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14. 私の気持ち

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「私はテオと殿下の関係性を誤解していたようです。貴女の話を聞かずに一方的に警告をしたことをお詫びさせて欲しい」

長い廊下を歩きながら、これから向かうという店について話を聞き、テオドールの幼少期の話を聞き、そしてお詫びの言葉をもらった。

アーノルド騎士団長は、応接室で話した時とは別人のように穏やかで明るい表情で話す人だった。人の変わり様に警戒心が湧いてくるけれど、時折見せる子どものような顔や砕けた態度が、その警戒心の隙間を縫って、心に入ってくるような人だ。
そして何より、テオドールの話をする時の優しく暖かな顔が、信頼と愛情が本物であると教えてくれる。私を怯えさせた態度も仲間を思ってのことだったと思うと、警戒し続けることは難しい。

「いえ、シレア騎士団長のおっしゃったことは何も間違っておりませんので、お詫びは不要です」
「……先程もそうおっしゃっていましたね。私は、殿下が産まれた時にはすでに城で勤めておりました。貴女が成長するのをずっと横で見てた。だから貴女がどんな人物なのかよく知っているつもりでした。私が知っている殿下は、テオに恋をして結婚を望むような方ではなかった。だからテオに危害を加えるつもりだと疑ってしまいました。私の先入観が招いたことです。間違ったことを言ったと思います」
「それは、私の過去の行いを考えれば仕方のないことです」

アルフォンスに手を出したこともあるし、そのほかにもエリーナはアーノルドの周りで暴れていたようだった。トゲトカゲみたいだと言われたことを思い出す。全身棘だらけで火を吐く小さな魔物らしい。全てを傷付けながら歩くエリーナのイメージにぴったりの気がする。

それに、エリーナがテオドールと結婚した理由の一つが、アーノルドに対する嫌がらせだったことも分かってしまった。完全にエリーナが悪い。

「エリーナ殿下、頑固なところだけ変わりませんね。どうしても謝らせてくれないおつもりだ」
「えっ?いえ、そんなつもりは……」
「まぁ仕方ありません。首に剣を突き付けて脅したんだ。不敬罪に問われない殿下の寛大さに感謝いたします」
「だから、その、違います。謝る必要がないって言ってるだけで許してないわけじゃ……」
「許していただかなくて構いませんよ。謝罪の言葉を伝えたいだけです」

何が違うのかよく分からないが、私はアーノルドの押しに負けて頷いた。

「貴方の言葉を受け止めます」
「ありがとうございます」

アーノルドは笑った。なんだかよく分からないうちに相手のペースに巻き込まれていく感じがする。

「その上で言い訳してもいいですか?」
「はい?」
「テオのことです。テオは幼少期から私が面倒を見てきました。先の戦争で名が知られましたが、その前にもずっと私の下で国に貢献してきた男です。どうしても幸せになって欲しい」
「……」
「私は彼を使う側ですから、正直無茶なこともさせてきました。やっと落ち着いて今までの貢献に報いてやれると思っていた。今回のことは、その機会を貴女に踏み躙られた気がしましたよ。自分の不甲斐なさに腹が立って、苦し紛れに貴女に忠告をした。八つ当たりみたいなもんだ。あれは撤回します」

私は何も言えなかった。エリーナは、アーノルドに大切にされ、民衆に認められ、本来は何も持っていないはずの庶民のテオドールが、エリーナよりもたくさんのものを持っているように見えることが気に入らなかった。それも何度か『気に入らない』と思った程度の気持ちで、アーノルドがテオドールに抱いている気持ちの重さを考えると、エリーナの悪意はすぐに飛んでいくたんぽぽの綿毛くらいの軽さだ。
何か気が紛れるものがあれば、風でふっとなくなる程度。話題にされなければ、この気持ちを思い出すことすらなかっただろう。

この気持ちの軽さで、人の人生に影響を与えてしまう王族という身分が恐ろしい。エリーナがただの女の子だったら、ちょっと癇癪持ちの可愛い女の子で済んだのかもしれない。

「貴方の言い訳を聞き入れます。でも忠告は撤回しなくて構いません。私がテオにふさわしくないのは事実ですし、あの人の邪魔にならないようにするつもりです」
「……ん?どういうことですか」
「そのままの意味です。そうだ、シレア騎士団長、私がちゃんとテオと縁を切れるように見張っていてくれませんか」

アーノルドは眉を顰めた。私は何か変なことを言っただろうか。

「縁を切るだって?」
「はい。まだ国王陛下の反感を買わずに済ませる方法を思いついてないので、直近では無理ですが……その時に、ちゃんと手を離せるように見張っていて欲しいんです」

