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【33】決戦 その2

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 リシェリードが倒れていた三日にカイ救出のための進軍の準備のために十日で十三日。
 そして、内側の結界である石積みの羊壁を突破して、騎馬軍が王都まで到達するのに五日かかった。国土を縮小したとはいえ、ラルランドは意外に広い。この国を小国という帝国の領土が広大過ぎるのだ。

 その広大な領土にすみずみまでの統治を可能にしたのが、魔法研究所が開発した転移と転送システムだ。早馬でも数日はかかる距離でも転送ならば一瞬で皇帝の勅命が各地方に届く。逆の情報もしかり。千騎隊は各地に駐屯しているが、司令官の将軍は、常に王都にいながら有事の際には一瞬で転送でその地に飛ぶことが出来る。
 逆に三百年時が止まったままのラルランドでは、まったくもってのんびりしたものだった。王都から離れた国境沿いで起こった結構な大事件でも、一月たってようやく届いたなんて、笑えない話もあるほどだ。

 五日で王都に到達した帝国軍を進軍中、阻むものはなにもなかった。ラルランドの軍といえば、王族を警護するためのお飾りの近衛隊のみなのだ。その近衛も、このあいだの聖女の顔をした魔女が企んだ、貴族やブルジョア達の叛乱にたいして、守るべき王族を見捨てて真っ先に逃げ出した体たらくだ。
 そのピカピカの制服の見た目だけの近衛軍を、リシェリードは責任を取らせて解散させていた。支給の制服代だけでけっこうな国の予算を使っていたのだ。正直税の無駄だ。

 そんなわけで、よく考えるとラルランドには現在、軍といえる軍はない。いや、王宮の警備に必要な人員は、ゴテゴテとした赤の軍服を引っぺがして、鉄兜に革鎧の衛兵として残す奴は残したが。
 帝国軍の王都入場もまったくの抵抗がないものだった。先触れの無抵抗ならば帝国軍は危害をくわえることのないという言葉に、人々は通り過ぎた村や街の人々のように家の中にこもり、王都は全く静まり返っていた。
 王都の門も開けっぱなしで、衛兵達の姿もない。兜と鎧をさっさと脱いで一般人の顔をして逃げ出したか。たぶんそうだろう。まったく情けないが、これがラルランドの現状だ。

 「まったく静かだな」とヴォルドワンがまわりを見る。王都の大通りはさすがに石畳が敷き詰められているが、その道幅は帝都に比べて狭く、木造の建物が並ぶ。
 「王都にくれば、さすがになにかあると思ったが」との言葉に、同じ鞍の前にまたがるリシェリードが「その余裕もないのだろうさ」と答える。

「ラルランドの国土どころか王都を守る余裕などない。王宮ではなにかあるのだろうが」
「……民を見捨てたか」

 ヴォルドワンの告げた響きには隠せない侮蔑があった。国土と民があっての君主だ。それなくして、石の城に籠もったところで未来などない。
 王城にて、果たして彼ら・・は待ち構えていた。

「奴らの命が惜しければ、これ以上城に近寄るではない!」

 城門の脇にある門塔の屋上。立たされているのは今世でのリシェリードの両親であるロラルド王に王妃ナチルダ、腹違いの兄であるトラトリオ王子だ。その彼らの背後から剣を突きつけているのはドゥルセイル卿。かの聖女の身体を乗っ取った魔女の企みにのって、国王一家に叛乱を起こした法服貴族だ。

 その叛乱はリシェリードが前世を思い出したことによる覚醒で失敗し、彼は叛逆者として監獄塔に放り込まれていたはずだった。
 それだけではない。国王一家の周りには、かの叛乱に加わり、同じく監獄塔に放り込まれていたブルジョア出身の金で爵位を買った法服貴族達だけでなく、国に代々仕える名門の大貴族達や、ラルランド唯一の軍である親衛隊の隊長までいた。
 彼らもまた先の叛乱に加わって、監獄塔に放り込まれていた面々だった。

 その彼らがなぜ外に出ているかといえば、カイの身体を乗っ取った魔女が、転移した先が監獄塔で、彼らを解放。一度は魔女と交わりをもった男達は、カイの身体を得て魔力を増した魔女に、あっさりと操られて王城をたちまちのうちに乗っ取ったという。あとで聞いた話だ。

「さあ、両親と兄の命がおしくば、帝国軍と去れ!叛逆の王子よ!」

 自分達のほうが叛逆者のくせに、リシェリードをよくもそう罵れたものだと思う。
 「これ以上近寄れば、この三人を塔の上から突き落とすぞ!」と叫ぶドゥルセイルにリシェリードは、あっさりと返した。

