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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】

行き遅れ平凡兎と年下王子様【3】

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 手紙を書くといったが、なにを書いたらいいのかわからん! 



 最初の一行にブリーは面食らった。子供の字だけれど、意外にしっかりした字を書かれる。あのお人柄がうかがえるような力強い字。



 ジョーヌに聞いたらあきれた顔をされた。あいつは生意気な弟だ。俺よりちょっとだけあとに産まれたクセに。



 あとに産まれたクセに……でいいのに“ちょっとだけ”とつけるところが、大変正直でつい微笑んでしまう。



 だけどあいつはいいことをいった。「今日一日あったことを書けばいいじゃないですか」……と。俺は実行してみることにした。
 が、昨日は一日、ブリーといたではないか。これではブリーは知っている。あいつに文句をいったら、さらにあきれた顔で「お別れしたあとのことを書けばいいじゃないですか?」といった。



 ブリーと別れたあとカルマンは王宮の図書室にいって百科全書を頭から読んでみたという。



 Aの項目を読み終わらないうちに寝てしまったぞ。おかげで夕餉の時間まで寝こけて、探しにきた女官長に図書室はお昼寝の場所ではありませんとおこられた。



 あれを三日でどうやって読むんだ? というカルマンの文句に、ブリーは失礼かな? と思いつつ、吹き出してしまった。



 お返事を書こうと羽ペンをとって考える。よく考えるとブリーも、手紙を書くのは初めてだった。星々の地図やその軌道の計算の数式ならすらすら書けるけれど、さすがのブリーもそれを送ったら「なんだ? この暗号?」というお答えが返ってくることぐらいわかる。
 だってブリーの星図や数式のびっしり書かれた紙を、母が見ると「あなたが楽しんでいるのはわかるけれど、わたくしにはさっぱりわからないわ」というのだ。大学教授の父も「ブリーの好きなことをしなさい」と言ってくれるけど史学が専門の父にも興味がないことはわかる。
 まあ、自分がやっていることはひどく無駄なことなのだと自覚してる。大陸の地図ならともかく、星の地図なんて作ってなんになるのか? さらには空を移動する動きまで計算するなんて。

 でも、ブリーには楽しいからいいのだ。
 楽しいで思い出す。

 ブリーは結構な乱読家だ。なにしろ屋敷の中が世界だからある本は全部読んだ。そのなかにカルマンが寝ないで楽しめる本はないだろうか? 
 そうだ! と思う。あの本がいいだろう。

 実は妖精の化身だった美しい蝶を助けたことで、永遠に子供のままのオモチャの国に誘われた男の子。そこで、子供達としばらく楽しく遊んで暮らしていたけれど、悪い怪物の大人達がいきなりやってきて、その暮らしを壊す。
 男の子はオモチャの国に伝わる光の剣をとって英雄となり、子供達の兵隊を指揮して、知恵と勇気で大人の怪物達をぎゃふんといわせて、彼らを地の底への井戸へと封印する。
 そこで小さな妖精の呪いは解けて、なんと彼女は美しい少女の姿の女王となる。
 男の子は女王にこの国の王様となって、ずっとわたしと楽しく暮らしましょうと誘われるのだが、男の子はここでいうのだ。

「ダメだよ、僕は大人にならなきゃ」

 そのとたん目が覚めて、男の子は自分の部屋のベッドの中。お母さんの「起きなさい!」という声がドアにの向こうから聞こえるというところで終わる。
 冒険活劇のようでいて、最後はなんだか教訓めいている、不思議なお話だけどブリーは子供心に鮮烈に覚えていた。
 なぜ、男の子は永遠に子供のまま王様になれるというのに、美しい妖精の女王の誘いを断ったのか。
 大人にならなきゃ……なんていって目を覚ましてしまったんだろう? 

