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死刑執行されたら、勇者として生き返って即魔王を倒してました~さらに蘇った奴の愛人になってました。なんでだ?~
第17話 世界は白黒反転し続ける
しおりを挟む「ヴァンダリス!」と名を呼ばれる。
ここは自分が育った孤児院の近くの小川で、そのほとりに座りこむ二人の子供。水面には二つの顔が映っている。
金髪碧眼の美少年……と言っていいだろう。のちの勇者として有名となる顔だ。となりには平々凡々な顔の子供。
「ヴァンダリス、俺、ヴァンダリスになりたいな」
そう呼びかけられて、金髪の子供が目を見開いて、となりに座る少年を見る。川面にうつる金の髪の“自分”も同じように横を見る。
「え?」とこの光景を、別の空間から、まるで動く絵画を眺めるみたいに見ていたヴァンダリスは驚く。
自分は女神にすべてを元に戻してくれと願った。それがまさか、孤児院にいたときまでさかのぼるなんてと、慌てたが……。
だが、ヴァンダリスと呼びかけられた“金髪”の子供はたしかにその名に反応した。
金の髪、蒼天の瞳。
たしかにあれは“俺”だ。
そして、となりにいる平凡な顔立ちの少年。たしかに要領が悪く度胸もなくて、上級生とのパンの争いに負けていたのを、自分でとったぶんを分けてやっていたけれど。
親友と思いこんでいたけれどそれも違う。それほどの関わりではない。大勢いる孤児院の仲間の一人だった。
ただ、自分が前日に、翌日に彼が同じ孤児院の前に捨てられていた。誰にも祝って貰えない誕生日を、隣あっているからお互いに覚えていた。
その彼から自分の宝物だと赤い石をもらった。どうやって加工したのか最初から穴が空いていて、革紐に通されていた。首にかけたのはなんの気なしだ。その赤い石はぴかぴかして綺麗だったし、誕生日の贈り物なんて初めてもらったし。
多少は、浮かれていたのもあったかもしれない。
明日、自分はこの孤児院から出て行く。
勇者候補として選ばれて。
「魔王をたおしに行けなんて、死にに行けと言われているようなもんだ」と大人達には生意気な口をきいてみたけれど、それが嫌だったわけじゃない。
あなたが勇者です。なんてお告げをうければ、誰だって浮かれるだろう。
そこでまたこの光景を風景画のようにながめていたヴァンダリスはとまどう。
選ばれたのはネヴィルじゃない。
選ばれたのは金の髪、蒼い瞳のヴァンダリス?
自分だった?
頭は混乱したままだ。そして、ヴァンダリスに呼びかけた少年……ネヴィルは自分もまた首にかけていた青い石を取り出して、ヴァンダリスが首にかけていた赤い石にくっつける。すると金の髪の少年の身体が固まった。
「ごめん、俺、ヴァンダリスになりたいんだ。俺がお前の代わりに立派な勇者になる!」
閃光が走り二人の身体が、いや、魂が入れ替わるのが感覚的にわかった。
ヴァンダリスの魂がネヴィルの身体に。
ネヴィルの魂がヴァンダリスに。
そして二人は、互いが互いだと思いこんだのだ。
「ヴァンダリス」と呼ばれて、ごく自然にヴァンダリスの身体にはいったネヴィルは「はい」と返事をして、教会の入り口で待つ、迎えの者達へと駆け寄っていった。
そしてネヴィルとなったヴァンダリスはそれを見送り、自分はこの孤児院に残って、今夜の夕食のパンを確保しなければと考えた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
それと同時に、ネヴィルの三日前の記憶が自分に流れこんできた。
自分にいつもパンをくれるヴァンダリスが勇者に選ばれた。
金髪碧眼の見目よいだけじゃなく、頭も良く正義感だって強い頼もしい仲間。上級生にパンをとられて泣く自分にいつも分け与えてくれた。もし彼がいなくなったら、自分は明日からのパンをどうしたらいい?
「彼になればいい」
誰もいない小川のほとりで膝をかかえて、うつむいていると、そばに灰色のローブの男がたっていた。フードをかぶって顔は見えない。
おとぎばなしに出てくる悪い魔法使いみたいだ。
怯える少年……ネヴィルに悪い魔法使いは、優しくささやき、震える彼の手をとって二つの石の首飾りを手渡す。
「この赤い石を勇者に選ばれた少年に、青い石を自分で身につけるといい。そして、彼の名を呼ぶのだ。彼になりたいと願え。
お前は彼に、勇者になることが出来る」
そんなのインチキだと少年は思った。だけど、本当に? とも思った。
自分がヴァンダリスになれる? あの綺麗で優秀な少年に? 乱暴な上級生だって、怖いだけの孤児院のシスターだって、ヴァンダリスには一目置いていた。
そして、勇者になったなら明日のパンに困ることはない。厳しい修行はあるけれど、綺麗な服に美味しい食事にふかふかのベッドが与えられるって、みんな言っていた。
それなのに選ばれた当のヴァンダリスはあまりうれしそうじゃなかった。ぼそりと「魔王を殺しにいけって、死にに行けって言われているようなもんじゃないか……」とさすがの彼も怖じ気づいたようなことを言っていたし。だけど、老シスターや迎えにきた教会の人達に「この孤児院にも多額の寄附がはいる。明日の子供達のパンになる」と言われて、不承不承うなずいていた。
なら、自分がヴァンダリスになればいいのではないか。ヴァンダリスになったなら、勇者としての教育を受ければ、自分だって魔王をたおすことが出来る。
だって勇者なのだから!
