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死刑執行されたら、勇者として生き返って即魔王を倒してました~さらに蘇った奴の愛人になってました。なんでだ?~
第5話 俺にひらひらの服を着せるのはやめてくれ……メシはうまいけど その二
しおりを挟む屋敷にもどって出迎えたビラルに、アスタロークはどこにいる? と訊ねれば、書斎だと言われたが、場所がわからない。
「こちらへと」案内される。「ヴァンダリス様がご希望なされるならば、この屋敷のどこを通してもよいと、旦那様のお言葉ですので」と言われて、ちょっと微妙な気持ちになるが、しかし、この怒りはそんなことではおさまらない。
「アスタローク! このクソ魔王!」
「もう魔王ではないぞ」
天井までの本棚に囲まれた重厚のひと言が似合う書斎だ。大きな机に魔法のロウソクの青い炎が揺れている。そこに座る黒衣の美丈夫も大変絵になっているが。
「俺はお前の愛人でも、妻でもない。正夫人ってなんだ!」
「安心しろ、私はお前以外の妻も愛人も今後一切めとるつもりはない。正真正銘の“正”夫人だな」
「そういう、意味じゃない!」
どうしてこいつは真顔なんだ。冗談じゃないから、余計質が悪いのか?
「だいたい、どうしてアナベルどころか、里の子供達まで、俺がお前のつ、妻だと思いこんでいるんだ!」
「それは昨日のうちにふれを出しておいたからだ。この屋敷の客人であるお前に里のものがなにか言うとは思わないが、正夫人となれば態度もさらにあらたまる」
「だから、俺は愛人でも妻でも……じゃなくて、あんたはこの外見を気に入っているようだがな。中身は全然勇者でもなんでもないんだぞ」
さけんだとたんに立ち上がった長身に、どんと背後の本棚に手をつかれて、腕の中に囲いこまれた。
勇者としてというか、人界では比較的、背の高い部類にはいるヴァンダリスの今の姿であるが、アスタロークはさらに頭半分分も高い。それに準じて体格もいい。
「お前こそ、どうして私の言葉を信じない?」
「信じるって……」
目の前の紫の瞳から目がそらせない。その真剣な光の色に。
「たしかにお前の黄金の髪も蒼の瞳も美しいが、この身体にただ今はいっているのはお前で、その魂も私は好ましいと思っていると、幾度幾万遍ささやけば信じてくれる? と訊いているのだ」
「っ……」
胸がきゅうっとする。頬がとたん熱くなったのは、目の前の超絶美形な顔に、小っ恥ずかしいこと言われたからだと思いたい。
近づく唇にかかる吐息にあらがえないのも。
それがあともう少しで触れる瞬間。
どぉうんっ! となにかがぶつかり破裂するような音が響いた。空からか? 空気を重く響かせるそれに、アスタロークはうごきを止め、眉間にしわを寄せてつぶやいた。
「里の結界が破られたか?」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
里の周囲の結界は、畑への鳥獣被害と、たまに迷い込んでくる魔獣から人々を守るためのものだ。
大型で凶悪な魔獣は、まず人里に近寄らないし、目撃情報があれば、すぐに討伐隊が組まれてすみやかに駆除される。
そして、魔獣は個体差はあれど、縄張り意識が強く繁殖期以外は単独行動が基本だ。
群を組んで襲ってくることなど、考えられなかった。
誰かに操られているのでもなければ。
「ばかな、岩牛のオスがあんなにたくさん」
「子連れのメスなら群を作るが、オス同士は顔を合わせりゃ、互いに頭にヒビが入るまで角を突き合わせているだろう!」
「いまは、こっちの結界に体当たりしているけどな!」
魔族ならば、ただの農夫であっても、初期の結界魔法程度は使える。一番先に気付いた三人は、興奮し赤く目光らせている、身体が岩石で出来た猛牛の群を前に、破られようとする結界を必死に補強しようとしていた。
そこに騒ぎを聞きつけた里人達が次々に加勢に現れる。
「こっちはこっちで、畑のほうはどうだ?」
「手分けして、急ごしらえの魔防御柵をあちこちにおいている」
「作物をやられるのだけは避けたい。すでに芽吹いているんだ。こんなのに踏み荒らされたら、今年の収穫は全滅だ」
とはいえ、里の結界は本来、畑をあらす獣に、一頭か二頭の魔獣対策のためのものだ。
里人がいくら結界を一時的に強化しようとも、少ない里人の数以上の猛牛の群には、耐え切れなかった。
「結界が破られた!」
「こちらに突進してくるぞ!」
「逃げろ!」
そのとき女が一人転び、それを助け起こした男の前にもまた、どっどっどっと駆けてくる群が迫る。
