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長い物語の続きもハッピーエンドで
第一話 女神襲来!
しおりを挟む王都郊外、ゼーゲブレヒト侯爵邸の図書室。
西の一角にある円柱の塔は、地上三階建て地下一階で螺旋階段が中央を貫き、壁面にはずらりと本が並ぶ、ちょっとした知識の宝庫だ。天井に照明も兼ねている巨大な天球儀がゆっくりと回っている、史朗のお気に入りの空間でもある。
その一番下の地下部分には重厚な飴色の大きな机があって、史朗はそこが気に入りの場所だった。革張りの古書に囲まれた空間はなにより落ち着く。
今日は王の顧問として王宮に行く用事もなく、この図書室でゆっくりと禁書の解読をしていた。
世間に公開するにはあまりにも危険過ぎるとして、時の国王や高位の神官達の判断によって封印された書物の数々だ。それには、先の玉座崩壊の騒動をおこした魔法皇帝の闇の魔法書もあった。
第一王国期から数えれば千年の歴史を誇るアウレリア王国のこのような禁書は当然多い。戦乱の中で散逸したものもあるが、王宮の封印された書庫で見つけたのはかなりの数だった。
もちろん公に出来ない思想や裏の歴史、禁断の魔法ばかりだ。だが、先の魔法皇帝が復活したときを思い起こせば、その歴史や魔法を完全に忘れてしまうことも危険であった。
過激な思想や闇の歴史、禁断の魔法の記録の管理は厳重に、しかし忘れ去ることなく伝え、もしもの事態に備えること。
そのために史朗は今は禁書となった書物を、一つ一つ目を通している。崩れかけた羊皮紙に保護の魔法をかけて紐解き、失われてしまった古代語を、賢者に備わった叡智の冠の紋章を発動させて読み解いていく。
叡智の冠は賢者ならば生まれながら持っている魔法紋章だ。他の紋章のような属性を持たない。これはその名の通り知識を司るものなのだ。これさえあればあらゆる言語、知識を一瞥(いちべつ)だけで理解、吸収出来る。
天井でゆっくりと回る天球儀の放つ青の光。本が積まれた大きな机には、魔導具のランプの温かな光揺れる。それに照らしだされた白い顔は、十九の青年とはとても思えない、少女のように可憐だ。
肩を少し過ぎるまで伸びた黒く艶やかな髪が縁取る卵型の輪郭。肌の色は乳のように白く。長いまつげに縁取られた大きな瞳。そこに輝くのは二つの黒曜石の瞳。高すぎも低すぎもせず、絶妙な形のツンとした小ぶりの鼻。その下の唇も小さく、ほのかな薄紅に彩られている。
大きな革張りの椅子に、ほっそりとした身体を預け、机に広げた羊皮紙に夢中で目を走らせている。
禁書を紐解くときは余人を寄せ付けることなく一人、深くも邪悪な知識の魔法の数々、その由来の伝承にうなっていれば、いきなり「はあぃ!」と脳天気な声が響いた。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん!」とどこかで聞いたような文句だ。いや、それちょっと古くない?と史朗は思う。それに……。
「呼んでないし」
「もう、あいかわらず生意気ね」
空中から現れたのは、古代風の衣装まとった肌も露わな女性だ。両肩はむき出しで、出るところ出た胸の二つの膨らみは上の三分の一ほど露わになっているし、布を巻き付けただけに見える服の裾はくるぶしまであるが、片方に大胆な切れ込みがはいって太ももの半ばまで露わになっている。
波を打つ赤毛の髪に赤銅色の瞳に小麦色の肌。背丈は史朗よりもすらりと頭半分ぐらいは高い。
「久しぶりね、叡智の賢者。こちらの体感だと一千年ぶりってことになるかしら?」
「アウレリア王国歴からするとそうなるのか?炎の賢者。まずは任務ご苦労。一千人の種は無事にこの世界に根付いたようだ」
「そして、僕からも個人的にありがとう」と言えば、炎の賢者は軽く目を見開いた。
「驚いた。あんなに生意気だったあなたが、素直にお礼を言うだなんて」
「あなたにとっては千年としても、僕にとってはそれ以上の年月はたってる」
