96 / 213
鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【1】傾城の蒼兎
しおりを挟むプルプァは珍しいラベンダー色の毛並みの兎族の雄だ。
だけど誰もプルプァとは彼を呼ばない。
娼館の主人が勝手につけたベラドンナという名で呼ぶ。
なぜならプルプァはしゃべれないからだ。
気がついたときにはプルプァという名前以外は覚えておらず、この小さな部屋にいた。
血走った目をした男が、小さな自分を押さえ付けて顔を近づけてきた。
怖かった。
生臭い息に吐き気がした。
触れられることさえ、たまらなく嫌だと思った。
気がつくと、自分の上から男は退いていた。寝台の下の床にへたりこんでいて、虚ろな瞳でぶつぶつとなにかいっていた。
プルプァは寝台で膝を抱えて震えたまま、そんな男と一晩過ごした。男は夜が明けるとふらふらと部屋を出て行った。
恐ろしいことに男は次の日もやっていた。プルプァは男が部屋に入って来るなり声にならない悲鳴をあげた。やっぱり声は喉になにかが詰まったみたいに出なかったけれど。
だけど、男は虚ろな目をしたまま、締めた扉に持たれてずるずるとまた床にへたり込んだ。そうして、やっぱりなにかぶつぶつ言い、へらへらと笑っていた。
プルプァは寝台の上で震えているしかなかった。
男は次の夜もやってきた、また次の夜も。
そうなるとプルプァも慣れてくる。男に……ではない。男の顔など見たくもなかったし、触れられたくもなかった。
ただ自分がそう思うだけで、身体からぷわりと甘い香りが部屋に満ちること、そして、男が動けなくなることに気付いた。
身体の震えはいつの間にかおさまっていた。プルプァは虚ろな顔をした男をベッドで膝を抱えててじっと見つめて、夜が明けて男が出て行くのを見た。
そして、ある日、ぱったりと男は来なくなった。
「あんたに貢ぎこんで借金して首が回らなくなったのさ」
プルプァの世話係の古狐のやり手婆が、伸びた水色の髪をくしけずりながらいった。「まだこんな子供なのにとんだ傾城だね、ベラドンナ」と呼びかけられて自分の名前は「プルプァ」だと反論する。やはり声には出来なかったけど。
やり手婆の皺だらけの手がプルプァの髪を結い上げて、そこにべっこうや、珊瑚のかんざしを挿していく。最後に細く華奢な白い肩を出すように、白いレースのガウンを着せかけた。裾は長いが白い素足はみせるように前は開いて。その足には嫌に扇情的な赤い色のリボンを巻き付けて。
「今夜は“次の旦那”がやってくる。休む暇なんてないよ。せいぜいその手管で男を虜にして、搾り取ってやるといいさ」
やり手婆の言葉どおりに、新しい男がプルプァの部屋をおとずれた。プルプァはもう“慣れて”ただ、男に近寄らないで……と思うだけでよかった。彼は前の男と同じように虚ろな顔となって、一晩部屋でプルプァに指一本触れることなく過ごし出て行く。
部屋の外では「姫様の具合はどうでしたか?」とやり手婆の声がして「ああ、噂通り素晴らしかった、今夜も来る」とどこかぼんやりとした男の声がした。
その男もしばらくすると来なくなった。やり手婆は「また次の旦那が来るよ」と告げた。
色々な男達がプルプァの小さな部屋をおとずれた。「こんばんは、君が噂のベラドンナ姫かい?」なんて穏やかに初めは挨拶した男も、すぐにプルプァに触れようとしたから“いつもののように”すればすぐに虚ろな目になった。
犬族に猫族、狐族や豹、狼、鹿……と様々な種族の男達がプルプァの部屋を毎夜狂ったようにおとずれ、そして消えていった。
プルプァは知らない。
伝説のように語られる裏の世界、闇の娼館の隠された姫君。一度抱けば天国のような気分が味わえるが、それは転落の第一歩であると。
それでも男達は金貨の山を宝石を姫君に貢ぎ続ける。そのために城に領地、国さえ売っていいと。
傾城のベラドンナとそんな名前で自分が語られていることを。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
扉を開けてはいってきた男に、寝台の中のプルプァはすぐに近寄らないで……と香りをふきかけた。
この頃にはもう訪れる客の挨拶なんて聞かなくなっていた。初めはどんなに穏やかな笑みを浮かべていても、必ずプルプァに触れようとしてくるから。
「なるほどこれは……並の者ならひとたまりもないな」
男はそうつぶやいて、プルプァのいる天蓋付きの寝台へと近寄ってくる。天蓋の薄い紗のカーテン越しプルプァは震えた。なぜ“通じない”のか。わからずに。
「こんばんは」
そのプルプァのおびえを感じ取ったように、男は寝台より三歩離れたところで立ち止まった。そして挨拶をする。
「出来れば顔を見せて欲しいな。君の話を聞きたい」
話? とプルプァは思う。今までの男達は一方的に話しかけてくることはあっても、プルプァの話を聞きたいなんていうものはなかった。やり手婆だってそうだ。
プルプァはやり手婆の意味はしらない。ただあの老狐の女が「あたしの名前はやり手婆でいいさ。どうせここではみんな源氏名だ」といっていたから。プルプァだってベラドンナという名ではない。
そのやり手婆だってプルプァに言いたいことだけ言って去って行く。大体はずっと通っていた男がもう来ないことと、次の旦那だという男が来るということ。それだけだ。
プルプァと話をしたいなんて。寝台のはしににじり寄って、紗のカーテンを薄く開いてみた。
そこには目元を覆う仮面舞踏会用の黒い仮面、それにマントのフードを目深に被った男が立っていた。その姿だけで、プルプァはびっくりして固まってしまう。
「ああ、すまない。外の者に顔を見られてはまずいんで隠していたんだった」
男はすぐに気がついて、マントのフードを後ろへとはねた。さらには黒い髪を無造作にとった。そう黒髪のそれはかつらだったのだ。
そこからあらわれたのは滝のように輝く長い銀髪。頭の上には同じ銀色の尖った狼の耳。
そして目元を覆う仮面を外せば、銀色のお月様のような輝く瞳が真っ直ぐにプルプァを見た。
「初めまして隠された姫君。私の名はシルヴァ」
彼は床に片膝をついて胸に手を当てた。優雅な仕草にプルプァは思わず見とれた。それが貴婦人に対する騎士の最上級の礼だとは知らなかったけれど。
王子様だ……と思った。
38
お気に入りに追加
2,808
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
悪魔の子と呼ばれ家を追い出されたけど、平民になった先で公爵に溺愛される
ゆう
BL
実の母レイシーの死からレヴナントの暮らしは一変した。継母からは悪魔の子と呼ばれ、周りからは優秀な異母弟と比べられる日々。多少やさぐれながらも自分にできることを頑張るレヴナント。しかし弟が嫡男に決まり自分は家を追い出されることになり...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。