47 / 213
行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】
行き遅れ平凡兎と年下王子様【3】
しおりを挟む手紙を書くといったが、なにを書いたらいいのかわからん!
最初の一行にブリーは面食らった。子供の字だけれど、意外にしっかりした字を書かれる。あのお人柄がうかがえるような力強い字。
ジョーヌに聞いたらあきれた顔をされた。あいつは生意気な弟だ。俺よりちょっとだけあとに産まれたクセに。
あとに産まれたクセに……でいいのに“ちょっとだけ”とつけるところが、大変正直でつい微笑んでしまう。
だけどあいつはいいことをいった。「今日一日あったことを書けばいいじゃないですか」……と。俺は実行してみることにした。
が、昨日は一日、ブリーといたではないか。これではブリーは知っている。あいつに文句をいったら、さらにあきれた顔で「お別れしたあとのことを書けばいいじゃないですか?」といった。
ブリーと別れたあとカルマンは王宮の図書室にいって百科全書を頭から読んでみたという。
Aの項目を読み終わらないうちに寝てしまったぞ。おかげで夕餉の時間まで寝こけて、探しにきた女官長に図書室はお昼寝の場所ではありませんとおこられた。
あれを三日でどうやって読むんだ? というカルマンの文句に、ブリーは失礼かな? と思いつつ、吹き出してしまった。
お返事を書こうと羽ペンをとって考える。よく考えるとブリーも、手紙を書くのは初めてだった。星々の地図やその軌道の計算の数式ならすらすら書けるけれど、さすがのブリーもそれを送ったら「なんだ? この暗号?」というお答えが返ってくることぐらいわかる。
だってブリーの星図や数式のびっしり書かれた紙を、母が見ると「あなたが楽しんでいるのはわかるけれど、わたくしにはさっぱりわからないわ」というのだ。大学教授の父も「ブリーの好きなことをしなさい」と言ってくれるけど史学が専門の父にも興味がないことはわかる。
まあ、自分がやっていることはひどく無駄なことなのだと自覚してる。大陸の地図ならともかく、星の地図なんて作ってなんになるのか? さらには空を移動する動きまで計算するなんて。
でも、ブリーには楽しいからいいのだ。
楽しいで思い出す。
ブリーは結構な乱読家だ。なにしろ屋敷の中が世界だからある本は全部読んだ。そのなかにカルマンが寝ないで楽しめる本はないだろうか?
そうだ! と思う。あの本がいいだろう。
実は妖精の化身だった美しい蝶を助けたことで、永遠に子供のままのオモチャの国に誘われた男の子。そこで、子供達としばらく楽しく遊んで暮らしていたけれど、悪い怪物の大人達がいきなりやってきて、その暮らしを壊す。
男の子はオモチャの国に伝わる光の剣をとって英雄となり、子供達の兵隊を指揮して、知恵と勇気で大人の怪物達をぎゃふんといわせて、彼らを地の底への井戸へと封印する。
そこで小さな妖精の呪いは解けて、なんと彼女は美しい少女の姿の女王となる。
男の子は女王にこの国の王様となって、ずっとわたしと楽しく暮らしましょうと誘われるのだが、男の子はここでいうのだ。
「ダメだよ、僕は大人にならなきゃ」
そのとたん目が覚めて、男の子は自分の部屋のベッドの中。お母さんの「起きなさい!」という声がドアにの向こうから聞こえるというところで終わる。
冒険活劇のようでいて、最後はなんだか教訓めいている、不思議なお話だけどブリーは子供心に鮮烈に覚えていた。
なぜ、男の子は永遠に子供のまま王様になれるというのに、美しい妖精の女王の誘いを断ったのか。
大人にならなきゃ……なんていって目を覚ましてしまったんだろう?
