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【23】私がぷよぷよになっても……
しおりを挟む「やはり灯りは落とさないのか?」
力強い腕に軽々横抱きにされてベッドに下ろされた、リシェリードはおおいかぶさる男を見上げる。
前世ではいつも暗闇の中だった。夜目の利くこの男には意味はないのだろうが、それを言うならリシェリードだって、その気になれば遥か遠くの物も見る目があるのだ。見ようと思えば見られる。
だけど、暗闇の中でなお目をぎゅっと閉じて、身を固くしていた。自分が誰かと肌を合わせるなど考えたこともなかった。ただ彼の大きな手が自分の身体を愛しむように滑るのに、身を任せた。
いつも、どことなく怖かったのは、交わることではなく、その先にある未来が視えていたからだろう。彼の未来には自分はいない。遠い北の地で、その頭に冠を載せて玉座に座る彼の姿。壮年になり、その褐色の髪が白くなってなお、猛禽のようなたくましさと鋭さを無くさず、堂々たる皇帝の威厳を湛えた男は……。
独りだった。多くの家臣に傅かれて、なお、彼はその玉座に……。
そこにリシェリードはいない。
「あなたこそ、いつまでも慣れないな?」
ベッドに仰向けになって自分を見おろす男。そのシャツが少しはだけていて、のぞくたくましい胸板から目を反らす。思わず自分の胸に手を当てれば薄っぺらく貧相だ。
「だいたい明るいなかで、この棒きれみたいな身体をよくも抱く気になるな?」
背中に手を入れられて浮いたところをシャツを肩から落とされる。男の腕の中、まだ彼は着ている布の上からぺちぺちと胸板を叩いてやった。分厚い、なんか悔しい。
まあ、鍛えたところでリシェリードの場合そうたくましくもならないだろう。騎士の振り上げる剣よりも、早く魔法を発動出来るのに、今さら才能もないだろう剣術を習うほど酔狂でもない。
ただ、目の前の魔術が通じない男には、全く無力だが。まあ、こんな男は世の中に一人しかいない。
その二人が愛し合うようになるなんて、ずいぶんな運命だ。
「……お前が私を好きにならなければ、殺されていたのかな?」
思わず口に出したら、男らしい眉間にしわが寄った。しまった! と思ったが、その前に貧相な胸を撫でる手にとがりを摘ままれていた。「ん!」と声が出る。
「なぜ、あなたはそういう考えになるんだ。世界のすべてを滅ぼしても、俺はあなたと共に生きる道を選ぶ」
「情熱的なセリフに聞こえるが、よく考えるとなんか怖いぞ……うんんっ!」
前世でも今世でも、男でも胸のそこが感じるなんて、リシェリードには未だに不思議で、そしてどうにも気恥ずかしい。
「女のように柔らかくもない胸をいじって、どこが楽しいんだ?」
だから「あ」だの「ふ……」だのという、思わず漏れてしまう声のあいだに、憎まれ口を聞いてしまうのは、照れくささの裏返しだ。
それがわかっている男は優しい微笑を口許にのせて。
「あなたなら楽しいがな。たしかにやはりもう少し肉をつけたほうがいい」
「こ、これでも苦労して落としたのだぞ。お、お前は私が噂通りの、白豚王子でもこんなこと出来たのか?」
前世の記憶を思い出したときの、鏡の中の自分を見てげんなりしたのを覚えている。太っているから醜いというより、自堕落な生活を具現化したようなだらしない身体をだ。
魔力循環により瞑想で絶食一月足らずで落としたが、正直元の身体に戻るほどの暴食など、今さら出来ない。というか、あの白豚王子の食べていた食事を出されたら、見ただけでお腹いっぱいになる。
実際、記憶を取りもどした一日目に出された、テーブル一杯の食事といったら。肉、肉、肉で野菜など一切無し。美食でもなく、ただ本当に肉だった。
スープとパン一切れで食事をすませたら、身体の具合でも悪いのか? と心配された。
「あなたなら、どんな姿でも構わない」
「……お前はそう言うと思ったよ」
「少しふくよかなほうが健康的でもある」
「あれは太りすぎて逆に不健康だというんだ。あのままなら心臓に脂が回って、若死に一直線だぞ」
なにか色気のない話になったな……と思う。そうしたのは自分だから、責任はとらないといけないかもしれない。
思えば前世でも、今世でもリシェリードは寝台で寝っ転がったままだった。前世で抱き合った期間は短く、自分は王で相手は将軍。互いに忙しくて夜もともにすることもままならなかったのだから、しかたないが。
しかし、今世ではずっと一緒にいると約束したし、長い付き合いとなるのだ。いくらなんでも丸太のように動かないままというのは良くない。
そもそも性分としてリシェリードは“研究熱心”なのだ。興味があること限定ではあるが、ヴォルドワン相手となれば、やられっぱなしというのも、なんだか悔しいし、彼を喜ばせたいとも思う。
そんなわけで、リシェリードはおもむろに男の股座に手を伸ばした。むんずとつかんだら、そこはもうすでにとっても元気だった。今の色気もなんにもない会話でこの男は興奮するのか?
