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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【1】傾城の蒼兎

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 プルプァは珍しいラベンダー色の毛並みの兎族の雄だ。
 だけど誰もプルプァとは彼を呼ばない。
 娼館みせの主人が勝手につけたベラドンナという名で呼ぶ。
 なぜならプルプァはしゃべれないからだ。

 気がついたときにはプルプァという名前以外は覚えておらず、この小さな部屋にいた。
 血走った目をした男が、小さな自分を押さえ付けて顔を近づけてきた。

 怖かった。
 生臭い息に吐き気がした。
 触れられることさえ、たまらなく嫌だと思った。

 気がつくと、自分の上から男は退いていた。寝台の下の床にへたりこんでいて、虚ろな瞳でぶつぶつとなにかいっていた。
 プルプァは寝台で膝を抱えて震えたまま、そんな男と一晩過ごした。男は夜が明けるとふらふらと部屋を出て行った。

 恐ろしいことに男は次の日もやっていた。プルプァは男が部屋に入って来るなり声にならない悲鳴をあげた。やっぱり声は喉になにかが詰まったみたいに出なかったけれど。
 だけど、男は虚ろな目をしたまま、締めた扉に持たれてずるずるとまた床にへたり込んだ。そうして、やっぱりなにかぶつぶつ言い、へらへらと笑っていた。

 プルプァは寝台の上で震えているしかなかった。
 男は次の夜もやってきた、また次の夜も。

 そうなるとプルプァも慣れてくる。男に……ではない。男の顔など見たくもなかったし、触れられたくもなかった。
 ただ自分がそう思うだけで、身体からぷわりと甘い香りが部屋に満ちること、そして、男が動けなくなることに気付いた。

 身体の震えはいつの間にかおさまっていた。プルプァは虚ろな顔をした男をベッドで膝を抱えててじっと見つめて、夜が明けて男が出て行くのを見た。
 そして、ある日、ぱったりと男は来なくなった。

「あんたに貢ぎこんで借金して首が回らなくなったのさ」

 プルプァの世話係の古狐のやり手婆が、伸びた水色の髪をくしけずりながらいった。「まだこんな子供なのにとんだ傾城だね、ベラドンナ」と呼びかけられて自分の名前は「プルプァ」だと反論する。やはり声には出来なかったけど。

 やり手婆の皺だらけの手がプルプァの髪を結い上げて、そこにべっこうや、珊瑚のかんざしを挿していく。最後に細く華奢な白い肩を出すように、白いレースのガウンを着せかけた。裾は長いが白い素足はみせるように前は開いて。その足には嫌に扇情的な赤い色のリボンを巻き付けて。

「今夜は“次の旦那”がやってくる。休む暇なんてないよ。せいぜいその手管で男を虜にして、搾り取ってやるといいさ」

 やり手婆の言葉どおりに、新しい男がプルプァの部屋をおとずれた。プルプァはもう“慣れて”ただ、男に近寄らないで……と思うだけでよかった。彼は前の男と同じように虚ろな顔となって、一晩部屋でプルプァに指一本触れることなく過ごし出て行く。
 部屋の外では「姫様の具合はどうでしたか?」とやり手婆の声がして「ああ、噂通り素晴らしかった、今夜も来る」とどこかぼんやりとした男の声がした。

 その男もしばらくすると来なくなった。やり手婆は「また次の旦那が来るよ」と告げた。

 色々な男達がプルプァの小さな部屋をおとずれた。「こんばんは、君が噂のベラドンナ姫かい?」なんて穏やかに初めは挨拶した男も、すぐにプルプァに触れようとしたから“いつもののように”すればすぐに虚ろな目になった。
 犬族に猫族、狐族や豹、狼、鹿……と様々な種族の男達がプルプァの部屋を毎夜狂ったようにおとずれ、そして消えていった。

 プルプァは知らない。
 伝説のように語られる裏の世界、闇の娼館の隠された姫君。一度抱けば天国のような気分が味わえるが、それは転落の第一歩であると。
 それでも男達は金貨の山を宝石を姫君に貢ぎ続ける。そのために城に領地、国さえ売っていいと。



 傾城のベラドンナとそんな名前で自分が語られていることを。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 扉を開けてはいってきた男に、寝台の中のプルプァはすぐに近寄らないで……と香りをふきかけた。
 この頃にはもう訪れる客の挨拶なんて聞かなくなっていた。初めはどんなに穏やかな笑みを浮かべていても、必ずプルプァに触れようとしてくるから。

「なるほどこれは……並の者ならひとたまりもないな」

 男はそうつぶやいて、プルプァのいる天蓋付きの寝台へと近寄ってくる。天蓋の薄い紗のカーテン越しプルプァは震えた。なぜ“通じない”のか。わからずに。

「こんばんは」

 そのプルプァのおびえを感じ取ったように、男は寝台より三歩離れたところで立ち止まった。そして挨拶をする。

「出来れば顔を見せて欲しいな。君の話を聞きたい」

 話? とプルプァは思う。今までの男達は一方的に話しかけてくることはあっても、プルプァの話を聞きたいなんていうものはなかった。やり手婆だってそうだ。
 プルプァはやり手婆の意味はしらない。ただあの老狐の女が「あたしの名前はやり手婆でいいさ。どうせここではみんな源氏名だ」といっていたから。プルプァだってベラドンナという名ではない。

 そのやり手婆だってプルプァに言いたいことだけ言って去って行く。大体はずっと通っていた男がもう来ないことと、次の旦那だという男が来るということ。それだけだ。
 プルプァと話をしたいなんて。寝台のはしににじり寄って、紗のカーテンを薄く開いてみた。
 そこには目元を覆う仮面舞踏会用の黒い仮面、それにマントのフードを目深に被った男が立っていた。その姿だけで、プルプァはびっくりして固まってしまう。

「ああ、すまない。外の者に顔を見られてはまずいんで隠していたんだった」

 男はすぐに気がついて、マントのフードを後ろへとはねた。さらには黒い髪を無造作にとった。そう黒髪のそれはかつらだったのだ。
 そこからあらわれたのは滝のように輝く長い銀髪。頭の上には同じ銀色の尖った狼の耳。
 そして目元を覆う仮面を外せば、銀色のお月様のような輝く瞳が真っ直ぐにプルプァを見た。

「初めまして隠された姫君。私の名はシルヴァ」

 彼は床に片膝をついて胸に手を当てた。優雅な仕草にプルプァは思わず見とれた。それが貴婦人に対する騎士の最上級の礼だとは知らなかったけれど。



 王子様だ……と思った。



 



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