そう返せば、突然現れた目の前の女性はあきらかに表情を曇らせた。そして口を開く。
「そうね。わたし達はあなたを一人残して、新たな世界に旅立った。そこから先はずっと孤独だったのでしょう?ごめんなさい」
「謝罪ならば、あのときに散々受け取った。とくにあなたからは」
アウレリア王国期は千年だが、その前の神話の時代の年月は数にはいっていない。神話はいきなり滅びから始まる特徴的なものだ。
世界の崩壊と七人の賢者。彼らが作り出した箱船で千人の人々はこの世界に渡ってきた。
神話は本当で箱船を送り出すために残ったのが叡智の賢者だった史朗で、その箱船の“材料”となった六人の賢者のうちの、一人が目の前の炎の賢者だ。
炎という性質のせいなのか情が厚い女性で、最後まで残る史朗のことを気にしていた。
「それに千年の昔のことより、今のことを謝ってほしいんだけど?女神アウレリア」
そう、目の前にいる炎の賢者は、こちらでは女神アウレリアとなって世界を見守ってる。
「わぁ、いきなり現れて分かっちゃうんだ。さすが、叡智の賢者。それともシロウちゃんって呼んだほうがいい?」
「シロでいい。ちゃん付けはいらない」
「シロウじゃないの?」
「そう呼んでいいのはヴィルだけだ」
「あら、旦那様と熱々なのは妬けるわね」
「からかうな」と反射的に口を開こうとしたが、大きな机に腰掛けて、こちらを見ている女神は意外なほど慈愛にあふれた表情で微笑さえ浮かべていた。
「うれしいのよ、シロ。あなたがちゃんと愛する人を見つけられて」
「…………」
「恋はいいものよ」なんて昔この女賢者が言っていたことを思い出す。あの頃はそんなものは叡智の役に立つのか?と思っていたけれど。
「だけど、それと僕がこの世界にすっ飛ばされたのは別だ!しっかり謝罪してもらおうか!」
アウレリア女神が、炎の賢者とわかった以上、やはり聖女召喚に自分が巻き込まれたのは、このアウレリア女神の意図的なものだったのだ。
「かっこよくて素敵な旦那様に出会えたんだからよかったじゃない?」
「それは結果論だ!だいたい、僕はともかく異世界の少女まで巻き込んだんだぞ!昔っから、あなたは考えなさすぎだ!」
そうこの女賢者。炎という性質のせいかかなり大ざっぱなのだ。よく言えば豪快。悪く言うならいい加減。
「それに関しては謝るわ、ごめんなさい。元の世界に戻ったあの子は、あなたが記憶を消してくれたから普通に生活しているわ」
「そうか、それはよかった」
聖女とされたノリコの様子はわからなかったから、史朗はホッと息をついた。女神が素直に謝ってくれたから、このことは良しとする。
だけど、自分の前にいきなりその女神が現れたことに、史朗はひっかかる。
「聖女は元の世界に帰ってしまったし、まだるっこしい神託なんてしなくても、あなたがいるんだもの。
だったら、あなたに直接話せばいいと思って」
女神はにっこりと微笑んだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
神はたしかに存在する。それはすべての次元を超越した存在であって、揺らぎであり、人間の意識や思考などおよびもつかない存在だ。
では、この世界にいるアウレリア女神はどうなのか?というと、史朗は会って確信した。
彼女は女神は女神でも、本当の神ではなく、この次元に依存する神の下位存在だ。この次元が崩壊すれば彼女もまた消滅する。
そもそも、元は人間の炎の賢者であった女性なのだ。
崩壊した次元から千人の人々を運ぶとき、史朗以外の六人の賢者は、次元を渡る舟である箱船の“材料”となった。
自らの魔力のすべてをそそぎ六人の賢者の魔法紋章を編んだ舟が箱船と呼ばれるものだ。その時点で彼らは肉体を失った。
そして精神と魂は箱船が飛んだ先で解放されたはずだ。だから別の次元に魂を飛ばすのも、この世界で転生するも自由だったはずだ。
だが、情け深い炎の賢者は、新しい世界に飛んだ千人をそのままに出来ず、導くことにしたのだ。
そうして、彼女はいつのまにか女神アウレリアとしてあがめられ、その人々の想いをもって、彼女もまたこの次元に縛り付けられる女神となった。
