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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【13】弱くて強くてしなやかな命
しおりを挟むだから“三人”を“逃がした”のだとヴィヴィアーヌは語った。
「プルプァが生まれてすぐにブリトンの地へ。愛し子とともに、夫婦に穏やかな“余生”をと」
ブリトンとは大陸の西、狭い海峡を挟んである大きな島だ。その島のすべてと大陸沿岸部に広大な領土を持つのがノーマン国だ。
エ・ロワールはそのノーマンと国境を接しているが、なぜヴィヴァアーヌがその帝国の領土であるブリトンへと彼らを送ったのか? また“余生”とは? と、問いかけるものがいなかったのは、彼女の話がまだ続いていたからだ。
「ブリトンはマンの孤島の城で彼らは穏やかに暮らしていたのよ。だけどプルプァが七歳になったときに、どうしても、わたくしの元へと呼び寄せなければならなくなって……」
三人はひそかに島を脱出し、大陸へとわたりノーマンの領土を横断し、エ・ロワールへはあと少しという森の中で、その“悲劇”は起こったという。
「帝国の暗殺者達はツィーゲ皇子の追跡を諦めていなかったのよ。命を下した母后が亡くなってすでに数十年はたっているというのに」
ツィーゲは家族を守るために戦った。満身創痍でありながら立ったまま亡くなるという壮絶な死に様だったという。あたりには十数人の刺客達の死体が転がっていたと。
「……そしてツィーゲが妻と子を守るために、彼らを隠したのでしょう。廃屋には背中を斬られたデルフィーヌの亡骸があったわ。
でもプルプァは……」
アサシン達の襲撃にツィーゲが逃がした従者の知らせをうけて、ヴィヴィアーヌが駆けつけたときには両親は手遅れでプルプァの姿はどこにもなかったという。
「ではプルプァがなぜ助かり、あの秘密倶楽部の娼館に売られたのかは?」
シルヴァの問いにヴィヴィアーヌは「わからないわ」と首を振る。
「でも、あの子の助かった経緯ならば、もしかして……という心当たりはあるわ。プルプァが“力”を使ったならば、誰もあの子に近寄ることは出来ないもの」
たしかにプルプァがあのフェロモンを使ったならば、それは絶対の結界だ。暗殺者でもプルプァを害することは出来ないだろう。
そしてヴィヴィアーヌはサロンで自分を囲む、シルヴァにノクト、スノゥ、そしてカールを見回し。
「両親の死はけしてあの子のせいではないわ。もちろん、ここにいる方々がそんな誤解をすることはないとわかっていますけど」
執拗な追跡者のアサシン達に気付かれるかもしれない。その危険冒してまで、三人がエ・ロワールの地に向かわねばならなかった理由は、プルプァの力の“覚醒”があったという。
「従僕と二人で遊んでいたときに、凶暴な野犬にプルプァは襲われたの。そこであの力を発動させた」
プルプァに飛びかかった野犬は、その場で泡を吹いて倒れていたという。その力の波動に巻き込まれた従僕も、二人を探しにきたツィーゲが見たときには、白昼夢でも見ているように虚ろな顔をしていたと。
「紫の珍しい毛色を見たときからもしかして……と思ったけれど。でも、麝香猫のフェロモンは“誘惑”異性を惑わせるものよ。“拒絶”のフェロモンなんて聞いたこともない。まして人間だけでなく、野生の動物にまで作用するなんて……」
それでもプルプァに力の使い方を教えられるのは、ヴィヴィアーヌしかいない。だから父であるツィーゲと相談のうえに、危険を冒して親子達はエ・ロワールに戻る決意をしたと。
「デルフィーヌの顔は微笑んでいたわ。背中から刃で刺し貫かれようとも、母親として最後までプルプァを安心させようとしたのね……」
黒いベールごしはらはらとヴィヴァアーヌは涙を流す。ツィーゲとともに二人の亡骸は並んで埋葬したという。
そして、最愛の子を亡くしてからずっと彼女は悲しみに包まれて、喪服をまとうようになったのだと。
「でもプルプァが生きていてくれてよかった。どんな場所にいようとも、生きていてくれさえしたなら……」
それが肉親の純粋な想いだろう。国を守るために多くの男達を手玉にとってきた女傑。それでも彼女もまた一人の母であったのだと、シルヴァもノクトもスノゥも、言葉を詰まらせる彼女を温かく見たが。
「そのワシも、そなたとそなたの娘の母としての話に感動したがなの」
そこにいいにくそうに口を開いたのがカールだ。
「女侯爵よ。先ほどそなた、プルプァちゃんの母のデルフィーヌ姫は一番最初の子だといったな?」
「ええ、私が十九のときにお腹を痛めて産んだ大切な姫ですけど」
