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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第11話 聖剣の選択 その一

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「ヘルムはしばらく反省房行きだ」

 バルダーモ枢機卿がヴァンダリスの横にやってきて告げる。
 反省房とは規律違反を犯した聖堂騎士が放り込まれる場所だ。そこでひたすら女神に祈りをささげて、己の罪を反省し、許しを請う。

「しばらく頭を冷やすのは仕方ないが、俺はそれ以上の処分は望んでいないぞ」
「手合いで魔力を暴発させるなど、即刻追放ものだが、君がそう言うなら反省房三日に、見習い降格一月ほどで手をうとう」

 一月だけとはいえ、あの歳で見習い騎士の少年達と、同僚の騎士の下働きをしなければならないのだ。「そりゃ、いい罰だ」とヴァンダリスは苦笑する。

「その口調が本来の君か?」
「あ、いや、これは……」

 ヘルムを相手にしてすっかり素に戻っていたとヴァンダリスは、決まり悪い顔となる。別にいまさら“私”と取り繕うつもりもないが。

「まあ、市井にもまれたってことだ」
「なるほど、君は勇者としての旅で色々見てきたようだな。私達よりもよほどよく見える目をもっている」

 バルダーモ枢機卿はいつもの黒の修道服姿ではなく、白く裾の長い夜着姿で、その胸元は少し開いていた。ちらりと首元から下げた女神の印が見える。赤と青の石も。
 それを見たヴァンダリスの横を彼は通り過ぎて、そして、回廊に集った騎士だけでなく、部屋の窓から下を見る騎士達も見渡した。

「みんな、今から話がある。全員この修練場に集まってくれ」

 バルダーモがなにを話すのか、ヴァンダリスには見当がついた。まだ早いんじゃないか? と止めようと、一歩前へと出かかれば、その前に立ったのはグラシアン司祭であった。彼は自分と枢機卿の剣の師であった、そんな凄腕の剣士とは思えない穏やかな微笑を浮かべていた。

「団長はすべてを決意してなさっておいでです。騎士団員たちのどのような非難も受けると」
「……そうか、それなら俺もなにもいうことはないな」

 返せば「ふう」とグラシアン司祭がため息をつく。「俺などと、まったく言葉使いが悪くなって」というので。

「失礼しました、グラシアン兄弟。あなたの前では“私”はとくに気をつけるようにしましょう」

 “私”に力を込めて言えば「今さら取り繕ってすましたあなたの言葉など、聞けば吹き出してしまいます」と返された。これは普段の口調でいろということだろう。

 ヘルムを反省房に入れた、騎士二人が戻ってきたところで、バルダーモ枢機卿は語り出した。先に彼の話を知る幹部達は彼の後ろに、その他の団員は彼の前に、ヴァンダリスもまた、その横にいて、真実を知らない団員達が驚愕の表情に変わっていくのが見えた。
 「そんな、では王侯や教会の上層部は真実を知りながら、我々を欺いていたというのですか?」「信じられない。いくら団長のお言葉でも」とまだ年若い騎士達の動揺は激しい。なかには「団長までその勇者に騙されているのでは!?」という者は、ヘルムと同じく、ヴァンダリスに敵意の視線を向けてきた者達の一人だ。

「栄光ある聖堂騎士団がこのようなことで動揺するとは見苦しい!」

 そう一喝したのはグラシアン司祭である。それだけで一斉に静まり返るのは、さすがに統制がとれた騎士団といえた。

「教会がうそをついていた。それは事実だ。
 だが、それで我らが信仰まで揺らぐのか? 
 聖堂騎士団の誓いは女神エアンナに対してのもの。我らが剣が守護するのはその信者達。けして、王侯貴族や、そして法王国というただの器を守るものではない」

 グラシアンの言葉に若い騎士達はなにかにうたれたように目を見開いた。ヴァンダリスも内心で中年の騎士のゆるがなさに舌を巻いていた。ヘルムの狂信者ぶりなど、この殉教者の鋼鉄の魂には足下にも及ばないだろう。
 その信仰が女神にあるのならば、法王国などただの形に過ぎないと彼は言いきったのだ。ならば聖堂騎士団は女神とその信徒を守るのみと。

