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死刑執行されたら、勇者として生き返って即魔王を倒してました~さらに蘇った奴の愛人になってました。なんでだ?~
第4話 魔王と手に手を取って逃避行した先はユートピアでした!? その一
しおりを挟む時間はヴァンダリスが魔界の月明かりの隠れ里の、あまりに人界と変わらない風景に、驚きの声を上げる少し前にさかのぼる。
魔界に行くと言われたが、あの山脈をどうやって越えるんだ? 女神の天馬は魔王を倒した役目を終えてふもとに戻ると消えてしまったし、そもそも魔王を天馬が運ぶとは思えないと考えていると、答えは単純だった。
「魔界へと向かう転送陣がある」
「そんな簡単な方法で?」
ヴァンダリスは思わず脱力した。自分が親友である勇者と入れ替わる前だが記憶は受け継いでいるからある、天馬を得るためにした苦労はなんだったのか? あれは天馬の子孫たる野生の暴れ馬を半月も追い掛け回し、さらにはそれを天馬にする手綱に鞍の馬具をそろえる、国を越えるお使い往復を十回も繰り返した果ての。
しかも、その転送陣は秘境の洞窟の奥の奥でもなく、忘れ去られた絶海の孤島の神殿の地下でもない。王都近郊の森の中。なんの変哲もない地面が突然、光りだした。
「ここかよ? 転送陣なんて大層なものおくなら、せめて、ほこらの中とかに置かないのか?」
「そんなもの建てたら目立つだろう? だいたい転送陣は人界のあちこちにあるが、座標も不定期に変わるようになっているんだ。ほこらなど建てても無駄だ」
さらには「行くのに手間が掛かるようなところに、転送陣を作ってどうする?」とも。たしかに飛んだ先が洞窟の奥とか、山のてっぺんとかなんて不便でしょうがない。作るなら、目的の街や村のそばになるだろう。
「それなら、魔族が軍団作って人界に来放題じゃないか?」と言ったのは、我ながら質の悪い冗談だった。先のアスタロークの話で納得はしている。
魔族の数は人間より遥かに少なく。
そして、人界に攻め込む気などまったくない。
それは勇者としての魔物退治に、盗賊として耳聞きしたことを総合しても明らかだ。凶悪な魔物は確かにいるが、魔族の姿を見た者は実のところ誰もいないのだ。勇者でさえ魔王の城に乗り込んで初めて魔族……魔王の姿を見たのだ。
そもそもあの城さえ奇妙だった。城の中に凶悪な魔物はうろうろしていたが、ついぞ魔王の家臣たる魔族もいなかった。
玉座にいたのは魔王独り。
本当にあそこは勇者に魔王が倒されるためだけにあったのだ。
まるで巨大な墓のようだ。それとも、勇者と魔王という世界の贄を捧げる祭壇か?
そんな胸くそ悪いことを考えていたから、転送陣がいよいよまぶしく光り、二人を囲む輪の壁となるとアスタロークが口を開いた。
「我が名はアスタローク。百年勇者を退けた報酬により人界に蘇り、魔界に帰還を希望する。ついては共に一人、人間の男を連れていく。方々の承認を求める」
それに「承認」「承認」と男女いりまじったいくつかの声が響く。これは魔界の諸侯で、これの七人の承諾がないと転送陣は発動しないのだという。
なるほど、これでは人間界に悪さしてくるからちょっくら行ってくるなんて使えないはずだ。誰かの反対はあるはずだし、転送陣で送れる人数の限界はせいぜいが五人だと聞いて、これも大軍送るには効率が悪すぎると納得した。
というか、諸侯の合議制なんて、人間界よりよっほど優れてないか? とヴァンダリスは遠い目になる。なんかありゃ国同士の小競り合いなんて日常茶飯事の世界だ。それが大戦争にならないのは、常に魔王という外の憂慮を抱えているからだというのも、なんとも皮肉であるが。
そして、最後に「条件がある」という、それなりに歳を食ってるだろう男の声が降ってきた。
「転送の場所を指定する。月明かりの隠れ里だ。こちらは次の魔王を選ぶ会議がある。しばらく、そちらから出ないでもらおうか?」
それにアスタロークはかすかに形のよい眉をひそめたが「承知した」と答えた。そして、転送陣の中央に立つ二人の身体は光に包まれ、次の瞬間には……。
谷間にある里を見下ろせる、転送陣の上にたっていたのだ。こちらは人間界のようなあちこち場所を移動しないということで、さっきヴァンダリスが話したような、石で出来た小さなほこらの中にあった。
そこから外へと出て、その風景に驚いたが、しかし、下まで降りていく道中でも驚いた。
「領主様! お戻りで! い、いや魔王様でしたか、し、失礼を」
「いや魔王の役目はもう終わった。これからはここに腰を落ち着けるつもりだ。今、戻った」
明らかに農夫の姿の魔族の男が、魔王というか領主でも気さくに声をかけるなど、人間界では信じられない。貴族なんて奴らはつねに馬か馬車に乗ってふんぞり返り、たとえ領民といえど農夫なんぞ近寄れば、護衛の者に追い払われ、鞭打たれ、ヘタをすれば殺されても文句は言えない。
しかし、農夫は「そうですか、領主様がまたずっとここに居てくださるのですね。おかえりなさい」といかにも嬉しそうだ。
