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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【22】一歩ずつ前に進んで
しおりを挟むプルプァはかわらずサンドリゥムのカールの離宮で暮らすことになった。カールは大満足そうであるが、連日のように入れ替わりでデイサインとヴィヴィアーヌがやってくるとぶつぶつ文句をいっている。
可愛い兎さんを手元においておけるのだから、それぐらいいいだろうと周囲は生温かい目で見ていた。
そして結婚までの二年、プルプァもただ無邪気に過ごす訳にはいかなかった。
地下に閉じこめられ世間から断絶されていた、プルプァの精神年齢は七歳で止まったままだ。たいへん賢い子ではあるが、いかんせんその言動は幼く危うい。
プルプァは三日に一度は交替でデイサインの王城と、ヴィヴィアーヌの城館へと通うことになった。デイサインからは王侯が受けるべき帝王教育を。ヴィヴィアーヌからはフェロモンの扱いを習うためだ。
それから常の教育係に選ばれたのは。
「本日より午前の時間、わたくしがプルプァ様にお教えすることになりました」
ジョーヌが離宮をおとずれて、貴族としての振るまいを教えることになった。他の専門的な学問については王立大学や魔法研究所から送られた教師が受け持つことになる。
「はい、よろしくお願いします。ジョーヌさま?」
「疑問形ですがよく出来ました」
教える場所は、プルプァのためにつくられたキラキラの小・サロンではない。「ここは教育の場に適しません」とジョーヌは離宮の図書室を選んだ。カールは大変残念な顔していたがさらりと無視された。お馬さんやうさぎさんにまたがってでは、授業に身が入らない。
「はい、プルプァ、頑張ります」
「そのご自分を指すおっしゃり方も“表向き”変えねばなりませんね」
首をかしげるプルプァにジョーヌは続ける。
「シルヴァお兄様の前やわたくし達“家族”の前では、ご自分のことはその愛らしいお名前呼びで構いません。
スノゥお母様にしても内々では“俺”ですし、アーテルお兄様やザリアも“僕”です。ですが、公の場、他の方々の前では“私”といいます」
「まあ、あの三人もだいぶ怪しいのですが……」とジョーヌがつぶやく。プルプァはこてんと首をかしげて、しばらく考えて。
「ではプルプァはジョーヌ様とおなじ“わたくし”にします。ジョーヌ様が“わたくし”というのは、とても綺麗に聞こえるので。
わたくしはわたくしです。これであってますか?」
プルプァがことりと反対側に首を傾げるのにジョーヌは「はい、あっています。たいへんよくお出来になりました」と褒めたあと。
「さすが魔性の愛らしさ。これではシルヴァお兄様がひとたまりもなかったことが、よくわかりました」
とつぶやいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そして、夜。
同じベッドに横たわり、プルプァとシルヴァは今日一日のことを報告しあう。
プルプァは「わたくしというのを覚えました」といい、シルヴァはそんなプルプァの頭を撫でて「よく出来たね」と褒める。
「わたくし、がんばってシルヴァ様との結婚式までにたくさん覚えます!」
昼間、ジョーヌにならった言葉をさっそく使う、プルプァにシルヴァはくすりと笑う。
「がんばるプルプァを私も応援するよ。でも無理をしてがんばりすぎる必要はないんだよ」
「プルプァはがんばってはいけないの?」
「そうではないよ。努力することは大切だけど、そのために疲れて動けなくなってしまって意味がないだろう?
