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死刑執行されたら、勇者として生き返って即魔王を倒してました~さらに蘇った奴の愛人になってました。なんでだ?~

第6話 「俺を抱け!」「決闘の申し込みか?」 その二

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「んっ!」

 指をくわえたまま考え込んでいたら、するりとぬきとられて、かわりとばかり口づけられて、舌を差し入れられた。反射的に両手で突っぱねて離れようとしたら、ぐいと逆に抱きしめられて合わせを深くされる。
 びちゃりと絡まる舌。キツくすいあげられて、ふわりと一瞬意識が遠くなるなか「失礼します」とビラルの声と、ぱたりと扉が閉まる音がした。
 ひとしきりむさぼられて、ようやく唇を離してもらえた。

「……なんだよ、いきなり」
「いや、私の指をくわえたままだったから、口付けでも欲しいのかとな」
「赤ん坊のおしゃぶりじゃあるまいし。
 ……じゃなくて、マルコシアスってのは、この魔界に来るときに、俺達の転送先をこの里に指定した、あの男のことか?」

 人界から魔界へとくる転送陣は諸侯の承諾がないと使えない。そのときに聞こえた声。姿はわからないが、壮年の男のような重々しいそれだった。

「そうだ、諸侯の一人であるが、二〇〇年前に私と里の領主の座を争った。それをまだ根に持っているとはな」

 各地の領主というのは世襲ではなく、他の七人の諸侯の合議で選ばれるのだという。いやはや、魔界のほうが本当にずいぶん革新的じゃないか? 

「ところが二〇〇年前は、もう一人の諸侯も欠けていてな。そちらのほうが四対二で後継者が即決されたのだが、こちらは三対三に割れた」

 その場合はごちゃごちゃ話し合いなどせず、力で決着するのが魔界のやり方なのだという。

「諸侯立ち合いのうえの一対一の正々堂々たる一騎打ちだ」

 魔族が正々堂々というのはなんか違和感あるなと、ヴァンダリスはふと思ったが、しかし、これまでの魔界を見ればそれも納得だ。
 そこでヴァンダリスは気付く。アスタロークが三百歳ぐらいで、その話が二〇〇年前となれば。

「あんたは百歳の若造だったのか?」

 魔族の感覚だとそれぐらいだと、アナベルが言っていた。それにアスタロークは三百歳で領主の中でも一番年少だと。つまり今でも十分に若い。

「そうだ。その私の年齢が問題となって、三人の領主は“中継ぎ”としてマルコシアスを推した」

 中継ぎということは、その三人もいずれはアスタロークがこの里の領主となることを前提としていたというわけだ。

「あとの三人がマルコシアスが領主になることを反対した理由は?」
「奴は商業都市ソドラの大君タイクーンとしては優秀であったがな。強欲すぎる」

 また新しい名前が出てきたなと思う。ソドラは魔界で唯一、都市といえる都市らしい。もっとも他も、街まるごとでっかい城だったり、ドワーフたちの地下の町とか、魔界の八つの領主が治めるところは、かなり特色があるらしい。

 ソドラは人界との交易が主な産業の月明かりの里に対し、魔界での品々の取引を扱う名前の通りの商業都市なのだという。金が集まるがゆえに、そこにありとあらゆる娯楽施設も出来、一大歓楽地になっていると。
 そこの領主は大君タイクーンと特別な名前で呼ばれているとも。

「他の領地の領主やってるのに、兼任なんて出来るのか?」
「それは出来ない。権力が集中しすぎるからな。奴は大君の座を、自分の甥に一時期預けて、私が成長するまで里を取り仕切ると申し出たのだ」
「なんか嫌な言い方だな。それ絶対、領主の座なんて譲る気もないし、その甥とやらと組んで、魔界の商業を牛耳ろうって気、満々だろう?」

 「そんな見え見えで、どうして三人もの領主が賛成に回ったんだ?」と問えば「いずれもマルコシアスに金を借りていた」とのこと。人界でも魔界でも、金の前では王様でさえ言いなりになるか。

「一騎打ちは当然、あんたが勝ったわけか?」
「いや奴は棄権した。領主の座は私に譲るとな」

 アスタロークはふっ……と思い出したように笑う。

「奴を推した三人の領主とて、奴に金の義理を果たしただけだ。同票となって力での決着となれば、奴が体よく逃げるのは確実だったからな」

 勇者を二人も退けて、百年魔王の座にあったアスタロークだ。その頃からすでに武勇に優れていたのだろう。
 マルコシアスの誤算は娘婿だった領主が、アスタロークを一番に推して、四対二で自分が勝たなかったことだという。ちなみにその領主夫妻は離婚することなく、今でもおしどり夫婦で有名だとか。娘は父にちっとも似てないらしい。特に性格が。

「マルコシアスの奴は、商才と悪知恵はあるが武はからっきしだからな」
「それでよく、魔界の領主なんてやってるな?」
「知略も力のうちだ。奴の根回し通りにことが運んでいたならば、あれがこの里の領主になっていた。
 だが、同票となったことで、奴の敗北は決定した。それだけだ」

 「ふぅん」とヴァンダリスは気のない返事をした。いや、裸の背中から腰を撫でる手の感触に、俺達裸でいちゃいちゃしてないか? と気付いたのだ。
 いや、そんな気ないけど。
 ベッドの中でのこの体勢を考えるとだ。アスタロークの広い胸に甘えるような上半身を乗せて……って、ホントにそんなつもりはなく、話に夢中になっていただけだ。話に。
 身体をさりげなく離そうとすると、腰に長い腕が絡んできて「離せ」とぺしりたたいてやった。

