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耐えろカルマン!

【7】その可愛らしい未来の名前は……

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 ブリーが身籠もった。
 それが遡ればどう考えても、お手々を繋いで帰ったその日なのに、面白がりの兄弟達が見逃すはずもなく。

「たくさんお話あいをするって言っていたのどうしたの?」

 とザリア。

「だからベッドの中でしたんだろう?」

 とアーテル。それに「はしたないですよ、兄様」と今日は珍しく大公邸へとやってきた王太子の配となっているジョーヌがいう。
 そして「いい加減にしろよ、お前ら」と呆れた様にスノゥ。
 天井までの窓から柔らかな日差しが指す、大公邸のサロンの一つ。猫足の長椅子にゆったりと腰掛けるブリーに、スノゥが目をやる。

「腹の子は順調か?」
「はい、元気に育っています」

 ブリーはひまわり色の長いチュニックの上から、ふっくらと膨らんできたお腹を撫でて微笑む。
 軽いつわりはあったが、ブリー自身の体調も悪くなく、安定期にも入ったために、久々に大公邸を夫婦で訪ねたのだった。どこから聞きつけたのか、そこにアーテルとザリアが待ち構えていたのだが……まさかそこにジョーヌまでとは。
 カルマンと双子でありながら、正反対の性格の冷静沈着なこの金色兎の弟は、面白がりの黒兎兄と暁兎弟の押さえ役と言えるから、まあ、助かったといえるのだが。
 それに普段は王太子配として公務にも忙しい身なのに、こうして会いに来てくれたことは、やはり家族として自分とブリーと生まれて来る子を祝ってくれているのだと、うれしい。
 実際、ジョーヌはブリーに「おめでとうございます」と直接手渡したのは白い砂糖細工の小さな靴。それは御子の健やかな誕生を願い祝う昔からの伝統的な品だった。ブリーは大変喜んで「ありがとうございます」と答えていた。
 それを見たアーテルとジョーヌは「抜け駆けはずるい~」と自分達も祝いの品を持ち出した。アーテルは冬になり御子が温かく過ごせる様にと、白貂の毛皮のケープを。ジョーヌは東方渡りの繊細な絹を使った雲のようなレースの産着だった。
 カルマンはそれを見て、クロウまでの赤毛の狼たちには流石に赤ん坊でも可愛らしすぎないか?と思ったが。
 そして母スノゥは。

「つわりもおさまったんだし、今日は好きなだけ食べろ。食べるだけじゃなく、運動も必要だけどな」

 そう微笑む。サロンの低い卓に用意されているのは、エロワールのショコラに胡桃の焼き菓子、コッコの卵のプディングとどれもブリーの好きなものばかりだ。
 そしてお茶は妊婦によいとされる香り高い薬草茶にこれも薬効があるという菫の蜂蜜をたらして。
 その夜は父のノクトに兄シルヴァ、それに弟ダスクも帰ってきての、和やかな晩餐となった。



 幸せな家族。
 それでも不安はある。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「カルマン様」

 賑やかな晩餐から帰ってきた、自宅。夫夫の寝室。今夜は月のない夜。星明かりだけの暗い空、窓の外を見つめるカルマンの背に、柔らかな声がかかり振り返る。
 寝台に腰掛け微笑むブリーがいる。隣に腰掛けて肩を抱き寄せる。

「今日は楽しかったですね」
「ああ」

 答えながらどこか上の空の自分を感じる。

「ご不安なのですか?」
「ああ」

 うなずく、少し前の自分ならばこの最愛に弱さを吐露することなどなかっただろう。庇護すべきと思っていた。ただ大切にしたいと思っていたのだ。
 だが、今はその肩を抱いた手をはずし、そして膨らんだ腹にそっと頬を寄せることが出来る。まるで母に甘えるように。そしてブリーの手が自分の赤毛の頭を撫でる。その手の柔らかさと心地よさも、この家に二人で戻ってきて知った。

 安らぎも。

「大丈夫ですよ」
「そうだな」
「だってカルマン様がそばにいてくださるのですから」
「ああ、俺がついてる」

 自分が守るだけでなく、この番と二人で歩んでいくのだと。
 その日も二人で手を繋いで眠りについた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 不思議な夢を見た。

「父様ありがとう」

 顔は見えない。でも、母親譲りの垂れたふわふわの耳で、それが我が子なのだとわかった。
 だがその毛色は茶色ではなく、赤毛でもない。そうだ、あの東方の十四朗にタロウが生まれた祝いだともらった花の色だ。子供が元気に育つ邪気払いだと、若木だった木は生長し、春先になれば淡い色の可愛い花をつける。その淡い薄紅の花の色。

「母様と一緒に愛して望んでくれたから、こうして未来に会うことが出来るよ」

 「絶対、絶対、会いに行くから」と……その子は言って消えた。
 背後に長身の影が抱きしめているのが見えたのは幻か?
 その頭に自分達と同じ尖った耳と、揺れる尻尾が見えたのも。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「腹の子の名前を決めたぞ」

 目覚めてすぐに隣の妻にいった。

「もう……ですか?」

 きょとりとするブリーにその名を告げると、破顔して言った。

「とてもよい名前ですね」



 そして、カルマンとブリーの間に十番目の子が生まれた。
 母親にそっくりな垂れ耳の兎。その毛色は父親の赤の毛色を淡く淡くしたよう。
 家の庭の春先に咲く、桃の花ように可愛らしい。
 その子は、『モモ』と名付けられた。






   END




────────
これにてカルマンのお話をおしまいです。
……そして、モモちゃんの物語につづきます~。それはまた書影が発表された頃に開始したいと思います。



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