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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど
第14話 史上最大のペテン その一
しおりを挟むとんでもないペテンだなと、ヴァンダリスは心のうちで己をわらう。
新たなる聖剣など……これは聖剣ではない。魔法街にて新しく作らせたものだ。連日の徹夜でぐるぐる眼鏡の下まではみ出したクマを作ったハーゲンティにこの剣を渡されたときに「三日で作れなんてひどい無茶ぶりだよ」と文句を言われたのだった。
「新たなる聖剣です……と?」
バルダーモが驚愕の表情で、ヴァンダリスと彼のかかげた剣を見ている。「馬鹿な……」と言いながら、己の腰の剣に触れた。
勇者と魔王の千年の戦いが人界と魔界で仕組まれたものだと知ってはいても、まさか聖剣まで魔界で作られたものとはバルダーモは思っていないのだろう。
なにしろ、聖剣が抜けたことで、自分が女神に選ばれた次の勇者だと、そのよりどころとしたのだから。
「女神に授けられたなど、そのようなことにわかには信じられません」
「信じなくてもいい。その聖剣も聖剣であることに変わりはないからな」
ヴァンダリスの言葉が分からないと、バルダーモはけげんな顔となる。たしかにここで、新たに女神に授けられた聖剣こそが正当であり、古い聖剣はすでに役目を終えたと自分が言うと思ったのだろう。
だが、それは今までの民衆を騙してきた、教会や王侯ののやり方となにも変わらない。うそでうそを重ねて塗りたくって、取り繕った虚像など。なによりヴァンダリスが面白くない。
どうせペテンをやるならば、思いきりはったりをかまして派手にだ。
「聖剣同士の一騎打ちを申し込む。俺が勝ったならば、法王国には魔界と人界との和平を認めてもらう」
ヴァンダリスの言葉に「魔界との手を結ぶなどあり得ない!」と頑迷な聖職者達の声が飛ぶ。声をあげているのは主に、高位ではない司祭や一番の神父達だ。修道女達は声をあげることはなかったが、けわしい表情となっている。
彼らは一般の民衆と同じく何も知らないに違いない。
そんな非難の声など気にせず、真っ直ぐにヴァンダリスはバルダーモを見た。そして口を開く。
「俺が負けたならば、おとなしく法王国にその身を預けよう。どのようにされようとも文句はいわない」
もちろん、その結末は魔界と手を結ぼうとした、異端者の烙印を押されての処刑か。魔王を倒した勇者の名をおとしめることは出来ないと、おそらくは公にされることなく、闇から闇に葬られることなるだろう。
「よかろう、その勝負受けよう」とバルダーモが返せば「猊下」と早速法王の尊称で周りの枢機卿達が彼の名を呼ぶ。「このような背教者の口車になど乗る必要はありません」「新しい聖剣など真っ赤な偽物です!」と口々に彼らは言う。
その通りだともヴァンダリスは内心で思う。バルダーモがこの勝負を受ける必要はない。ヴァンダリスを指さして、前の法王のごとく異端と決めつけて、後ろに控える聖堂騎士達に、自分の捕縛を命じればいいだけだ。
しかし、バルダーモがそうしないだろうことを、ヴァンダリスは読んでいた。彼は己が聖剣に選ばれた新たな勇者だと信じている。その信念がある限り、あらたなる聖剣を得たという勇者と決着を付けねばならない。
「だが、ヴァンダリス。あなたが法王国に身を預ける必要はない。私が勝ったならば魔界へ去り、二度と人界に足を踏み入れないと、そう誓っていただこう」
一度はヴァンダリスを罠にはめて、殺そうとした男だが、しかし、それはヴァンダリスに対する憎しみからではない。自分という象徴がなくなれば、魔界との和平は白紙となるという考えからだ。
バルダーモはどこまでも、公明正大な男でだった。いや、そうでなければならないと自分にかしているようにヴァンダリスには見えた。
どこまでも清く正しい者であれ……と。
「私はあなたに勝つことで、この聖剣が正しいことを証明してみせる!」