「もう少し休んでいてもいいだろう?」
「休むだけならここにいる必要はないだろう? さっさと服を着て……」

 そこで言葉が途切れたのは、天蓋のカーテンを開いて床に散らばった服を回収しようと思って、目を向けた、そばにある小卓の向かい合わせに置かれた椅子にだ。

 二つの椅子の座る部分には綺麗に畳んだシャツが、背には上着がかけられていた。上着の白と黒の色からして、どちらのものか大変わかりやすい。
 それと服は、さっき互いが互いに引き剥がすような勢いで脱いだものではなく、まっさらな新しいものだ。

「い、いつのまに……」
「ビラルが、さっき用意していったのだろう」

 さすが優秀な家令だ。ヴァンダリスは恥ずかしいとかいたたまれないという気持ちを押し込めるようにシャツに袖を通した。隣でアスタロークも同じように黒いシャツをまとっている。

 しっかりズボンまではいたのをみていたのか? というタイミングでコンコンとノックの音がした。「入れ」とアスタロークが勝手に答える。
 メイドのアナベルと、それからもう一人、名前は知らないが顔だけは見知っている青年の従僕が現れる。アナベルはヴァンダリスの、青年従僕のほうはアスタロークの着替えを手伝う。首にレースのクラバットを巻いて、上着を着せてもらう。

 ここで一人で出来るからとは、もうヴァンダリスも言わない。諦めたというか、開き直ったというか。ここはこういうお貴族様の屋敷だ。

「それでどうするつもりなんだよ?」

 寝室のとなりのアスタロークの私室で、茶を一口飲んできく。出された茶菓子はイチジクのタルトだ。実はちょっと嬉しい。

 孤児院で育ったヴァンダリスには、菓子なんて当然贅沢品で、一年に数度の祭の日に出るぐらいだった。だから、盗賊になって酒の味も覚えたが、甘い菓子もまたひそかな好物だったのだ。
 そのうえに、この屋敷の菓子はうまい。さすが、領主の館というべきか、ここの料理人の腕がいいのか。たぶん両方だろう。

「マルコシアスか? 当然、こちらから挨拶に出向かねばならないだろうな」
「そりゃ、物騒な意味の挨拶だろうな、当然」

 「俺もいくぞ」とヴァンダリスが言えば、アスタロークが珍しくも軽く目を見開いた。

「なんだよ。別にあんたと大君タイクーンとやらの一対一の果たし合いに口を挟む気はないぞ。ただ、話だけ聞くと、そうとう悪知恵が働くみたいだからな。本人が弱くてもそういう奴は、たいがいたくさんの番犬を飼ってるものだろう?」

 ヴァンダリスは盗みに入った悪徳商人の趣味の悪い庭を思い出す。侵入者対策も兼ねて、猛獣を放し飼いにしていたのだ。そんなもの肉に仕込んだ眠り薬で全員おねんねさせてやったが。

「なんだ、加勢してくれるのか? 夫を助けるとは、妻の鑑だな」

 なんだかアスタロークは嬉しそうに微笑むのに、ヴァンダリスは「だから、俺はあんたの愛人にも妻にもなったつもりはねぇよ!」と苦虫を噛んだような顔で返す。
 一度寝たぐらいで! とはいえない。二度寝たぐらいで……ってのは、どうなんだ? いや、どうでもいい。

「で、その挨拶とやらは、いついくんだ?」
「今すぐにだ。奴は私が里に結界を張って閉じこもっていると思いこんでいる。その結界も魔獣の群に囲まれて、二、三日も保つまいとな」

 「実際はお前のおかげで二、三日どころか百年は保ちそうな勢いだが」と言われて、ヴァンダリスの頬に赤身がさす。アスタロークが元気になったのは、ついさっきまで自分と抱き合っていたからだ。

「その私が里から出てくるとは思ってはいないだろう。奴は狡猾だが己の策に酔う悪癖もある。今頃は、勝利の酒杯でもあおっているだろう」
「じゃあ、その酔いを今すぐにでも覚ましてやろうぜ」

 真っ赤になった顔をごまかすようにたちあがると「待て」と言われた。

「準備がある、一日、いや、半日は時間が必要だ」

 「そうだな?」とアスタロークがかたわらにひかえる、ビラルに確認すれば、壮年の家令は「ヴァンダリス様の戦衣いくさごろもすぐにご用意いたします」と出ていった。

「あんた、今すぐにでもと言ったじゃないか? それが半日だと!?」
「マルコシアスの奴とて、この里が一日で落ちるとは思ってはいない。三日と言っただろう? ならば、半日ほど時間をとっても問題はない」
「なんだよ、いまの戦衣って!」

 その名前からして、なんだか嫌な予感がして、ヴァンダリスは聞いて後悔した。

「諸侯同士が顔をあわせるとなれば“盛装”するのは当たり前であろう? まして、今回は正夫人である勇者もともなうのだ」
「だから俺は、あんたの正夫人でもないっ!」

 艶然と微笑むアスタロークに、ヴァンダリスは無駄と知りつつ言い返した。
 たぶん、ぴらぴらのレース地獄からも逃れられないと覚悟を決めつつ。






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