上 下
184 / 213
末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【34】あなたが世界にいるだけで

しおりを挟む



 モースと話をした翌日。目覚めるとあの石の城館のなかの、自分の部屋の寝台にいた。過去であるこちらの世界では、モモがケレスの話を聞いて寝台に入ってから、一晩しかたっていなかった。
 モモの部屋はアルパの部屋の隣だ。もそもそと固くなったパンを温かなお茶に浸しての、簡素だけど味わいのある朝食を一緒にしたあと。

「デザートは外で食べよう」

 リンゴを二つ片手に持ったアルパに誘われた。長身の広い背中を見つめながらあとをついて、あの中庭へと。

「どうした? 元気がないね?」

 石のベンチに並んで座り、しゅるしゅるとナイフでリンゴの皮をむく、アルパの手元を見つめる。モモは「そんなことないです」と答える。声がちょっと固くなっちゃったかな? と思う。

「ケレスから、予言の話を聞いたのかい?」
「彼女があなたに言ったの?」

 モモははじかれたように顔をあげた。彼女はアルパの幼なじみなのだ。話していてもおかしくはない。けれど、モモの胸はじくり……と痛んだ。
 「いいや」とアルパは静かに首を振る。

「聞いていなくてもね、君の今朝の態度を見ればなんとなくわかるよ」
「そんなにわかりやすかった?」

 モモは、木の皿に盛り付けられた白く向かれたリンゴを一つとってかじる。少し酸っぱくて甘い。今の今まで食べる気なんて起きなかったのに、現金なものだ。「いや」とアルパが返す。

「君は勇者である俺とともに戦う賢者だ。ケレスならば話すだろうと思ったんだ」
「『王にはなれない』って……あなたはその予言をどう思ったんですか?」

 我ながら意地悪な言い方になっちゃったな……と思う。『ケレスならば……』と聞いたとたんにこうだ。そんな自分が嫌になる。

「神子の予言は絶対だ。それが運命ならば……」
「嫌です!」
「モモ?」

 こんなときでも微笑んですべてを受け入れようとする。そんなアルパの笑顔が嫌だった。モモは反射的に叫んでいた。胸がムカムカではなく、本気で彼に怒っていた。上目づかいににらみつける、自分の目元が熱くなるのがわかった。

「運命だから? だからあなたは、自分が死ぬのは仕方ないと思っているの?」
「モモ、俺は王になれないというだけだ。死ぬとは限らない」
「そう、あなたが王様になれないなんて、僕はどうでもいいんだ。あなたが無事であれば」

 それがモモの素直な気持ちだ。モモだって貴族の子弟だ。嫡男が家を継げない。まして、勇者が王になれないなど、どれほど重大なことかわかっている。
 でも、それでも。

「あなたには生きていて欲しい。それだけでいい」
「モモ……」

 泣かないと我慢していたのに、熱くなった目がついに決壊して、涙がこぼれる。それでも、潤む視界のなか、モモは一心にアルパを見つめる。

「生きて……運命だからなんて受け入れないで」
「予言を受けたときに、父上は……族長は嘆いたよ。なぜ勇者であり長子である俺が、自分のあとを継げないのか? とね」

 モモの白い頬を伝う涙をアルパの指が優しくぬぐう。彼は続けて「思えば父上の気鬱の病は、あの頃からだったな」とつぶやき。

「弟のナハトもまた、俺が王にならないわけがない! と混乱していた。ケレスは悲しげに目を伏せるだけだった。神子である彼女にはそれが覆せないものだとわかっていたのだろう」
「あなたはどう思ったのですか?」
「災厄を倒す。それが勇者の役割だ。王になれないという予言に私は絶望を感じることはなかった」
「…………」

 『私』という一人称にアルパの言い方が変わっていた。彼がそういう時は、彼個人ではなく、勇者としての立場からだ。
 自分のことなのに、外から見ている。
 それは達観ではなく、どこか諦めているようにモモには思えた。
 勇者という役割を演じる為に自分は生まれてきたというような。

「勇者だから、災厄を倒すのが役割だから、予言は運命だから、あなたは死んでも構わないというの?」

 モモはアルパの厚い胸を拳でぽかりと叩く。こんなの彼には痛くもなんともないだろう。自分だって力が入っていないのがわかる。アルパの手が背中に回されて、ぽかぽかと己の胸を叩くモモを柔らかく抱きしめてくれる。

「そうではないよ、予言は私は王になれないというものだった。必ず死ぬとは限らない」
「そう、王様にならなくたっていい! あなたは生きて!」
「そうだな。王にならなくとも生きていける。なのに君が言ってくれるまで気付かなかった俺は、愚かだな」
「アルパ?」

 モモは彼の胸を叩く手を止めて、アルパを見上げる。彼は相変わらず優しく微笑んでいた。けれど、それは今までのどこか寂しげな笑みではなかった。その目には希望の光が宿っているように見える。

「誰もが俺が王にならないことを嘆いた。俺さえもそれが運命さだめならば……と思いこんでいた。王にならずとも生きることが出来ると気付かせてくれたのは、君だ、モモ」
「生きて……僕と……」
「ああ、モモ。俺は必ず君と一緒に生き残って見せる」

 額にアルパの唇が触れてモモは目を閉じた。それから目元の涙をぬぐうように、たどられて、そして唇で唇に触れられた。
 モモはそのまま長い間アルパに抱きしめられていた。
 早朝の中庭で寄り添う二人を、二階の回廊からじっと見おろす人物の視線に気付かずに。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。