だが、その動く岩の固まりを直撃したのは、黒く輝く無数の矢だ。それに貫かれ、穴だらけとなった前列の岩牛たちが、ぐらりと傾き倒れる。
「領主様!」
現れたのは黒髪をなびかせたアスタロークだ。
仲間が倒れたというのに巨体の牛たちは構わず、その死体を踏みつけて、こちらにやってくる。止まらない群のうしろには、さらなる大きな。
「馬鹿な山竜だと!」
名前どおりに小さな山が動いているか? と思うような、首長の巨体を持つ魔獣だ。滅多に動かない為にその背はこけで覆われ、木まで生えている。
「あれは森の奥深くにいて、人里になんて現れることもないはずなのに」
「そのうえに、なんであんなに怒り狂っているんだ?」
牙や炎などもはかないが、その大きな身体だけで、十分な脅威だ。三人の成人男性が手を伸ばして、やっとまわりきるほどの、四つ足に踏み潰されては、あらゆるものが破壊されてしまう。
「まかせろ!」
声をあげて駆ける姿。この魔界では鮮やかすぎる金の髪が陽光に輝く。いまだ突進をやめない猛牛の群につっこんでいくのに里のものが「危ない!」とさけぶが。
なんと彼はその背の上にひょいと飛び乗った。さらに次の牛の背を蹴って、大きく上へと跳躍する。自分にむかってくる。小さな姿に、その長首を振りまわしてぶつけようとした、山竜にむかって。
スパンと、あっけないほどにその首が飛んだ。巨大な首がズドンと地に転がる。
「オマケだ!」
高く跳んだ彼の下にはいまだ猛牛の群。それに向かって放たれたのは、特大の雷光だ。岩石の牛は吹っ飛んで消滅した。
自分でやらかした真っ黒な地面に勇者はすたんと降り立つ。そして、砕けた岩牛だったものを見渡して「岩じゃ今夜の夕ご飯のシチューにもならないか。真っ黒焦げだしな」なんて言っている。
それを見て里人達は「勇者ってすげえな」とあっけにとられていた。「いや、あれが特別なんじゃないか?」「魔王様倒したっていうしな」「なんでか、その元魔王様のうちの領主様と一緒に来たけど」「いや正夫人様だろう?」とささやきあう。
一方、アスタロークがその黒い大剣を一閃させれば、ひときわ大きいオスの巨体が左右に真っ二つにされる。だけでなく、その一振りでおこった黒紫の竜巻が、周囲の牛たちを巻き上げ、切り裂いて残りのすべてを殲滅した。
領主様と勇者のおかげで、魔獣の群を退けることが出来たと、みんなホッと息をつく。それにしても、どうして魔獣が群をなして里を襲ったのか? と口々に言い合っていれば。
「おい、あれを見ろ!」
気付いた一人が指差すのに、みんな空をみあげてあぜんとする。
はじめは無数の点に見えたそれが、みるみる形をなす。それは大きな鳥。
「ロック鳥だ!」
「あれも群をなすなどありえない!」
「だいたい、あれだけの数がどこにいたんだ!?」
ロック鳥は、今襲ってきた岩牛を片足で掴んで飛ぶことが出来るほどの巨鳥だ。それが埋め尽くす空は、たちまち不気味にかき曇る。はしる稲光は、ミスリル銀の鎧も余裕で破るという、くちばしやかぎ爪をその鳥たちが結界に突き立てているからだ。
「しばらくの時間稼ぎ出来るか?」
「わかった」
アスタロークの言葉にヴァンダリスがうなずけば、たちまち低い美声での詠唱がはじまる。
ヴァンダリスもまた、両手を前で組み祈りの形に。天へと突き出せば、空に光の巨大な盾が浮かび上がる。「おお」と里の者達の歓声があがる。
それは嘴やかぎ爪であちこち開こうとしていた結界をすっぽりとおおった。魔界の里を勇者の光の盾が守るって、どんな皮肉だよと思ったが、今さらだ。
この盾は、西の果ての砂漠のオアシスの村を数百年に一度襲う、毒の砂嵐を防ぐために使用したものだ。一昼夜続いた嵐を勇者は防ぎきった。もろちん、ヴァンダリスではない。記憶はあるがそれはネヴィルの手柄だ。それを思うたびに苦い気持ちになるが。
アスタロークの長い詠唱がおわり、彼の足下に巨体な魔法陣が出現する。紫の光の輪となってさらに大きく広がった。
里の空をおおいつくすほどだった巨大なロック鳥も高く高くのぼった紫の壁にはじかれて排除されていく。遠く、遠くへと。
「結界の強度を一時的に強くした。また、範囲も里の周辺の森、上へも鳥さえ近づけない高さに広げた」
「しかし、森には出ないように子供達に伝えろ」というアスタロークの言葉に里の者達の幾人かが、知らせへと走る。アスタロークは「私は屋敷にいる。なにかあったら知らせろ」と言い残して、その場を去る。ヴァンダリスもあとに続く。
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