「ならばそうされるといい。そもそもその三人は盾にもならない。帝国軍は城門を突き破り、たちまちあなた達など揉み潰されるだろう」

 「なあっ!肉親を見捨てるのか!」「帝国に国どころか、魂まで売ったか!」などと塔の上の者達が騒ぎたてる。王に王妃に兄は言葉なく蒼白となっている。
 リシェリードはそんな彼らのようすにニヤリと人の悪い笑みを見せる。

「もちろん、王に王妃、王太子まで殺した大叛逆の大罪人達だ。捕らえるどころか、裁判もいらない。そっこく死刑で決まりだな」

 つまりは人質三人を殺すなら殺せ。ただし殺したならお前達の命もないぞというわけで、「卑怯物!」「性格が悪すぎるぞ!」と口々にみんなわめき出す。性格が悪いのは当たっているな。

「さて、茶番は終わりにするぞ」

 リシェリードはひと言、城門に向かいその手の平を向ければ、サラマンダーの業火とシルフィードの巻き起こした風が、爆発を起こして鉄扉のそれを吹き飛ばす。
 いくらリシェリードの魔法が強力といえど、本来ならば王城の門というのは宮廷魔道士達によって、何重もの結界がかけられているものだ。実際帝国の帝宮や帝都そのものにも、厳重な防御結界が張られていた。

 しかし、ラルランドは三百年の安寧によって、国の守りというものを、まったく失念してしまったようだ。魔法王国などと名乗りながら情けないことではあるが。
 門を吹き飛ばすと同時に、転移の魔法で門塔のてっぺんにヴォルドワンとともに降り立つ。ヴォルドワンは同時に魔剣を飛ばして、拘束されていた国王一家三人の周りを取り囲んでいた者達を薙ぎ払った。

 そこに破られた城門から帝国兵達がなだれ込み、彼らはたちまち門塔を駆け上がり、叛逆者達を取り囲んだ。
 多くの兵を前にして、叛逆者達はあっさりと武器を投げ捨てて投降した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 城門での一悶着のあとは、王宮でもまたさしたる抵抗はなかった。

「魔女に操られた者達だ。もっと死に物狂いで抵抗するかと思ったが……」

 横を行く、ヴォルドワンの言葉にリシェリードは「奴らにさける力はあの程度ってことだ」と返す。

「せいぜいが、監獄塔から奴らを解き放ち、この王城を制圧するのにつかえればいい。魔力も持たない捨て駒だ。
 それより宮廷魔道士達の姿が見えないのが気になる。おそらくは……」

 三百年の安寧に浸りきり、なんの軍の備えもしていなかったラルランドだが、魔法王国を名乗るだけに宮廷魔道士達の数だけは揃えていた。これもまた新しい魔道の研究もせずに、ただ古の魔道書を学ぶだけにせよ。

「魔女に拘束されて共にいるか?」
「そうだ。玉座の間にいる」

 王城のそこから濃密な魔の気配を感じる。実際、玉座の間の大扉には、目に見える形の強力な結界が張られていた。赤くまがまがしい結晶が扉を覆い閉ざしている。リシェリードはそれを見てつぶやく。

「石積みの羊壁の結界が破られて、結界をこの部屋だけに集中させたか……」

 王都や王城どころか、この玉座の間だけ、己の身を守るためだけの強固な結界を魔女は張ったのだ。
 王国も民も見捨てて……。もっとも、魔女は王や皇帝ではない。あれは人の心に巣くい己の欲望を満たすことしか考えていない存在だ。
 「再び結界を破られますか?」という、ピムチョキンのあとに、魔法研究所所長となった魔道士の言葉にリシェリードは首を振る。

「規模を大きく縮小した分、この結界は強固だ。今、手持ちのオーブだけの力では弱い」

 それに魔道士達に持たせたオーブは、このあとの目的のために用意したものだ。

「だが、ここにどんな結界も破る“盾”がある。いや“剣”というべきかな?」

 リシェリードは横に立つヴォルドワンを見た。彼はリシェリードを抱きしめて、結晶化した結界に触れる……が、その手は結晶を通り抜けて、扉へと触れる。
 その扉を押して人一人通れる隙間を作ると、手と同じように身体も結晶をすり抜けて中へと。
 彼に抱きしめられたリシェリードごと玉座の間へとはいった。




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