 そして時間はまだ真夜中、各自部屋に戻るようにと言われたが、それでも若い騎士達には浮かない表情の者達も多かった。そんな若い彼らの肩を叩いているのは、六つある部隊の部隊長と副部隊長達だ。おそらくは朝まで眠れないだろう彼らを、各部隊にあてがわれた部屋にて、朝まであれこれ話をするのだろう。そんなときは部隊長秘蔵の酒も出る。

「副部隊長までには、私が前もって話をしてある」

 バルダーモ枢機卿の言葉になるほどと思う。この騎士団は共に生活する修道院ということもあり、各部隊の結束は固く、部隊長や副部隊長は父親か兄のように部隊員達には慕われている。年若い騎士達の不安も、上官と話すうちに解消されていくだろう。

「君も寝たほうがいい、ヴァンダリス。明日はもう異端審問官は来ないが」
「……二日で諦めたか。根性がないな」

 それともヘルムをあおったのは、あちらの勢力か? ともヴァンダリスは考える。異端として裁けないのなら、暗殺を……とは短絡的だが効果的ではある。
 だが、そのことでヘルムを追及するつもりはヴァンダリスにはない。だからこそ、反省房行きだけでいいと、バルダーモに告げたのだ。

「だが、夜には訪問者がある」

 五日と言ったが思いの他に帰還が早かったと、バルダーモが言った。
「明日、この砦にひそかに皆が集う。それまで、各自の名は告げられないが」
 「わかった」とヴァンダリスはうなずく。魔界との和平を望む、法王国の穏便派との話し合いだが、今のところバルダーモしか、ヴァンダリスは知らない。

 彼は初日の訪問のときに顔合わせの時までは、各自の名を伏せておきたいと、同じようなことを告げた。危篤の法王を中心とする過激派の力は強く、高位の聖職者であっても、魔界との和平などと少しでも口にすれば、命が危うい状態なのだとも。
 バルダーモがヴァンダリスと接触出来たのは、聖堂騎士団という武力と、翼の砦という治外法権に守られてこそだ。

 それとてもヘルムのような、強固な信仰ゆえにヴァンダリスの命を狙うような者も出たのだ。気をつけすぎてつけすぎることはない。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 朝、目覚めると目の前に超絶美形の顔があることには、すっかり慣れたか? というと、慣れたような気もするが、まじまじ見てしまうのはもはや習慣だ。
 しかも、いつもアスタロークのほうが先に目覚めて、その紫の瞳で自分を見ているのだ。
 「あんた、いつ寝てるんだ?」と訊ねたことがあるが「当然寝ている」という返答がきた。

「いつも俺の顔じっと見てるな」
「お前の髪が天蓋のカーテンのすきまからさす、日の光に照らされて王冠のように美しく輝いて綺麗で見飽きない。いつも勝ち気な蒼天の瞳が閉じたまぶたに隠されて残念だが、長い金色のまつげが影を落とす白い頬もいいな。目を閉じているせいで、ひどく幼くあどけなく見えて、いつもは私に憎まれ口ばかりたたく、唇もほんのり開き気味の薄紅色の花のようで……」
「それ以上はいい。俺が恥ずかしくて死にそうだ」

 よくもまあ、こうさらさらと流れるように、美辞麗句並べ立てられるものだ。それも真顔で、本人が本心から思っているとわかっているからこそ、恥ずかしい。
 ちなみに目覚めるたびに、目の前の顔にヴァンダリスも思わず見入っているとは、内緒の話だ。
 この翼の砦の貴賓室でも、当然二人は一緒の寝台で寝ていた。天蓋付きの寝台は広く、男二人で寝ても支障はない。先にこの砦で抱かれるどころか口付けも拒否すると、アスタロークに宣言したヴァンダリスだが、夜はいつものごとくしっかり抱きしめられて寝ていた。まあ、これぐらい許さないと、この元魔王様が暴走しそうだから。