「十九……」とつぶやいたカールの眉間にしわがよる。ノクトもスノゥも、シルヴァもなんだ? という顔になる。
「ヴィヴァアーヌさんよ、お前さん、たしかさらに五十年ばかり“お姉さん”ではなかったかな?」
この言葉にカールとヴィヴァアーヌ以外の三人はギョッとする。カール王は現在百歳過ぎ、王侯貴族の寿命は百五十であるからまだかくしゃくとしている。
それをいうならばヴィヴァアーヌは麝香猫の純血種だから、三百歳の寿命を誇るとはいえ……そこにさらに五十歳足すことになる。
カールの遠回しのいいかたは、ご婦人に歳をきくものではないという礼儀を守ったわけだが。
ではプルプァの母のデルフィーヌの年齢は? ということになる。というより、プルプァを生んだ歳を考えると。
そこにノクトが「ツィーゲだが」と口を開く。
「災厄を倒す五人目の英傑として名をあげられたときに、すでにその年齢はモースよりは少し下であったと思うぞ」
「……そういえば確かに、俺がコロシアムで名をあげる前から、双角のツィーゲってのは有名な剣客だったからな」
帝国から逃れアサシンの追撃をかわしながら、流浪の皇子は“傭兵”として大陸各地の戦場で名をあげ、すでに“伝説”となっていたという。
シルヴァは祖母になる女性と祖父と両親の話に、くらくらと目眩がした。
婦人たるヴィヴィアーヌの詳しい年齢ははっきり聞くことは出来ないが、百歳を結構越えた祖父に五十歳を足す。さらにその彼女が十九で生んだデルフィーヌ姫の年齢も結構なものだろう。
そして、父であるツィーゲが、あの大賢者モースより“少し下”。大山羊族の純血種にしてもだ。だからこそ、こちらもプルプァが生まれたときにはかなりな年齢なわけで。
「そうよ、二人は長い間、互いに愛し合いながら“清い関係”だったのよ。ツィーゲが自分はアサシンに追われている身。とても妻などもてないとね」
大陸各地を放浪し、数年に一度はエ・ロワールへとやってくる。その騎士をデルフィーヌは待ち続けたという。
「あきらめろ……とはデルフィーヌにわたくしはいえなかった。あの子は隠された兎の姫だったし、政略結婚なんてさせるつもりない。ならば、本当に愛する男の人を待ち続けるのも幸せではないか? と思ったのよ。
ツィーゲもまた必ずデルフィーヌの元へと“帰って”きていたしね。
長い間“純潔”を守ってきた二人だったけれど、おそらくはツィーゲも歳を取り、兎族のあの子の容姿は変わらなかったけれど、最後の最後で……と思ったのかもしれないわ。
まさか、そこでデルフィーヌがプルプァを身籠もるなんてね。わたくしにも、あの二人にも大きな歓びであったけれど」
だが、子供を育てるにはアサシンの追跡を常に受けているツィーゲの環境は危険すぎた。だからデルフィーヌは二人をブリトンの地に逃した。
本当の夫婦となった二人に、愛し子のプルプァとともに“余生”をおくらせるために。
「デルフィーヌのことでわかったことがあるわ」
ヴィヴィアーヌが真っ直ぐと見たのはスノゥだ。「俺?」と口を開くのに「そうよ」と彼女はうなずき。
「純血種の男子と兎族が結ばれた場合、生まれた子は確実に純血種となる」
たしかにスノゥもまた、虎族の純血種の父と兎族の母とのあいだに生まれた子だった。そして、プルプァの両親も。
これはカルマンとブリーもそうだ。生まれた赤毛の狼たちはすべて純血種だった。まだ兎は生まれていないが。
「それからもう一ついえることは、兎族の寿命は二百歳で、二十歳前後からその容貌は生涯変わらない。
さらにいうならばおそらく、純血種のわたくし達でも百五十を過ぎれば女子は子供を作りにくくなるものだけど」
そこでヴィヴィアーヌは再びスノゥをまじまじとみていった。
「たぶん、兎族のあなたは最後まで子供を作れるんじゃないかしら? おとなりの旦那様が生涯“現役”である限り」
最愛の娘を失った悲しみに喪服に身を包み、表舞台から身を引いた女傑であるが、その物言いはやはり幾多の王侯貴族の男を手玉にとった、魔性の女侯爵であった。
「え? いや? 現役って……」と戸惑うスノゥの横で、ノクトは妙にキリリとした顔をしていた。無口な父が言外にあらわしたいことをシルヴァは、わかってしまった。自分は横に座る愛しい番に対して生涯“現役”だと。
そして、ヴィヴィアーヌは次にシルヴァを見て。
「そして、プルプァも純血種、あなたも純血種。年上のあなたがしっかり“計画”して導くことね」
その言葉にシルヴァは「は、はい、善処します」と答えるしかなかった。
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