自分自身が、テオに心を預けてしまっているのが分かる。
初めての夜に私に『泣くな』と釘を刺していた彼は、今日は『泣いていい』と言ってくれた。楽しいことを教えて欲しいという言葉も、今日コーネリアスについて話したことにありがとうと言われたことも、テオは私自身も気付いていなかったような、その時一番欲しい言葉をくれる。
心が軽く、暖かくなって、泣きそうになるくらい嬉しい。私はテオと離れるのが惜しいと思っている。もうその気持ちは誤魔化しようもなく強く、認めるしかない。

そして、それと同時に心から幸せになって欲しい。同じ気持ちというのはおこがましいけれど、テオに幸せになって欲しいと思っているアーノルドならば、私が間違えたことをしそうになっても止めてくれるはずだ。

「殿下」
「はい」
「縁は切らなくていいでしょう。きっかけはどうあれ愛し合ってるんだから、普通に夫婦として共に助け合えばいい」

アーノルドは真顔だった。何か誤解されているようなので訂正する。

「……?私とテオは愛し合っていません。テオは人が良いから私に優しくしてくれているだけです」
「は?いやいや、あいつが優しいと言っても、流石にそこまでじゃない。元来粗暴なやつなんですよ。あんなに丁寧に人に触らないよ」

アーノルドはテオを幼少期から知っていてとても詳しいけれど、この点に関しては私の方がよく知っているようだった。

「そんなことありません。最初から優しかったですよ」

初日の態度を思い出すと、本当に驚くべきことだったと思う。最初は完全に軽蔑した顔をしていたのに、大切なものがないという私のために、夫婦になったよしみで一緒に探してくれると言うし、魔力が移っているか確認するときに、私の頬に触れるときもそっと指を添えてくれた。
あの時よりエリーナの感情や過去の行動が自分の中に蓄積されてきた今、あの日のテオドールの寛容さは本当に信じ難いと感じる。

「なるほど。なるほどね……そうですか」
「ええ」

アーノルドは少し考え込むような仕草をしてから顔を上げた。

「殿下は?殿下はテオのことをどう思います?あいつは殿下にとってどんなやつですか」
「私?」

なんと答えようか迷う。私がテオについて思うことは色々ある。それこそ先日、本人に告げたように親切だと思っているし、頼りになる。しかし彼の印象を告げるのは、本質的ではない気がする。
アーノルドの視線には非難や催促の色はない。テオが聞き上手なのは、アーノルドのそばで育ったからなのかもしれない。私は十分時間をもらって考えてから答えた。

「……一番幸せになって欲しい人です。シレア騎士団長と同じと言うとおこがましいですが。あと、とても感謝しています」
「……幸せか。そうですね、私と一緒だ」

アーノルドは力強く笑った。
そしていきなり後ろを振り向き、少し距離を取って歩いていたテオに呼びかけた。

「テオ、殿下の手を引いて馬車にエスコートして差し上げてくれ。狭いから私は外に乗るよ」
「承知しました」

テオが私に手を差し出す。私を馬車の中に誘導し、自分は中に入らないようだ。

「テオは乗らないの?」
「ああ、後ろに立ってる。距離も近いし」

上司が中に入らないから自分も入らないということだろう。私が頷くと、アーノルドが声をかけた。

「テオ、奥方を一人にするなよ。気の利かないやつだ」
「は?騎士団長が外にいるって言うから、俺もそうするんでしょうが。第三は指揮系統がごちゃごちゃで、ついに騎士団長が箱から追い出されたって言われますよ」
「私は足が長いから仕方ないって言っておく。いいから座れ。命令だ、命令」
「はぁ……?なんだよ……。承知いたしました」

テオドールは納得いかない顔で馬車の中に入り、私の隣に座ってはぁ、と息を吐いた。

「ずっと喋ってたな。変なこと言われなかったか?」
「ううん、テオの昔の話を聞いてた」
「昔の……あの人、面白おかしく話を盛るから話半分に聞いておいてくれ。どうせ俺が見習い時代に手袋と間違えてスナナマズの口に手を突っ込んだ話とかしてんだろ。全部突っ込んだんじゃなくてちゃんと途中で気付いたし、泣いてないからな」
「その話は聞いてないよ」
「……そうか、じゃあ聞かなかったことにしてくれ」

テオドールは、騎士団の隊服を着て仕事の話をしているときは洗練された印象を受けるのに、今は同じ服でもすごく幼く見える。少し可愛いと思ってしまうくらいに。

「笑うなよ」
「ごめんなさい」

謝ったのに、ふふ、とつい笑い声が漏れてしまった。『ごめんなさい』と口にするのに、こんなに楽しい気持ちのままでいられるなんて初めて知った。
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