「り、リシェリ?」
「私もやってみるぞ、ヴォー。教えろ」
とりあえず、手を動かしてみたら、また大きくなった。手の指が回りきらないというか。
「これが私の中にはいっているのか?」
「いつもいれているだろう?」
「……人体の神秘だな」
手を動かしながら、そういえばこのあと、この男にいつも舐められているな……と思う。なので。
顔を伏せて先を舐めて見た。独特の味と匂いに顔をしかめてあげる。
「リシェリ!」
慌てて差し出される水を飲んだ。が、後味が消えない。
「マズイ……」
さすがに目の前の男らしい顔が傷ついたという表情に、吹き出してしまう。
「味はあれだが嫌ではないぞ。修行する」
「いや、だから無理をするものではない」
「いやだ。お前だって私のを舐めるではないか」
「それはあなたのだからだ」
「やっぱり、私のもマズイのか?」
「……甘くはないな」
「甘かったら、逆にお前は苦手ではないか」
この男、前世から甘い物は苦手だった。逆にリシェリードは好物だ。
「今度から、口直しの蜂蜜かジャムを枕元に置いておくことを要求する」
「わかった。用意させておく」
「では、今夜は俺に任せてもらおう」とお返しとばかり、全身舐められて、蜂蜜かジャムみたいにとろとろにされた
「や、わ、脇の下舐めるな! ヘンタイ!」
「あなたはここも甘くて、よい匂いがする」
「そ、そんなわけあるか……ぁ!」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「会議には出るからな」
ことが終わったあと、男の身体の上でうつ伏せ、まどろみかけながら、リシェリードはこれは言わなければと口を開く。
「無理をすることはない」
舐めた時と同じ言葉を言って、大きな手が頭を撫でる。それにリシェリードはほう……と息をついて。
「私は別に皇妃などなってもならなくてもよいが、カイのことがある」
シルフィードが運んでくる噂話の大半は、リシェリードに対するないことないことの醜聞である。それにヴォルドワンが、それまで聡明だった若い皇帝が、小国の王子に骨抜きにされているなどなどと。
しかし、それにカイの話が混じるようになった。別宮に彼を引き取れば予想されることではあったが、あの魔性は皇帝のみならず、将来の皇帝候補も手懐けて骨抜きにするつもりか?と。
カイはまだ七歳だ。その年齢からして頂けない噂話ではあるが、これにリシェリードが彼を将来の皇帝にして、思うがままに操ろうとしている……となると話がいささかきな臭くなってくる。
この別宮の中は安全だが、カイを小さな世界に閉じこめておくのはよくない。とはいえ、外にでればいつでも刺客が付け狙ってくるという状態もよろしくない。
「結局、カイのことか?」
「なんだ? 嫉妬か? あれだけが特別ではないぞ。あれは保護すべき子供で……」
「そうだ。あなたは昔から子供達には将来があると、彼らには優しかった」
それは前世でのことだ。これからの未来を作っていくのは彼らだと、リシェリードはたしかに子供を大切にした。戦乱の中、親を亡くした孤児達の保護を熱心にした。
「あなたは今も昔も変わらない。わかった。好きなようにするといい」
「ん……」
リシェリードはそのまままどろみの中に落ちた。
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