 いまだにブリーには疑問であったりするのだ。
 数式ならくっきり出る答えも、物語だとあいまいだ。

 とにかく、おもしろくて、ちょっと不思議な本ですと紹介して、ブリーは手紙をしたためたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 返信は三日後にやってきた。
 手紙には一輪の黄色いガーベラの花が添えられていた。



 手紙だけを送ったとアーテルの兄貴に話したら、気の利かない男だと怒られた。庭で綺麗に咲いている花をお前のことを考えながら選べといわれた。ただし薔薇の花なんて、まだ生意気だからダメなんだと。注文の多い兄貴だ。



 いきなりの書き出しがこれである。しかし、自分のことを考えて選んだお花? とブリーは窓辺の一輪挿しの花を見る。母が手紙に添えられたガーベラをみるなり「あらあら、まあまあ、これはおそれおおいこと」と飾ってくれたけれど正解だったようだ。



 それから紹介された本を読んだ。百科全書の一巻並に分厚くて、また途中で寝てしまうか? と思ったが全部読めた。



 あれを三日で読まれるなんて……とブリーは目を見張る。本はあまりお好きそうではなかったのに……でも自分がいった百科全書も読もうとしてくださったようだし。
 Aの項目のどの辺でお休みになられたのか、知りたいな……とふと思ってしまう。あの篦鹿の哲学者の項目だろうか? 四英傑の一人の賢者モース様は彼の子孫だ。
 悪い大人の怪物達をコテンパンにやっつけたのは、爽快だったと書かれていた。やっぱり男の子は冒険活劇が好きだなと思ったけれど。



 俺はあいつが大人にならなきゃといった気持ちがわかる。



 意外な言葉にブリーは茶水晶の瞳をぱちぱちと二回瞬きした。
 夢のような子供だけの国で悪者を退治して英雄になって、かわいいお姫様にずっと一緒に幸せに暮らしましょうと誘われる。
 それを断る理由があるのだろうか? 



 いまのままだって俺はあの“英雄”なみに強いと思う。剣だって扱えるし馬にも乗れる。



 とは、自信家の彼らしい言葉だ。だったらなぜ大人にならなければならないのか? ますます疑問だ。



 だけど父上や母上や兄上や兄貴にもまだまだ敵わない。もっと大きくなりたいと思う。
 でも力だけが欲しい訳じゃない。



 これも意外だった。ただ強くなりたいと、あの年頃の子なら単純に考えるだろうに。



 俺は大人になってこの国を守る父上や、グロースター家を継ぐ兄上のお力になりたい。母上のノアツン国もだ。父上は、それがグロースター家に生まれた狼の責任だという。それだけの力が俺と兄様と、まだ産まれたばかりのダスクにもあるって言われた。あいつはまだ「だぁだぁ」いってるだけだけどな。



 ダスク様とは、今年お生まれになった大公家の五男だ。黒に近い藍色の毛並みの純血種の狼。双子の弟にザリア様がいる。こちらは暁色の毛並みの純血種の兎で小さくお生まれになってずいぶん心配されたそうだが、それ以外はお元気だと効いて国民はみんなホッとしたものだ。あと兎族の特徴であるお耳がちょっと短いとか。

 大公家の一員として国をもり立てていく重責。
 そのためには大人になることを怖れないと……八歳の子の決意に……ブリーはため息をついた。
 そして、自分はなにをしているのだろう? と思う。
 兎族で生まれたがゆえに、隠れて生きることが当たり前というよりそれしか知らなかった。父と母は自分を大切にしてくれた。大好きな本を読み、星空を見上げ数式で紙を埋める。それでブリーの日々は満ち足りていると思っていた。

 そんな自分はもう二十三だ。
 年齢だけをいうならば立派な大人なのだろう。
 身体と歳だけならば。

 だけど、自分はあまりにもなにも知らない。
 外の世界も人々もなにもかも……。



 私は大人になることが怖いです。



 だから、つい正直な気持ちを書いてしまった。



 だって、知らない世界に飛び出すことは怖くはありませんか? 



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇

 翌日。

 手紙を出したことをブリーは後悔していた。
 本を読んでいただいて嬉しかったと、お花をありがとうございましたと。
 それでよかったのだ。

 なのに、なんであんなことを書いて送ってしまったのだろう。
 あの勇敢な狼の少年はあんな弱音の手紙をもらって、自分に呆れたのではないだろうか? 
 やっぱり普通の兎だな。弱虫だと嫌われただろうか? 
 嫌われる……とそう思っただけで、ブリーの胸はズキズキと痛んだ。いつもは集中できる数式の計算の手も止まるほど。

 いきなりの来客が告げられた。「と、とにかく来てちょうだい!」という母の慌てた様子に誰かも確かめずに客間へと向かい、大きく茶水晶の瞳を見開く。

「カルマン様……」

 そこにはずっと考えていた少年の姿があった。




────────────────────

前編、中編、後編……で終わりそうにないので、数字にしました>_<
しばしお付き合いを。
ブリー編書いたら、カルマン視点も書いた方がいいのかな?



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