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
それは呪いの石だとはネヴィルは知らなかったのだろう。
動く絵画のように流れる過去の光景を眺めているヴァンダリスにはなぜかわかった。
あれが、廃ハーデス魔導城塞でゴーレムの身体に城主の魂を“移植”した、その技術の応用であると。双方の身体の魂を石によって入れ替える。
そして、カインストが残した、偽勇者という謎の言葉の意味もわかった。
彼は三人目の勇者にも魔王であるアスタロークを倒させないために策をめぐらせたのだ。勇者候補である少年の魂を、平凡な少年と入れ替えることによって。
その仕掛けが皮肉なことに、最後の最後で二人の魂を再び入れ替えて、盗賊の記憶を持つヴァンダリスが、魔王アスタロークを後ろから、だまし討ち……なんて形で倒すことになったのだが。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
それからは走馬灯のように、ネヴィルとなったヴァンダリスの短い人生の絵が流れる。
勇者となった少年が旅立った夕ご飯時。いつものようにパンの争奪戦で、気弱なはずの少年が堂々と複数のパンをかすめとったことに、上級生達は驚いた。彼らは怒って彼を追い掛けたが、ひょいひょいと彼は逃げて秘密の場所の階段裏へと。
そこにおずおずと顔をのぞかせたのは、争奪戦にも参加出来ない小さな子ども達だ。彼らは勇者である少年がいなくなっちゃったから、もうパンは貰えないと思っていたといいながら、成り代わったように性格の変わった、その少年……ネヴィルからパンをうけとった。
それから働ける年齢となったと判断され、十三で孤児院を追い出されるようにして、皮なめし工房の下働きに出された。そこの親方はひどい奴で、自分は働かずに雇った職人達を仕事が遅いといつも怒鳴っていた。下働きなど意味も無く蹴られたし、ヴァンダリスも殴られた。
裏では違法な高利貸しもしていて、街の貧乏人は酷い目にあうとわかりつつ、明日のパンのために彼に金を借りにくる。そして、数日後「その金がないと今夜、子供に食べさせる粥さえないんです」と泣きながら彼に金をもぎ取られていた。「お前のガキのことなんて知ったことか」と泣く人々をあざ笑う、でっぷりブタみたいにふとった男に、自分のなかの何かがきれる音がした。
怒鳴る自分にいつも怯えている職人達や下働きに、なにも出来ないだろうと、男は完全に油断して、工房の上の部屋で飲んだくれて、高いびきで眠っていた。貧乏人からしぼりとった金がはいった革袋が酒瓶と一緒にテーブルに転がっている。そこからこぼれる銀貨も銅貨もいっさいがっさい革袋におしこんで、少年は二度と戻る気もない工房をあとにした。
そして、深夜、貧民街の家々の扉の前に、その金を置いた。朝、目覚めた人々はこれで当分のパンに困らないと喜んだ。
違法な高利貸しの男は、その光景に「俺の金だ!」とさけびながらなにも出来なかった。都市で無許可で金貸しをしていたのだ。盗まれたと訴え出れば、自分のほうが牢屋に放り込まれる。
そこからはもう坂道を転げ落ちるみたいに、盗賊の道へと。都市から都市へと流れ歩いて、評判の悪い商家や領主の金をかすめとってばら巻いて、英雄と呼ばれていい気になって、アニキなんて慕ってきた同じ孤児だという奴に目をかけてやったら、あっさり懸賞金目当てで裏切られて、処刑台に乗っていた。
自分の名がネヴィルではなく、ヴァンダリスだと思い出したのは、死を前にしてあの石の呪いが少し解けたせいだろうか?