いまだにブリーには疑問であったりするのだ。
数式ならくっきり出る答えも、物語だとあいまいだ。
とにかく、おもしろくて、ちょっと不思議な本ですと紹介して、ブリーは手紙をしたためたのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
返信は三日後にやってきた。
手紙には一輪の黄色いガーベラの花が添えられていた。
手紙だけを送ったとアーテルの兄貴に話したら、気の利かない男だと怒られた。庭で綺麗に咲いている花をお前のことを考えながら選べといわれた。ただし薔薇の花なんて、まだ生意気だからダメなんだと。注文の多い兄貴だ。
いきなりの書き出しがこれである。しかし、自分のことを考えて選んだお花? とブリーは窓辺の一輪挿しの花を見る。母が手紙に添えられたガーベラをみるなり「あらあら、まあまあ、これはおそれおおいこと」と飾ってくれたけれど正解だったようだ。
それから紹介された本を読んだ。百科全書の一巻並に分厚くて、また途中で寝てしまうか? と思ったが全部読めた。
あれを三日で読まれるなんて……とブリーは目を見張る。本はあまりお好きそうではなかったのに……でも自分がいった百科全書も読もうとしてくださったようだし。
Aの項目のどの辺でお休みになられたのか、知りたいな……とふと思ってしまう。あの篦鹿の哲学者の項目だろうか? 四英傑の一人の賢者モース様は彼の子孫だ。
悪い大人の怪物達をコテンパンにやっつけたのは、爽快だったと書かれていた。やっぱり男の子は冒険活劇が好きだなと思ったけれど。
俺はあいつが大人にならなきゃといった気持ちがわかる。
意外な言葉にブリーは茶水晶の瞳をぱちぱちと二回瞬きした。
夢のような子供だけの国で悪者を退治して英雄になって、かわいいお姫様にずっと一緒に幸せに暮らしましょうと誘われる。
それを断る理由があるのだろうか?
いまのままだって俺はあの“英雄”なみに強いと思う。剣だって扱えるし馬にも乗れる。
とは、自信家の彼らしい言葉だ。だったらなぜ大人にならなければならないのか? ますます疑問だ。
だけど父上や母上や兄上や兄貴にもまだまだ敵わない。もっと大きくなりたいと思う。
でも力だけが欲しい訳じゃない。
これも意外だった。ただ強くなりたいと、あの年頃の子なら単純に考えるだろうに。
俺は大人になってこの国を守る父上や、グロースター家を継ぐ兄上のお力になりたい。母上のノアツン国もだ。父上は、それがグロースター家に生まれた狼の責任だという。それだけの力が俺と兄様と、まだ産まれたばかりのダスクにもあるって言われた。あいつはまだ「だぁだぁ」いってるだけだけどな。
ダスク様とは、今年お生まれになった大公家の五男だ。黒に近い藍色の毛並みの純血種の狼。双子の弟にザリア様がいる。こちらは暁色の毛並みの純血種の兎で小さくお生まれになってずいぶん心配されたそうだが、それ以外はお元気だと効いて国民はみんなホッとしたものだ。あと兎族の特徴であるお耳がちょっと短いとか。
大公家の一員として国をもり立てていく重責。
そのためには大人になることを怖れないと……八歳の子の決意に……ブリーはため息をついた。
そして、自分はなにをしているのだろう? と思う。
兎族で生まれたがゆえに、隠れて生きることが当たり前というよりそれしか知らなかった。父と母は自分を大切にしてくれた。大好きな本を読み、星空を見上げ数式で紙を埋める。それでブリーの日々は満ち足りていると思っていた。
そんな自分はもう二十三だ。
年齢だけをいうならば立派な大人なのだろう。
身体と歳だけならば。
だけど、自分はあまりにもなにも知らない。
外の世界も人々もなにもかも……。
私は大人になることが怖いです。
だから、つい正直な気持ちを書いてしまった。
だって、知らない世界に飛び出すことは怖くはありませんか?
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌日。
手紙を出したことをブリーは後悔していた。
本を読んでいただいて嬉しかったと、お花をありがとうございましたと。
それでよかったのだ。
なのに、なんであんなことを書いて送ってしまったのだろう。
あの勇敢な狼の少年はあんな弱音の手紙をもらって、自分に呆れたのではないだろうか?
やっぱり普通の兎だな。弱虫だと嫌われただろうか?
嫌われる……とそう思っただけで、ブリーの胸はズキズキと痛んだ。いつもは集中できる数式の計算の手も止まるほど。
いきなりの来客が告げられた。「と、とにかく来てちょうだい!」という母の慌てた様子に誰かも確かめずに客間へと向かい、大きく茶水晶の瞳を見開く。
「カルマン様……」
そこにはずっと考えていた少年の姿があった。
────────────────────
前編、中編、後編……で終わりそうにないので、数字にしました>_<
しばしお付き合いを。
ブリー編書いたら、カルマン視点も書いた方がいいのかな?
53
お気に入りに追加
2,808
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
悪魔の子と呼ばれ家を追い出されたけど、平民になった先で公爵に溺愛される
ゆう
BL
実の母レイシーの死からレヴナントの暮らしは一変した。継母からは悪魔の子と呼ばれ、周りからは優秀な異母弟と比べられる日々。多少やさぐれながらも自分にできることを頑張るレヴナント。しかし弟が嫡男に決まり自分は家を追い出されることになり...
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。