「正しいか正しくないかなんてどうでもいい。俺は人界と魔界の新しい未来を開くだけだ」
新しい未来と……その言葉にバルダーモの顔が一瞬、苦しそうにゆがみ彼は「まだ、早すぎる」と小さくつぶやいた。
「いざ、勝負と言いたいところだが、ちょい待った」
「まさか、ここに来て怖じ気づいたなどというのではないでしょうな?」
ヴァンダリスの言葉にバルダーモはいささか出鼻をくじかれたとばかり、眉間にしわを寄せた。確かに互いに聖剣をすらりとさやからぬき、その白銀の輝きを陽光にはじけさせて、いざ勝負の瞬間にヴァンダリスだって言いたくもない。
が。
「ここで聖剣同士がぶつかってみろ。俺達はともかく周りの観衆が吹っ飛ぶぞ」
ヴァンダリスもだが、バルダーモとて勇者候補であり、今は聖堂騎士団団長なのだから、聖魔法の最高の使い手だ。それが、魔力をのせて聖剣をぶつけあわせたらどうなるか。
それにびくりと一番の反応を見せたのは、これも聖魔法の使い手である枢機卿や高位の聖職者に、白銀の甲冑をまとった聖騎士達だ。それをヴァンダリスは眺めて口を開く。
「とはいえ、場所を移してなんて興ざめだ。だから“壁”を呼んである」
「壁?」とバルダーモが問う声と同時に、対峙する二人のあいだに転送陣の光がまたたき、姿を現したのは黒衣の男だ。腰まである黒髪に紫の瞳、白皙の美貌とその長身に、人々はあっけに取られて見とれたあとに、ようやく人間とは違う、尖った耳の特徴に気付いて叫んだ。
「魔族だ」
「法王国の中心たる原初の聖堂に魔族だと!」
どころか、そいつ“元”魔王なんだけどな……と、ヴァンダリスはつぶやく。そしてアスタロークはなにも言わずに、二人の周りに強固な結界を築いた。「わわわ」とその結界にはじかれた人々が慌てる。せいぜいが軽く飛ばされた程度だ。みな尻餅をついた体勢から起き上がれば、群衆は円形の大きな広場の周りに押しやられていた。
そして広場の中心には向かいあうヴァンダリスにバルダーモ。アスタロークが長い足を動かして、自ら張ったその結界の外へと出た。
結界には幾人かの、聖堂騎士達が体当たりをしていたが、まるで彼らは見えない壁にはじかれているかのように一歩も中へと入れなかった。
そしてアスタロークの白い顔には、他の聖堂騎士達の剣が突きつけられた。「今すぐこの結界をとけ!」と彼らは声を荒げる。なかには「魔王!」と叫ぶ者もいて「まさか、あれが噂の魔王」とおそれおののく聖職者達もいた。
「結界の中に入ってどうする? 騎士同士、誓いを立てた一騎打ちを邪魔するというか?」
冷静にアスタロークが訊ねれば、騎士達は言葉に詰まり「じゃ、邪魔など……」と続けて。
「ま、魔族の張った結界など信用出来ん!」
「これは勇者ヴァンダリスの望みだ。聖剣の使い手同士ぶつかれば、人々に被害が及ぶとな。勇者が育った聖堂騎士団の者が、その勇者を信用出来ぬか?」
アスタロークの言葉に聖堂騎士達がぐっ……と言葉に詰まり、そして「確かに騎士が騎士の誓いを信じなくてどうする?」と後方から声がした。
それはグラシアン司祭だった。中年の聖堂騎士団では団長と同格と言われる剣の使い手は、いつもの柔和な表情を収めて、鷹のように鋭い瞳でアスタロークを射貫く。
「二人とも剣の手ほどきをしたのは私だ。互いにした騎士の誓いをみじんも破るような者に育てた覚えはない」
そして、アスタロークの張った結界の中で、両者激突した。双方、聖魔法をのせた聖剣が重なり合い、その光の奔流が結界内でまぶしく瞬く。結界に激突しバリバリと音を立てる雷光に、もしこの結界がなかったら……と人々はぞっとした。
まっ白に染まった結界内では一瞬二人が姿が見えなくなるほどで聖堂騎士達でさえ、そのまぶしさに目をすがめたほどだ。それを真っ直ぐ見つめているのはアスタロークのみだ。
さすがのグラシアンも手をかざしながら「魔界の王よ」と呼びかける。
「私は王ではない。勇者と対決するものを魔王と呼ぶのは、そちらの便宜上のことだ。我が名はアスタローク。魔界の月明かりの隠れ里を治める領主にして、八大諸侯の一人だ」