大剣が振り下ろされ、青い石が砕け散った。
同時に、勇者の首にかけられた赤い石も。
そして、二つの魂は再び元の身体へと……。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「ヴァンダリス、ヴァンダリスじゃないか!?」
よびかけられて我に返る。ここは自分の眺めていた風景画の空間ではなく、ちゃんとした現実の世界だ。ブーツの足で石畳の地面に立っている。周りを取り囲む石造りの市庁舎やら教会やらの光景には見覚えがありすぎる。
この広場も。
ここは自由都市ラース。そこの市庁舎前の広場だ。通称処刑広場なんて、ろくでもない名前がついている。
後ろをふりかえれば、その処刑台があった。今日は処刑の日ではなく、ただそこに木造の高い台があるだけだ。
「ヴァンダリス?」
怪訝そうに呼びかけられて「すまない」と振り返り息を呑む。
ネヴィルだ。
自分と入れ替わった彼が生きている。
「お前とここで会えるなんて思わなかったよ。あの孤児院で別れた以来だな。
お前が魔王をたおしたって話を聞いて、思わず自分のことのように嬉しかったぜ」
「あ、ああ……」とヴァンダリスは混乱しながら相づちを打つ。
そうだここは魔王がたおされた世界で、自分が国王暗殺の疑いをかけられて逃げて、なぜか魔王のアスタロークが生きていて、色々なことがあって、いや、あいつと色々なことがあったのは、今は考えている場合ではない!
それから、ゴース城で起きたことも、ついさきほどのことだと、頭の中にそのままある記憶と感覚が伝える。
あの女神の呼びかけから、それこそ瞬き一つ分ほどの時間しかたっていない。そして、なぜか自分は始まりの街ともいえる、この自由都市ラースの処刑台の前なんかにいる。
「あ、えーと、すまない。お前の名前は?」
直感めいたものがあって訊く。こいつの名前はもしかしたらネヴィルではなく……。
彼は苦笑して。
「俺、いつもお前からパンもらっていたけど、目立たなかったもんなぁ」
「ごめん……」
「いいさ。別れたのだってほんのガキの頃だったしな。俺の名はハンスだ」
ヴァンダリスは大きく目を見開いた。目の前のいかにも善良そうな。盗賊稼業なんかに足を染めてなんかいない、ごくごく普通のそこらへんの職人風の服を着ている男の姿を。
名前が変わっている。
「お前は今、なにを?」
「ああ、孤児院を出て家具職人のおやかたのところに見習いとして入ったんだ。今は椅子ぐらいなら一人でつくれる」
そうか、真っ当に生きているのか……と思う。「じゃあな」と男は去って行った。広場の向こうで待たせていた娘に片手をあげて微笑みあう。付き合い立ての恋人同士の雰囲気で。
あの二人は結婚するのだろうか? まだまだ職人として駆け出しのハンスには早すぎるか。それでもいずれは家庭を持ち、子供も生まれるのだろうか?
ヴァンダリスが守りたいと思っていた、普通の家庭だ。
そう、盗賊だったネヴィルが金ばらまきながら願った、普通の家族の普通の幸せ。
「っ……」
そのときぐらりと世界が揺らいだ。自分の頭の中には今、勇者としての記憶もすべてある。入れ替わったネヴィルのものだ。勇者としての剣や聖魔術の厳しい修行に、初めての魔獣討伐の前日眠れなかった記憶。
そして、あの逆さ針の魔王城にて初めて魔王……アスタロークと会い、その美しさと迫力に圧倒されたこと。
だが、同時に盗賊のネヴィルとしての記憶もあるのだ。処刑されたあの瞬間に、勇者の身体にはいり、自分が死んだと思いこんで背を向けた、魔王の……アスタロークの背に剣を突き立てた。
じゃあ、自分は一体誰なんだ?
そもそも、ネヴィルがハンスとなった今。義賊なんて呼ばれ浮かれた末に、捕まって処刑された盗賊ネヴィルなんて存在はないのだ。
自分の踏みしめている固い石畳の地面さえ、不確かになる感覚。
ぐらり……と傾きかけた身体を支え、後ろから抱きしめてくれたのは、力強い腕だった。「ヴァンダリス……」とこいつでも泣くことなんてあるのかな? なんてそんな声だった。
「アスタローク」
離さないとばかりにキツくキツく抱きしめられて、苦しいぞと、その腕を軽くぽんぽんとたたいてみたけど、力はゆるまない。
だけど、そのしがみつくような強さもぬくもりも、自分がここに確かにいるのだと実感させてくれる。
しかし、そんな温かな気持ちも、ざわつく周りにすぐに我に返った。
「こんな広場で男同士で抱き合うなんて」「二人とも、とんでもない美丈夫だけど」「いや、あの耳見てよ魔族?」「え? まさか、魔族なんて見た事ないし、こんな昼間の街で!?」と自分達の回りを遠巻きに囲んだ人々の声が聞こえる。
さらにまずいと思ったのは、その人垣の向こうに街の衛兵達の姿が見えたことだ。「いたぞ!」「あの金髪だ!」と叫ぶ声。
そうだ。今の自分はゴース国王を殺害した罪で、密かに手配されている極悪犯なのだった。しかも、今は元魔王の魔族付き。
ゴースの城での円卓会議の顛末やら、そのあとのゴーレムが現れて倒したうんぬんの知らせなんて、さっきの今で、当然この離れた自由都市なんかに届いているわけがない。
いまだ自分は手配されたままだ。
「やばい! 逃げるぞ!」
ヴァンダリスはアスタロークの手をつかんで、駆け出した。
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