ両親が生きていて、ハッシュフィード家も没落していなかった頃だ。

「ハッシュフィード家が主催する《狩り》がありましてね。こうみえて私も、一時期は狩人ハンターを目指していたんですよ。今でこそ机に向かって数字とにらめっこしてますがね」

 狩人。
 夜の住人ノク・レビン狩りを専門にして日銭を稼ぐ職業だ。
 
 ハッシュフィード家は、爵位こそ持っていないものの、夜の住人ノク・レビン狩りを行う名家と呼ばれていた。

 ゆえに、定期的に他家を呼んで《狩り》を行っていた。

 アゼル様は参加していたけれど、わたしは魔力が少なくて、役立たずだったから、両親から「家の恥晒しだからおまえは参加するな」と言われていた。


 でも確か、どうしても気になって、一度だけ遠目から狩りの様子を見たことがある。


 広大な雑木林に放たれた夜の住人ノク・レビンを狩る──

 それが、《狩り》の内容。

 ただ、その日は途中で雷雨になって……。
 わたしはアゼル様が心配で、雨合羽を着て迎えに行こうとして……。

「え……もしかして、あのとき怪我をしていた人……?」

 アゼル様と出会う前に、血を出して倒れている男性と出会った。

 すぐに狩りの参加者だと分かった。

 種族にもよるけれど、夜の住人ノク・レビンは猛毒を持っていることが多い。夜の住人ノク・レビンの毒は、早く解毒しないと細胞組織が壊死してしまう。

 彼の足は、紫色に腫れ上がっていた。
 これこそ夜の住人ノク・レビンの毒に侵されてしまった証拠。
 とても見過ごせるような状況ではなかった。

 家では役立たずだと言われていたわたしだけど、役立たずにも役立たずなりに意地がある。
 わたしは、治癒魔法というそこそこ珍しい魔法を扱うことができたから、なけなしの魔力で治癒魔法を使って応急処置を行った。

 彼の執事らしき人が迎えに来たため、あとはその人に任せて、わたしはアゼル様を探すために移動した。

 ……まあ、ほんとうなら迎えに行く必要なんてないくらいアゼル様は強いんだけれど……。
 しかも、夜の住人ノク・レビンがいるのにわたしがアゼル様を迎えに行ったものだから『もう二度とこんな真似しないで』って、逆に心配されてしまったのだけど……。


 ……あの時、怪我していた男性がランブルト様だったってこと?
 でも……確かに言われてみれば、声が一緒のような気がします……。

「ようやく思い出してくれたかな?」
「ごめんなさい……いま思い出しました……」
「思い出してくだされば、それでなによりですよ」

 ランブルト様は、どこか夢見心地な雰囲気だ。

「ユフィさんは、本当はお義兄にいさんが心配であの場にいたんですよね。それなのに貴女は、私を助けてくれた」
「なんだか……すごく大袈裟に言ってますけど……普通、目の前で人が倒れていたら助けますよね……?」
「私はあの雨の中、もうダメかと思っていたんです。そんなときに、貴女が来てくださった。ユフィさんはまさに女神そのものですよ」

 女神って……大袈裟すぎじゃ……?

「だから、あの時のお礼が言いたかった。もう一度ユフィさんにお会いしたかった。本当に感謝しています」

 ランブルト様は深々と頭を下げた。 
 
「結婚したいと思う女性に出会ったのは、ユフィさんが初めてなんですよ。ほとんど、一目惚れみたいなものですね」

 気恥ずかしそうに笑ったランブルト様が、次の瞬間には、曇った表情になる。

「ですが……私がもう一度貴女に会おうと思った矢先に……」

 彼が、言わんとしている事は分かった。

「……ハッシュフィード家が、没落していたんですよね」
「はい」

 四年前のことだ。
 父方の母──つまりわたしから見れば、祖母グランマの誕生日パーティがあった日の出来事。
 ハッシュフィード家で最も発言力のあった祖母グランマは、家族や親戚一同全員を集めて祝われないと気が済まない人だった。

 その日は、ハッシュフィード本邸に総勢三十名弱のハッシュフィード一族が集まっていた。

 そして、その夜。
 

 両親、姉達はもちろん、わたしに優しくしてくれた叔父や叔母、使用人たちが、みんな亡くなった。


 実はわたしは、その夜の出来事をほとんど覚えていない。
 わたしが覚えているのは、目を覚ました時にはアゼル様の腕の中にいたこと。
 荷馬車でどこかに移動しているということ。
 ハッシュフィード本邸が、大きな火柱をあげて燃えていたということ。