「では、魔界の諸侯のお一人よ。ヴァンダリスが敗れたならば、彼を連れて疾く人界からお去り願いたい。そして、バルダーモ猊下が望むように、二度と魔界から出て来られないことを。ヴァンダリスはもちろん、あなた方魔族のただお一人も」
「それは私もある意味で望むところだな。馬鹿馬鹿しい人界の雑事からあれを解放して、我が腕のなかでゆっくり休ませてやることが出来る」
「……諸侯殿はヴァンダリスが負けることをお望みか?」
意外だとばかりに、グラシアンが片眉をあげるのに、アスタロークはふっ……と皮肉に笑う。
「妻の負けなど望む夫があるか。私はあれが勝つと固く信じている」
結界の中では互いの聖剣に光をまとわせた、勇者達が激しく戦っていた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
周りからみれば、バルダーモが一方的にヴァンダリスを押しているように見えただろう。それほどバルダーモが攻撃一方に回り、ヴァンダリスがすべて受けている形だ。
実際、熱くなった聖堂騎士が「そこだ! 団長!」「これで勝てる!」などと声援をおくる。全員が瞳を輝かせて頼もしい団長であるバルダーモを見ていた。崩れることなくどこまでも正しい型で戦うその姿をだ。
しかし、彼らは分かっているだろうか?
ヴァンダリスがバルダーモの激しい打ち込みを受けながらも、その場から一歩も下がっていないことを。
アスタロークは戦う二人をじっと見つめている。周りのバルダーモに対する一方的な声援や応援の視線など全く意に介していない。グラシアンは、そんなゆったりとした魔界の諸侯の姿をちらりと見る。
ヴァンダリスの勝利を確信しているというより、それが当たり前だいわんばかりの態度に「まったく」と二人の剣の師はため息を一つ。
「すでに私の手を離れているうえに、おそらく手合わせすれば、私が確実に負けるだろう、あれにすでに言うことではないがな。
これで私の弟子のままなら『手抜きをするな!』と怒鳴るところだ」
中年剣士のつぶやきは、さかんに声援をあげている周囲の騎士達の声にかき消されて、となりにいるアスタローク以外には聞こえない。実際、彼はアスタロークに話しかけている。
「手抜きではない。手加減してるのだ。あれが本気を出したら“並”の人間の身体では、カケラさえ残らんぞ」
「私の結界も吹っ飛ばした」とアスタロークが言えば、中年の騎士は軽く目を見開く。
実際、新たな聖剣をためそうと、アスタロークに結界を張ってもらってから、ヴァンダリスは練習用の木人形に聖剣を振り下ろしたのだ。
ただの木人形ではない。魔道具街特製の金剛石並に固い頑丈なものだ。それが聖剣の光にたちまち蒸発し、さらにはアスタロークの結界も吹っ飛ばした。
魔道具街の地下練習場だったからよかったというべきか、爆発の振動に上の魔道具街が「地震か!?」と騒然となった。
「計測不可能……」と試用に立ち合ったハーゲンティがゴーグルを頭の上に上げながら言う。ヴアンダリスがそんな彼を振り返り「いくら新しい聖剣だって、これヤバすぎじゃないか?」と訊ねた。
「規格外なのは君だよ、ヴァンダリス。人間相手にそれ使うなら、せいぜい気をつけないと、相手を殺すどころか、骨も残さず消滅になるからね」
「手加減って……一番、俺が不得意な奴じゃないか」とヴァンダリスはぼやいた。
「断っておくが、魔界があれの身体にどうこうしたということはないぞ。あれは“目覚めた”ときより、ああだからな」
“目覚めた”とその言葉にグラシアンは「ふむ」とあごに手を当てる。
「たしかに、先日、翼の砦で長い旅から戻って来た、ヴァンダリスを見たとき、感じたままを言えば。
私の良く知る青年でありながら“違う”とも感じた。悪い意味ではなく生まれ変わったというべきかな」
「そろそろ、決着がつくか」と続けて、中年騎士はつぶやいた。
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