 世話係の従卒をつけるか? と砦側から言われたが、この騎士団での修業時代は、自分のことは自分でやっていたと断った。アスタロークの領主の館で暮らすようになってからは、世話係のメイドのアナベルがあれこれ世話してくれるので身を預けているが、盗賊暮らしでも、勇者としての旅先だって、いつもの一人で世話係なんて連れて行ける環境でもなかったから、自分のことは自分で出来る。

 が、実の所アナベルは最後の最後まで、自分についてくると主張してきかなかったのだ。いくら魔力の強い魔族とはいえ、女は危険だからと言うと、男装して従卒としてついてくるとまで言い張った。結局アスタロークに「私が共なのだから心配ない」と言われてしぶしぶ引き下がったが。
 領主のアスタロークにこそ、世話係が必要だと思うんだが、そこのところの基準がわからん。

 そして、翼の砦に旅立つ時に、これをお持ちくださいと、自分付きのメイドは迫真の表情で、ヴァンダリスにデカいチェストを差し出したのだった。いくらデカくてもヴァンダリスの魔法倉庫の広さは、並ではないから別に構わないが、なにが入ってるか聞くのも疲れて放り込んだ。
 それを見届けてアナベルは言ったのだ。

「お一人でもお着替えに支障がないものを入れましたが、けして“手抜き”なさらないでくださいね」

 「旦那様がいらっしゃるので、心配はいらないと思いますけど」となにがどうしてアスタロークがいるから安心なんだ? と思ったが。

 チェストの中には案の定? ぴらっぴらのシャツにレースのクラバットにそれをとめるブローチに、ジレや上着のコートが入っていた。
 着なければ館に帰ったあとでアナベルがうるさいだろうし、これしか着るものがないんだからと、ヴァンダリスは袖を通しているが。

「今日のクラバットの飾りのブローチは、ルビーがいいな。それに合わせてジレも赤に金の刺しゅうがはいったものがいい。あるだろう?」
「…………」

 アナベルに渡されたチェストの中身をどうして、アスタロークが知っているんだ? とヴァンダリスは思ったが、正直服なんて着られればいいと思っているので、彼の指示通りにシャツにジレをひっかけて、クラバットをしめて、ブローチを付ける。

「曲がってるぞ」
「ん」

 そして、アスタロークの手が伸びて、衿元やら裾やらを綺麗に整えるまでが、朝の儀式? だ。
 たしかにアナベルがアスタロークがいるなら、安心という意味がわかる。こいつがあれこれ言わなければ、ヴァンダリスはひらひらではあるが、シャツだけひっかけて、クラバットも結ばず、当然ジレにも寒くもないからと袖も通さなかっただろう。

「あんたは黒づくめだからいいよな」

 と嫌みみたいに言えば「お前が選んだのだろう」と言われた。たしかにその美形すぎる顔を隠せと、かぶとを被せたのは自分だ。
 そんな威圧感たっぶりの動く黒いよろいを背に、ヴァンダリスが向かったのは、団の食堂だ。これも初めは食事を運ばせると言われたが断った。勝手知ったる古巣の騎士団だ。食事にこだわりはないし、この団の食事はうまい。

 時刻はちょうど早番が昼をとる時刻だ。昨日の夜ですっかり寝過ごしてしまった。団に居た頃なら、昼近くまで寝ている怠惰なことなど許さないが、今は客だ。それに夜には和平派との話し合いがある。そこであくびを連発したくない。
 今日の昼はレバーの肉団子のスープに、皮がばりっとなるまで焼いた鶏。付け合わせは酢漬けの野菜に、雑穀と豆を炊いたもの。それにいくらでも食えとばかり添えられた、平たい焼き立てのパン。

 ヴァンダリスの横に、黒い甲冑の騎士が座る。かぶとは当然外さず、口の部分だけをさげて、もくもくと綺麗に食べている。団の飾り気のない料理だ。「味はどうだ?」と聞いたら