ちなみに箱船の材料となった賢者達の魔力の残骸は、六つの月となってこの世界をぐるぐると回っている。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「それで女神アウレリアがお前に挨拶しにきたと?」
夜着姿のヴィルタークが訊く。ここは侯爵邸のヴィルタークの寝室というより、今は二人の寝室だ。裸で抱き合うこともあれば、ただ寄り添って眠るときもある。とにかくいっしょに眠る。
その就寝前に、二人きりとなって史朗は「あのね」と昼間のことを話したのだ。
史朗が神話に記されている、始まりの七人の賢者であることは、ヴィルタークしか知らない、二人だけの秘密だ。他の人々には史朗は賢者は賢者でも、女神アウレリアに召喚された異世界の賢者ということになっている。
これはヴィルタークの悪友?であり、この国の宰相であるムスケルも知らない話だ。隠しているのは後ろめたいけれど、いまだって魔王を倒した賢者様、なんて尊敬の目で見られているのだ。
これで実は創世の賢者の生まれ変わりです……なんてカケラでも話したら、生き神様みたいにあがめられてしまいそうだ。
「しかし、驚いたな。女神アウレリアが直々に挨拶にくるとは、さすが創世の賢者様だな」
「ヴィルまでよしてよ。話したとおり、女神アウレリアは、炎の賢者だったってだけだよ。叡智の冠のおかげで、僕は彼女の姿も見えるし、直接会話が出来る」
「聖女への神託ってなかなか大変なのよね」と女神アウレリアはぼやいていた。たしかにいくら魔力が強く、彼女と波長があっていても、完全に普通の人間のように話すというのは難しい。だからお告げというのは必要最低限の短さで、あいまいだったりするのだ。それによる解釈違いの、人間の都合のねじ曲げだって起こってきた。
「あなただったら、その心配はないものね。今日は挨拶だけ。じゃあまたね~」とかるく女神は消えてしまった。史朗としては正直。
「嫌な予感しかしないんだけどな」
「女神が直接預言をくれるならば、ありがたいだろう?」
「あなたらしい器のでかさだけどね。彼女には甘い顔をしないほうがいいよ」
古来から、神様なんて結構わがままなものなのだから。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
神様以外にやっかいなのは、マッドな魔法使いと狂信的な聖職者だと思う。
「賢者様!わたくしめの崇高なる魔法論文を添削してくださって、ありがとうございます。あのお美しい赤の筆跡はわたくしめのためを思ってのお言葉。このゲッケ、感涙の涙にむせびお美しい文字が思わず見えなくなるほどでした」
王宮にある宰相の執務室。大きな執務机の椅子にゆったりと腰掛ける史朗の反対側にいるのは、あいかわらず派手な紫のガウンに魔導具のアクセサリーだらけの宮廷魔術師のゲッケだ。
聖女の召喚に巻き込まれてやってきた史朗を、初めはまったく眼中にないゴミとして見ていたのだが、それが異世界からの賢者とわかったとたんのこの手の平返しだ。
「賢者様、厚かましい申し出ですが、これからもわたくしめの革新的論文の添削を……」
「断る」
「あっああ!つれないお言葉、あんなにご親切にもわたくしめの魔法論文を添削してくださったではないですか」
「それはムスケルに頼まれたからだ」
宰相として忙しいあれに押しつけられたこいつの予算請求の論文の添削をしただけだ。実現不可能な机上の空論の。当然予算はつかなかったが。
「だいたいお前の論文は破綻だらけだ。僕は良い子の魔法書から始めろ!と書かなかったか?」
「おお~師は見所ある弟子には厳しいものです。是非是非、このわたくしめが魔法の探求に精進できるように、鞭打つような厳しいお言葉を」
話に熱がこもりだしたゲッケは左右にカサカサと嫌な効果音がつきそうな動きをしだす。
なんでこんな動きになっているかというと、史朗への接触禁止令を、国王代理のヴィルタークから厳命されているからだ。