他の者達もそれを聞きつけて「おかえりなさい、領主様」と告げるのに「ただいま、戻った」とアスタロークは気さくに答え……というのには、本人が本当に冗談みたいに美しすぎるので、やはり近寄りがたいのだが、彼らが道の脇に退いて頭をさげて控える、間を通り過ぎて行く。ヴァンダリスもそのあとに続く。
そして谷の奥の少し小高い土地の上に、領主の館はあった。人間界で当世流行風のけばけばしいものでなく、あちこち修繕しながら徐々に拡張したのだろう、石造りの風格を感じさせるものだった。
これもまた、人間界で教えられていた魔族は華美と奢侈をこのみ、毎日のように暴飲暴食に淫乱の宴を開いているなんていう、印象からまったくほど遠い建物だった。
中にはいれば石ではなく木の装飾が、どこか温かく落ち着ける雰囲気だ。広い玄関ホールに、弓形に降りてくる、よく手入れされてピカピカの飴色に磨かれた木の手すりの階段が一番初めに目にはいる。その階段まで導くように敷かれたちり一つない、深い緑の絨毯。
そして、黒の上下を着こなした、灰色の髪に立派な口髭の壮年の男が「おかえりなさいませ、旦那様」と綺麗な所作で一礼をする。彼の後ろにずらりと続くメイド達に男性使用人達も、少し遅れて「おかえりなさいませ」と同じように頭を下げた。
「家令のビラル」だと紹介された。家令とは? なんと考えるまでもなく、勇者の記憶が本宅や別宅などの家々を取り仕切る執事よりも、さらに上の役職だと教えてくれる。つまりは使用人であっても、一番偉い。
「これは勇者だ」
「元だけどな」
「私の愛人でもある」
「なった覚えはないし、一度寝たぐらいで愛人扱いするなよ!」
なんだよこの漫才と思いながら、ビラルには「ヴァンダリスです」と告げる。初対面の人、いや、尖った耳はあきらかに魔族だけど、しかし、目上への礼節はぐらい、あらくれの盗賊暮らしでも心得ている。
「では、ヴァンダリス様」
勇者だと言われてもビラルは驚きもせずに、こちらの名にさらりと様付けをした。さすが、魔王じゃない、魔界の領主の家令か?
階段を昇って、通されたのは二階の大きく窓を片側にとった明るい日の差し込むサロンだ。黒曜石の暖炉に今の季節は小さく灯しただけの火がちらちらと揺れている。
ふかふかの布張りの椅子に腰掛ければ、香り高い茶が出された。温かなそれに息をつけば「腹はへっているか?」とアスタロークに聞かれてうなずく。
すぐに出てきたのは、薄くきったバラ色のハムを重ねた断面も綺麗なサンドイッチで、ヴァンダリスはごくりとつばをのみ込んでぱくついた。
思えば王の暗殺犯に仕立て上げられて、逃げ出したのは昨夜の今日で、一日もたってもいないのだ。
それで今は魔界にいるのだから、まったく。めまぐるしい。
サンドイッチのハムのうまさに、茶で流し込んで思わず苦笑がもれる。同じ銀の大皿からそれをとって口にしていた、アスタロークに「どうした?」と聞かれる。
「いや、魔王と食事してるなんてなぁ」
「元魔王だ。私をのぞく、七人の諸侯は次の魔王の選定に入った」
「あんたは参加しないみたいだな?」
あの転送陣でのやりとりを思い出す。そのうえに自分の領地に引っ込んでいろという口ぶりだった。
「私の魔王としての役目は終わった。次の魔王を決めるのは、魔王となる力を持つ諸侯だけだ」
「なるほど」
またもやくじ引きか? と考えてヴァンダリスは「いや、笑ったのは……」と続ける。
「魔界の食事がまともだったことだ。人間界とかわらない」
いや、むしろこのサンドイッチはうまい。領主様の館で出されるのだから、当たり前か。
「この里に来て見た風景だって変わらないんだから、当たり前か」
本当に人界と変わりがない。ごくごく普通の村の風景だ。いや、むしろ税を取り立てるだけで、ふんぞり返っている領主より、よほど善政をしいてないか? と思う。
魔王がだ。いや元魔王だ。
「どこもこういう風景なのか?」と訊ねたら「ああ、人界と変わらない」と思った通りの答えが返ってきた。
「山脈一つ隔てた東と西の同じ大陸にあるのだぞ。そう変わるわけもない」
「たしかに言われてみりゃそうだけど」
だけど人界では誰もそれが不自然だと気付かない。幼い頃から、世界の巨悪は魔王であり魔族も魔界も恐ろしいところだと、大人達に教え込まれればそうなる。
世の中を斜めに見ていた盗賊だったヴァンダリスでさえ、それが世界の仕組みだと疑問にも思わなかったのだから。
「だいたい、人と魔族は太古の昔は混ざり合って暮らしていたのだ。それがエアンナ女神によって、東西に隔てられた」
「おい、なんだそりゃ!」
勇者と魔王の話、同様に驚きの事実だ。人と魔族が共にあっただと!
「教会じゃ、魔族ってのは地の底からわき出てきたって教えられたぞ」
「百年足らずの命の人間の伝承だからな。そもそも、施政者の都合の良いように書き換えられている。
だが、魔族の寿命はいったとおり千年以上と長い。五千年前のこととはいえ、つい何代か前の話だ」
「五千年……」
ヴァンダリスは絶句した。人間にとっては途方もない年月だ。
「その前となるとさすがに神話だな。それでもいいなら話すが」
「いいさ、とことん聞く」
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