「なかなかに素朴な味でよい」との返事だった。
「あの……」

 そんな隣の黒い置物? の威圧感に負けずに、ヴァンダリスに声をかけてきたのは、昨日訪ねてきた若い騎士コンランドだ。その後ろには彼の部隊の者だろう騎士達の顔がある。
 昨日はヘルムがすぐに怒りだしたから、あんまり話が出来なかったなと思う。それに深夜の騒ぎからの騎士団長であるバルダーモ枢機卿の告白で、彼の後ろにいる騎士達も、魔界に行ったというヴァンダリスに興味を持ったのだろう。

 しかし、昨日と同じ文句を語るのも芸がないなと思う。ヴァンダリスはおもむろに魔術倉庫マギ・インベントリから、魔界の諸侯達に押しつけられた菓子を出した。空中から湧き出て、食堂の大きな食卓一つに山盛りになった色とりどりのそれに、コンラッドとその後ろにいる騎士達だけでなく、その場にいた全員が目を見張る。

「そういえば昨日は結局、この菓子を食べ損ねただろう? 好きなだけ食えばいいし、なんなら、持ち帰って騎士団全員にわけてやってくれ」

 言葉の後半は、コンラッドだけでなく、その場にいた騎士団員全員に呼びかけたものだ。

 色とりどりの菓子が山積みに詰まれた光景は、宝石箱を引っ繰り返したようで、かなり年かさの騎士でも子供のような瞳で「これはすごいな」なんて言いながら近寄ってきて、虹色の光沢を放つ砂糖菓子を一つ摘まんで驚きの表情となっている。
 酒は酔うほどに過ごしすぎてはならないと、戒められている騎士団では、甘い菓子を好む者も多い。

 皆、それぞれに口にして「食べたことがない。口の中で溶けた」だの「見た目もかわいらしい。うちの小さい妹に見せたら、逆にたべられないと泣きべそをかきそうだ」なんて笑い合っている騎士達にヴァンダリスは「口に合ったならなによりだ」と微笑み。
 「魔界の菓子は絶品だからな」とそう言っても、大半のものはさほど驚いていないようだった。確かにこんなに珍しい菓子と、今のヴァンダリスと魔界の関係を思えば、予想はつくか。

「こんなかわいらしくてふわふわした菓子を作るのが、魔界ってところだ」

 そう言うとヴァンダリスはスミレのギモーヴを一つとって、口に放り込んだ。ふわりと花の酒の香りがするそれは、すぐに口中で溶けて消えた。

「魔族の数は少ないからな。子供達は大切にされていて、孤児院育ちの俺がおやつなんて食ったことがないって話したら、魔界の諸侯達みんなに信じられないって顔をされた」

 「あげく、いい大人になった男をつかまえて、会うたびに奴らがおしつけるんで、この菓子の山だ」とヴァンダリスが苦笑すれば、騎士達は魔族が? しかも、魔王に継ぐという諸侯が? と信じられないとばかりに顔を見合わせている。
 そんななか「珍しい菓子の数々、ありがたくいただこう」と朗々と声が響いた。振り返れば見覚えのある騎士の顔がある。ヴァンダリスより七つほど年上の、ともに学んだ剣を学んだアニキ分のような男だ。彼は他の騎士達に「公平に分けろよ。遅番の者達に恨まれるからな」と声をかけている。

 そのあと彼と少し話した。「五番隊長なんてすごいな」とその出世を讃えれば「勇者様ほどではないさ」と返る。ヴァンダリスの勇者としての思い出の中でも、彼とは時にはこんな風に冗談も飛ばすことが出来る間柄だった。

「……魔界に菓子か」

 そして、各部隊に分けるのだろう。大きな布袋を出して、卓一杯の菓子をあれだこれだと分け合う、騎士達をみながら、彼がつぶやく。

「魔界はこの人界と一つも変わらないところだ」
「……そうか」

 早番の彼は午後は見習い達の鍛錬を見なければならないと断って、ヴァンダリスもまた、夜の話し合いに備えて部屋に戻った。






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