史朗の足下にひざまづいて、さらにはそのブーツを引っ込んで、靴底に頬ずりするというヘンタイ行為をやらかしたせいだ。
「ああん~むしろ、本当に鞭でぶって……」
それ以上の言葉は精神が穢れそうだったので、史朗は風の魔法を詠唱もなしに発動させて、ゲッケの身体を己の執務室の外に吹っ飛ばした。
ごろごろとゲッケの身体が転がっていく。「ありがとうございま~す」という気持ち悪い声が、見えない魔法の手が開いた扉の向こうに消えた。扉をぱたんとしっかり閉じて、執務机の椅子に埋もれるようにもたれかかった史朗は「ふう……」と息をついた。
しかし、災難?とは続くものである。ゲッケに続いて今日は、宮廷神官の訪問を受けた。面談の確認を自分付の秘書官から受けた史朗は、遠い目で「お通ししろ」と告げた。
そして。
「……このように偉大なるアウレリア女神は人々に慈愛と光を与え、歴代の聖女様は女神様の化身として人々を救済なさったのです。
そして、異世界の賢者であるあなたは、女神様に召喚されてこの世界に来られたかた。ぜひぜひ、名誉神官長の称号授けたいと、大神官長猊下もおっしゃられております」
「ありがたいお話ですが、お断りします」
アウレリア女神の神話と歴代聖女の話を聞くのはこれで何度目か?そして、これを断るのも同じ数だなと、史朗はほとんど無の境地になりながら返す。
「賢者殿はまったく奥ゆかしい。しかし、ご遠慮されるのはそろそろ止めにして、我らのお心をおくみになってくださいませんか?」
「はあ、しかし、うちは浄土真宗でして」
「じょ、じょうど?」
「日本人定番の無節操さですよ。当然クリスマスにはケーキを食べ、お正月には神社に初詣に行く」
「くりすます?じんじゃ?」
首を傾げる神官を今日も史朗は煙に巻くのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「疲れているようだな?」
史朗の執務室と国王代理であるヴィルタークの執務室は近い。その間にあるサロンがこの頃の二人の休憩場所となっている。
午後のお茶の時間。アウレリアの人々はお茶とそれを楽しむ時間をこよなく愛している。宮廷から地方の村々まで、かならず午前と午後のお茶の休憩をとり、ちょっとした茶菓子をつまむ。
「ゲッケと宮廷神官が立て続けに執務室に来たんだよ」
史朗の言葉にヴィルタークが「それはお疲れだったな」と苦笑する。
「俺のほうにも、邪悪な魔王をしりぞけた聖人として、生前列聖したいと話が来ている」
その言葉に史朗は軽く目を見開いた。この世界の神殿史にも目を通したから知っているが、聖人認定は死後されるものであり、生きているうちというのは前代未聞だ。
「それだけ神殿はこちらを取り込みたいのだろうな。
なにしろ頼りの聖女はお前が元の世界に帰した」
「ノリコちゃんはあちらの世界で無事に暮らしているって、このあいだ女神アウレリアが言っていたけど」
「それはよかった」
偉大なる大王と呼ばれた、ヴィルタークの実の父であるジグムント王の時代。政治にまで口出しするようになっていた神殿の権力は、この王によって大幅に削られた。
神殿と神官の役割とは女神を讃え奉仕すべしと、政教分離の考えを浸透させたのだ。
しかし、一度手にした権力の味を人間なかなか忘れないものだ。ジグムント王亡き後、一年に王が二度も替わるという王家の混乱に乗じての、聖女召喚によって神殿はかっての権力を取りもどそうとしたのだ。
その聖女召喚だが、実は召喚されたのはオマケと思われていた史朗が異世界の賢者で、魔王として復活しかけた魔法王をヴィルタークとともに撃退。さらには聖女として召喚されていた異世界の少女ノリコを元の世界に帰した。
「神殿側としては失った聖女様の代わりに、賢者である僕とヴィルタークで、政治的権力を取りもどそうって考えなんだろうけどさ」
しかし、簡単に利用できる人物かどうか、よく見てから仕掛けるべきだと史朗は思う。ヴィルタークが聖人にすると言われて喜ぶと思うのだろうか?