そうなると明日にがんばることが出来なくなる。わかるね?」
「うん、プルプァ、最初は歩きすぎたり、走りすぎたりすると次の日は、本当に疲れて動けなくなっていた」
「そう、そうなると次の日の授業は受けられなくなる。もしかすると次の日もね。そうなれば、がんばることは逆に足踏みだ。
だからね。今の自分の身体が悲鳴をあげるまでがんばることはないんだ。毎日、少しずつ積み重ねていけば、気がつくと今よりたくさんがんばれるようになっているからね」
「どこまでがんばればいいのかも考えなきゃいけないってこと? すこし難しい」
考えこんでしまったプルプァにシルヴァは「たしにか難しいね。ごめんね、混乱させてしまったかな?」とゆっくりとその長いお耳の左の根元をくすぐる……と、リーンと左の耳に付けられた銀色のスズランの小さなベルが涼やかな音を立てる。心地よいとプルプァは目を細め、シルヴァはピアスをそっととりさった。明日の朝、身支度のときにまた彼の手で新しいピアスをつけるのだ。
「でも、結婚まで二年ですべてを覚える必要なんてないんだ。結婚したあとの私達の時間のほうがずっと長いし、そのあとでも“学ぶ”ことは出来るのだからね。
だから一歩ずつ進んでいけばいいんだよ。私はいつもプルプァのそばにいて一緒に歩んでいくよ」
「うん」とプルプァはうなずいて、いつものようにシルヴァの温かな腕を枕に眠りについた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
プルプァのことあり、他国の援助要請に自身が行くことは控えていたシルヴァだが、今回はどうしても自ら出なければならないようだった。
ロッシが商都ガトラムル首領として長年探らせていた、大がかりな闇奴隷商組織。その摘発にサンドリゥム王国も協力することになった。
あの地下の娼館を切っ掛けに、確実な証拠をつかめたという。相手は私軍も抱えているというから、たしかに摘発にはこちらもしっかりした武力でもって、対抗しなければ難しい。
そうそう、あの茶会を台無しにする切っ掛けとなった、酒乱の大山猫の領主であるが、あの騒動で社交会から総スカンを食ってしまい、領地に引きこもって飲んだくれる毎日という。秘密倶楽部があった中州も、なんだかんだで山犬の領主にとられたとか。
そして、シルヴァはどうしてもプルプァの元を離れなければならない。
プルプァには仕事でどうしても一晩は、戻って来られないと伝えれば、こくりとうなずいた。
「お仕事、がんばってね」
「ああ、プルプァも私はいないけれど、夜は必ずベッドに入って横になるんだよ」
「うん、プルプァ、頑張って寝る」
「いや睡眠は頑張ってとるものではないのだけどね」
意気込むプルプァにシルヴァは苦笑した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
眠れない。
プルプァは目を閉じているのも諦めて、天蓋の天井を見上げた。お月様とお星様のモビールがゆっくり回ってる。いつもなら綺麗だね……とシルヴァと二人で見ているけれど、今はそのシルヴァがいない。
寂しい。
じわりと涙が浮かびそうになって、プルプァは我慢した。だって一人で大丈夫だって約束した。シルヴァはお仕事頑張っているから、プルプァだって眠るのをがんばる!
と思っていたら、カチャリと扉が開いた。薄暗い室内でも、ふわりと浮かび上がる白いお耳でわかる。
「ママン?」
「やっぱり寝てなかったか?」
スノゥは苦笑して椅子を引き寄せて、ベッドの脇に座る。
「ごめんなさい……」
「なんで謝る? シルヴァだってチビ助の頃は一人で寝るのに苦労していたぞ」
「シルヴァも?」
「ああ、あれは赤ん坊の頃からアーテルと一緒だったからな」
二人が五歳となってさすがに部屋を分けようという話になった。
「意外に図太いアーテルはすやすや寝たんだがな。シルヴァの奴は目が冴えちまってしばらく寝られずにな」
なのに幼い頃から生真面目だった長男は、昼間は頑張って起きていようとふらふらしていた。
「シルヴァ、可哀想……どうしたの?」
「こうしたんだよ」
スノゥはプルプァの敷布のかかった胸元を軽くトントンと叩く。そのゆっくりとした調子とともに、ささやくような声で歌い始める。
その子守歌にプルプァはいつしか眠りについていた。
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