 アゼル様が言うには、厨房にガス漏れが発生し、大爆発が起きた。
 直撃を受けた人は全員亡くなってしまい、直撃を受けていない人も、逃げ切れずに命を落とした。

 わたしは煙を吸って気を失ったところを、アゼル様に助けられたらしい。

「ハッシュフィード家は、貴族としての財産や面子をすべて失い、没落。私はその話を聞いた時、ユフィさんとアゼルさんも亡くなってしまったと思い込んでました」

 でも、と、ランブルト様はわたしを見つめた。
 心の底から安堵したように、目を細める。

「ユフィさんは生きていてくれた。<仮面舞踏祭ナイト・フェスティバル>で貴女をひと目見て、五年前に私を助けてくれたユフィさんだと気付きましたよ」

 そう、だったんだ……。

 ランブルト様が、何か変な目的で私に近付いてきた訳ではないことが分かった。
 でも、それならなぜ、アゼル様がわたしを騙しているなんて、そんなデタラメを言ってきたのだろう……。

仮面舞踏祭ナイト・フェスティバルでユフィさんを抱き上げた時に、違和感がありましてね」
「違和感、ですか?」
「一時期とはいえ、狩人を目指してましたからね。嗜む程度には魔法も扱えますよ」

 ランブルト様は、一呼吸置いた。

「ユフィさんは、異常な速度で自分の魔力を消費しています。おそらく、ユフィさんが襲われた目眩や吐き気は、魔力欠乏症の類だと思われます」

 魔法を使うのに不慣れな人間が、意図しない魔力消費をしたときに発症するもの。
 
 基本的に、魔力は自然に回復するものなので、休めば治るはずなのだけれど。
 
 
 ……もしかして、わたしがアゼル様から貰ってるこの薬って……。


 錠剤タイプの薬を取り出して、ランブルト様に見せた。

「一つ貰っても?」
「ああ、はい」

 ランブルト様が薬を口に含んで、飲み下す。

「これは……おそろしく質の良い魔力増強剤だ……。私が知っている最高級のものを、遥かに凌駕する品質です。いまなら、上級の<夜の住人ノク・レビン>でも倒せそうなくらいですね……」

 そ、そんなにすごいものをアゼル様が作ってるの……?

「日常生活を送るだけで、魔力欠乏症を起こすほど魔力を消費し続ける人間なんて聞いたことがありません。私は、これがアゼルさんのせいではないかと疑っています」
「アゼル様が、そんなわけありません……っ!!」

 違う。
 絶対に違う。
 アゼル様はとても優しい人だ。
 常にわたしの体の心配をしてくれて、わたしが熱を出して倒れたら仕事中でも抜け出して駆けつけてくれるような、とんでもなく優しい人なのだ。

 誰も味方がいなかったハッシュフィード家で、たった一人だけわたしに手を差し伸べてくれて、ずっと傍にいてくれた、大切な人だ。


 ──でも、と、わたしは思ってしまう。


 もしわたしが、常に魔力を消費し続ける体質なのだとしたら、なぜ教えてくれなかったのだろう。
 どうして、ただの虚弱体質だと言ってきたのだろう。

 アゼル様は、わたしの体が他人とは違うことを知っていた上で、わたしに薬を渡していた。

 隠していた理由は、いったい……?

「もう一つ、私がアゼルさんを疑う理由があります。彼が、いくらなんでも強すぎるということです」
「強すぎ、る……?」

 強いことの、なにがいけないのだろう。

「怪我したところを見たことがない、いつもどこかで手加減している。彼の同僚から聞いた感想です。さらにいえば、とんでもなく多量な魔力を有しています。魔力測定装置を一瞬で木っ端微塵にするほどの、ね」
「…………」
「私も、あの《狩り》があった日に彼を見ていますから、その感想は納得できましたよ。結論から述べましょう。おそらくですが、彼は人間ではありません。あちら側の住人、つまり──夜の住人ノク・レビンではないかと思っています」

 アゼル様が…………人間では、ない……?
 
「それもただの夜の住人ノク・レビンではありません。夜の住人ノク・レビンのなかで最も凶悪で残忍な存在。夜の世界を統べる覇王、最強の吸血鬼ヴァンパイアだと思っています」
「え……」

 その言葉を聞いて。
 
 いまはもう完治したけれども、犬に噛まれたような謎の穴が空いていた首筋を、わたしは無意識にさすっていた。




 
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