「僕だって名誉神官長なんて面倒くさいものは嫌だよ」
「はっきり断れないところが、お互い辛いな」
「宗教はどこの世界でも微妙な問題だからね」
権力は失ったとはいえ、アウレリア女神を国名とするこの国では、神殿の権威と民衆の信仰心は高いのだ。
「そもそも、僕、よくわからないし」
賢者様でも?と言われそうだが、崩壊した世界では宗教なんてものはなかったのだ。さらに転生した日本では八百万の神ときている。なんでも神様にしてしまう国民性だ。
「神は死んだ」
「なんだそれは?」
「僕の世界の有名な哲学者の言葉だよ」
「それは神官達が泡を吹きそうな文句だな」
二人は顔を見合わせて苦笑しあったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ヴィルタークが国王代理となって、初めてのアウレリア王国の花祭。
この日は賢者に導かれた箱船がこの地に降り立った日とされていた。アウレリア王国のみならず、すべての国々が世界の始まりとアウレリア女神を讃える祭でもある。
今年の花祭は、大いにもりあがっていた。なにしろ二年ぶりなのだ。去年一年は、コロコロと王が変わり、その喪中ということもあって、祭としてやることはやったが、かなり縮小されたものだったという。
なのでそのうっぷんを晴らすかのように、今年はひときわ華やかに。王都のすべての家々の扉には祭の象徴である花輪が飾られていた。
大通りの商家の家々のものなどは、人がくぐれるほど大きい。さらに豪奢なものとなると両わきに花車も添えられている。
そして、王宮にもその花輪があちこちに飾られていた。女官達の髪にも、建国祝いの儀式につどった貴婦人達の髪にも花が揺れる。
そして、大広間につくられた仮の玉座の間。黄金の椅子の前に国王代理であるヴィルタークが立つ。
本日の彼の服装は、儀式ということで聖竜騎士団の制服ではなく、体格のよかったジグムント大王の儀典用の服をそのまま借りた。通常ならば新調するところだが、こんなところにも国王代理の質実剛健の精神が現れているようだった。
深い青の長衣に、白のケープ付きの裾を引く毛皮マント姿に、廷臣達の間からは思わず「ジグムント大王様」と偉大なる王と彼の姿を重ねて声が漏れる。
彼は片腕に王冠を抱えていた。玉座に座ることなく王冠をその頭にのせることもない。自分は国王代理であるという、強い姿勢の現れだった。
そして、続いて広間に入ってきた可憐な姿に人々は再び目を見張る。
艶やかな黒髪はいつものように横の毛を編み込むことなく垂らしたまま。頭には色とりどりの花の冠を被っている。
白い古代風の長い衣にも、右肩から斜めに腰にかけて花々の飾りがあしらわれていた。裾をひくマントは透けるきらめく布で出来ている。
それはまるで伝説の妖精のようで、黄金の玉座の前で対峙する堂々たる国王代理と、ほっそりと幻想的な異世界の賢者の姿に人々は、うっとりと見とれたのだった。
史朗が両手に持っていた花冠を、ヴィルタークが差し出した王冠に被せる。
そのとたんに静まり返っていた大広間が、歓声に包まれる。「アウレリア万歳」「建国万歳」との廷臣達の歓声を、国王代理と賢者は受けたのだった。
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